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アグマ辺境伯

 その後、おれたちは手縄で巻かれ、なんとアグマ辺境伯の執務室に連行された。となりに立っているラフェンの顔を見れば「ラッキ〜〜〜〜!」とでも言いたげに目を輝かせているのがわかる。当初のコイツの計画では、おれたちは投獄されたあとにこっそりと脱獄してアグマ辺境伯に会いにいく手筈だったからだ。

 執務室の奥にある机に、アグマ辺境伯と思わしきオッサンが着席している。あー、たしかに、ラフェンが『剛直』って言った意味がわかった気がするぞ。オッサン、眉毛ふっといし、筋肉ムッキムキだし、目つきがすげー鋭いもん。そばに刀剣が何本もある。オッサンの私物だろう。


「なぜここにトパジー殿下がいるのだ」


 オッサンは開口一番そう言った。トパジーが震えるのが見えた。トパジーがビビるのも無理ねーよ、おれだってコワイもん。


「それぞれ地位と名を述べよ」


 オッサンは机に両肘をつきながら言った。


「じゃまず俺から。ローリー帝国皇帝親衛隊所属のラフェン・フラル」

「次」

「ルーグ・カンパニーのフェジュ」

「次」

「……トパジー・ルクロ・リベルロ」

「最後」

「ルーグ・カンパニーのミリア」

「なるほど。解せん」


 そう言われても。


「帝国はトパジー殿下を生かしたのか?」


 オッサンがラフェンに訊いた。「そうですぜ」とラフェンが頷いた。


「なぜ殿下が帝国に協力している?」

「なんでって言われましても……色々事情があるみたいでしてね」

「ルーグ・カンパニーは帝国に完全に買収されたのか?」

「自治領の混乱以外の質問が続きますね。ルーグ・カンパニーは帝国に買収されちまってますよ。つい最近のことです」

「……ルーグ・カンパニーに緑頭は何人いる?」

「そいつはまだ言えませんね」


 ラフェンはそっけない。オッサンは頭を抱えはじめた。


「お姫様を戦線に送りこむのに加担したのはあなたですね?」


 今度はラフェンがオッサンに質問した。


「……女王陛下の援助は看過できない」


 オッサンが言った。そしてミリアがこう言う。


「トパジー殿下と引き換えに物資援助を受けたんですね」

「……ただでさえ国境紛争が長引いている」

「トパジーは王女だぞ」

「緑頭の小僧――いや、フェジュ。女王より王女の立場が上かね?」


 ……上じゃねーけど。


「トパジーはまだ十三歳だ」

「フェジュ。きみの年齢を聞いても?」

「……十五歳」

「そういうことだ」


 あーもう。反論できない。


「しかし、初代アダマーサが起こした独立戦争から数百年……それ以来、ふたたび〝悪魔〟が帝国に戻ってこようとは」

「それは間違ってますぜ、アグマ辺境伯。最初に戻ってきたのはこのフェジュの母親、ヤーデだ」

「ふん。ああ、そうだったな、ラフェン。まず戻ってきたのは、変人学者が偏愛していた悪魔女だったな。そうか、フェジュはあの悪魔女の息子か」

「悪魔悪魔ってうるせーな。おれは帝国のためにこうして働いてらぁ! これのどこが悪魔だってんだよ。帝国からしたらむしろ天使だっての」

「口が悪いとこは悪魔っぽいですよ、フェジュ」


 ミリアにつっこまれた。


「それで、皇帝親衛隊がトパジー殿下と傭兵を引き連れて我輩になんの用だ。我が都市を好き放題に荒らしてくれたようだが、我輩は帝国に寝返りはせんぞ」

「……どうするんですかラフェン。こっちの思惑はモロバレですよ」

「そりゃ簡単に『我輩、寝返る!』なんて言えねぇだろ、女傭兵」

「ラフェン。貴様、我輩をバカにしているのか?」

「おおっと。まさかそんなまさか。勇猛で有名だったはずのアグマ辺境伯様が緑頭の女王に魂を売る大バカ野郎に成り下がっちまったなどとはこれっぽっちも思ってませんよ、俺は」


 ラフェンの野郎、アグマ辺境伯の神経を逆撫でしてどーすんだ! 辺境伯、刀を抜いちまったじゃねーか。刀を握る手がわなわな震えてるし。


「落ち着けって、辺境伯! おれたちはオマエと喧嘩しにきたわけじゃねーんだ!」

「傭兵の分際で我輩を『オマエ』と呼んでおきながら喧嘩をしにきたわけではないとはどういう了見だ!?」

「うわっ。どうしようミリア、おれ、火に油を注いじまった……」

「大丈夫ですよフェジュ。そもそも放火したのはラフェンです」

「フォローになってねぇっての、女傭兵!」

「……フェジュ、あぶない」


 うおっ。トパジーがおれにものすごい勢いで体当たりしてきた。おれとトパジーはその場に倒れる。その直後、おれが立っていた場所にアグマ辺境伯の刀が空振りした。トパジーが助けてくれなきゃおれの首は今ごろザックリいってたな……


「ありがとう、トパジー」

「……ううん」

「今ので体のどこか打ってないか?」

「フェジュがクッションになってくれた……大丈夫」


 よかった。


「うお〜あぶねーあぶねー。もしお姫様が今ので斬られてたらアダマーサ女王に顔向けできませんねぇ、辺境伯様」

「皇帝親衛隊が偉そうに……」

「だって本当でしょ。あなただって娘さんがいるでしょ。リベルロ王家に嫁いでったその顔を思い出してごらんなさいよ。年齢こそ違えど、こんなか弱い女の子を斬っちまうなんて苦痛、あなただってイヤでしょ〜。でも斬られるほうも苦痛なんですよ。俺だったらお姫様に死んで詫びますね」

「……皇帝親衛隊に入りさえすれば下級貴族の不良でも口巧者になれるようだな」

「お褒めにあずかり光栄ですぅ」

「ただ……貴様は勘違いをしているようだ。我輩は娘を斬るのに……苦痛はない。王家に嫁いでいったのも、我輩の実子ではないからな」

「じつの子どもじゃなけりゃ斬ることに抵抗はないってことか?」

「……そのとおりだ、フェジュ」


 アグマ辺境伯は言い切った。ヴィクトロとは大違いってことか?

 おれが言葉を詰まらせていると、執務室に慌ただしげに兵士が入ってきた。


「領主様! 大変です。現在の混乱に乗じ、都市内で反王国派が暴れています!」


 ……反王国派?


「これ以上ないほど素敵なタイミングですね」


 ミリアが呟いたのが聞こえた。それから、ニヤッと笑うラフェンの顔も見えた。まさかラフェン、アグマ領に反王国派が存在してることを知ってたんじゃないだろうな。いやコイツ、絶対に知ってたに違いねーよ。すげーキラキラした目してるし。一方、アグマ辺境伯ときたら、これでもかってくらい眉間にシワを寄せている。


「どうです、辺境伯様。おたくのトコも一枚岩じゃなさそうですし、ここはひとつ帝国に戻ってきてくれやしませんかね? そしたら一件落着でしょ。まん丸な岩にできますよ!」


 ラフェンが声を弾ませながら言う。


「いま帝国に戻ってきてくれたら武器も食料も、兵士だって差し上げます。あ、皇帝陛下にはすでに言質とってますよ。もちろん荒れ果てた都市の復旧にも尽力しますし、今だったら特別に領土も保証しときます。屋敷のてっぺんに掲げる御旗の色を変更するだけでいいんですよ。そしたらあなたが失うのは嫁いでった養女のみ! ガキを斬るのに抵抗のないあなたなら養女を見捨てるのも簡単でしょ?」

「お、おいラフェン、何もそんな薄情な言いかたをしなくてもさ……」

「フェジュは黙ってろ。俺はオトナの話し合いをしてんだ」


 ラフェンに睨まれた。また〝おとな〟かよ。


「辺境伯様。言っときますが、俺らをここで処分したって無駄ですよ。俺がここで死んだらアグマ領への帝国軍の総攻撃が始まることになってるんで。俺の懐に皇帝陛下直筆の勅書が入ってます。ほら、なんなら見ときますか?」


 アグマ辺境伯の震えは止まっていない。が、アグマ辺境伯が何かをしようとする気配もない。その後しばらく沈黙が続いた。

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