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役者人生

 おれたちが散々都市の中を荒らし回ったおかげで、夜になっても住民は騒然とし、アグマ兵も西へ東へと駆けずり回っている。穏便に(って、街じゅう荒らしまくった犯人の片方であるおれが穏便とか言うのもなんだけど)ミリアやトパジーと合流するにはこの姿のほうがいいだろうって結論がさっき出たばかりで、おれとラフェンは相変わらずアグマ兵に変装したままだ。


「でもさ、ラフェン。都市の入口はいま封鎖されてるよな。おれたちのせいで」

「だな。おれたちのせいで、厳戒態勢がしかれてる。これじゃ女傭兵たちと合流するにも一苦労だぜ」


 おれたちはひとけのない場所にシュバルを残し、アグマ兵の目をかいくぐって都市の外に出た。ラフェンいわく、おれが川で体を洗っているあいだにミリアへ機械ネズミを放ったらしい。ここが合流場所なのだそうだ。

 このあたりは雑木林だ。その中に空き小屋があるんだけど、どうやらここが目印みたいだ。おれたちは小屋の中で火をつけた。


「そういえば、皇帝はよくオマエに機械ネズミを二匹も持たせてくれたよな。機械ネズミは高価なんだろ?」

「一匹で三ヶ月ぶんの給料が吹っ飛ぶくらいにはな。ルーグ・カンパニー配下のおまえがうらやましいぜ、なんてったって無償で機械ネズミを支給されるんだろ? まあ、俺はほかのヤツに支給されてたものをチョロまかしてこれてラッキーだったけど」


 チョロまかしてきたとか平然と言うなよ。すげーツッコミたいけど、今はとにかくミリアたちとの合流が最優先事項だし、ラフェンの盗みが役に立つことを祈ろう。


「――フェジュ。いますか?」


 小屋の中で待っていると、外からシュバルの足音とともにミリアの声がした!


「いるぞ。ラフェンも一緒だ」


 おれはとっさに外に出る。


「ミリア。トパジーも無事か……よかった!」


 ホントよかった。トパジー、今もちょっと眠たそうだけど、ちゃんとミリアと一緒にアグマ兵に変装してきてくれてる。


「フェジュ、おろして」


 ミリアのうしろでシュバルに乗っているトパジーがおれに手を差し出してきた。


「おう。任せとけ。ほらよっ」

「ありがとう……」


 シュバルから抱きかかえて降ろすなり、トパジーはおれの背後に隠れた。古城の生活でいくらか慣れてくれてたとはいえ、まだミリアと一緒にいるのは気まずいみたいだな。


「それで、いまアグマの都市はどうなってるんです?」


 ミリアが尋ねてきたので、おれとラフェンは今までの経緯をミリアとトパジーに説明した。


「知り合ったときからロクでもないオトコだとは思ってましたが、ラフェン、やっぱりオマエが考えることもロクでもないですね……」


 説明を聞いたミリアは開口一番そう言った。


「その片棒を担いだのがおたくのだいじなフェジュってことよ。蔑むならコイツも一緒に蔑め。んで、これからどうするかって話だけど」

「当初の命令では『敵の要塞を叩いて敵を混乱させろ』でしたよね。今の話だと、敵はもうけっこう混乱してるっぽいですが」

「ああ。だからさ、俺たちみんなでアグマ辺境伯のところに出頭しようぜ!」


 は?


「フェジュ、オマエ今なんて言った? 出頭!? おれたちが都市を荒らしたから?」

「おう。ここは潔くゴメンナサイしようぜ」

「なんでだよ。そんなことしたら敵に捕まるじゃん!」

「出頭するんだから捕まるのはあたりまえだろ。用水路をふさいだり、食料に火をつけたり、街なかに家畜のクソを撒き散らしたり……放火と器物損壊、不法投棄とかその他諸々、国は違えど罪は罪。言い訳なんかできねぇぜ。迷惑かけたんならちゃんと謝る。罪をおかしたらキチンと償う。これって人間にとって大切なことだと思わねぇか? ボクは思います」

「ミリア、トパジー、今の聞いたかよ。おれ、人格と言動がここまで噛み合ってないヤツは初めて見たよ。ボクとか言ってるし……なんか吐き気してきた」

「非難上等、中傷上等。今ボクに必要なのは、贖罪するにふさわしい清きココロひとつのみ……」

「うぇ〜〜〜〜〜〜」


 おれが知らないとこで頭でも打ったのかな、コイツ。すると、


「……アグマ辺境伯の屋敷に入って何がしたいんですか?」


 とミリアが言った。


「ミリア、どういう意味だ?」

「フェジュ、オマエもこの都市一帯の地図を見たでしょう。あの地図によるとアグマ辺境伯の屋敷と兵舎、および監獄は繋がっていました。このロクでもなし男はきっと監獄から屋敷へと侵入したいだけですよ」

「ちっ。バレたか。短い役者人生だったぜ」


 そう言いつつラフェンはいつものラフェンに戻った。それはもう風の速さだった。やべー、おれはコイツにまんまと騙されるとこだった。


「せこい! ラフェン、せこいぞ」

「敵を騙すついでに味方も騙せって言うだろ。それにフェジュ、おまえを騙しときゃぁ万が一のときの囮に使えるかもって思ってさ」


 なんだよ万が一って! さては自分だけ逃げる手段を確保しておきたかったんじゃねーだろうな、コイツ。


「……フェジュを囮に使うなんてことしたら、わたしがおまえを殺す」


 ……トパジー、いま『殺す』って言った?


「うお〜、こわ。お姫様はすっかりフェジュの味方だな」

「おまえの味方になるつもりはないもの」

「敵にならなきゃ味方じゃなくてもいいけどよ〜。ていうか、お姫様が『殺す』とか、冗談も冗談に聞こえねぇぞ」

「だって……冗談じゃないもの」

「えぇ……」


 トパジーに睨まれたラフェンはがっくりと肩を落とす。といっても、いくらトパジーが本気になったところで、おれの魔法が効いてるかぎりトパジーがラフェンを殺すなんてできっこない。ラフェンもそれをわかってるからかこうしてヘラヘラしてるんだろう。


「でもトパジー、いくらラフェンが何か言ったからって『殺す』なんて言葉を使っちゃダメだろ」

「どうして? フェジュ」

「どうしてって……なあ、ミリア」

「そこであたしに振らないでください。ダメと言ったのはフェジュですよ。ダメならダメな理由をキチンと説明する! じゃないと人は納得しませんよ」

「そうだぜフェジュ」

「ラフェンが乗っかってくるのはおかしいだろ! えっと……トパジー。おれはオマエが人を殺すのはもうイヤだ。だからダメ。説明は以上!」


 おれがそう言うと、トパジーは黙ってしまった。


「出たよフェジュの『イヤだから』。学習してるようでしてないよね、おまえ」

「うるせー。オマエははやくアグマ辺境伯の屋敷で何がしたいのか言えよ、ラフェン。ここで時間ばっかり食ってると都市の混乱が落ち着いちまうだろ」

「そうそう、そうだった。あのさ、じゃあさ、フェジュを囮にはしねぇから、お姫様もチョッとだけ協力してくんね?」

「……おい。トパジーに変なことさせるんじゃねーよ」

「ンな大したことじゃねぇって、フェジュ。俺らと一緒にアグマ辺境伯と会ってくれるだけでいいからさ」

「ぜんぜん大してるじゃないですか」

「まあ話を聞けって、女傭兵。いいか、今からアグマ辺境伯をコッチに寝返らすぞ」


 そのラフェンのひとことにより、おれたちはその場にシュバルを残し、徒歩でアグマ辺境伯の屋敷に向かったのだった。




「すみませーーーーん、都市あらしはボクたちがやりました!」


 ……都市のなかに戻ったおれたちは今、アグマ兵の格好をしたまま、アグマ辺境伯の屋敷の前で並んで正座をしている。


「なんだ貴様らは!」


 さっきのラフェンの大声を聞きつけ、すぐさま守衛が飛んできた。


「すべてボクたちの犯行です! ほらフェジュおまえもだ」

「本当にすみませんでした! 戦争続きでムカムカして犯行に及びました。アグマ辺境伯には直接お詫びしたいです!」

「おい、この小僧と小娘、緑頭だぞ……どうしてウチの兵士に緑頭が?」


 守衛や集まってきた兵士たちはおれとトパジーの頭を指さしている。おれたちが兜を脱いでいるのはラフェンの指示だ。緑頭だと少なくともすぐに首をはねられることはないだろう、だと。


「あだじッ……彼らには、やめなさいって言っだんでずよっ。でもこの緑小僧と紫頭のロクでもなし男が、どうじでも鬱憤を晴らしたいと言って……でもあたしも彼らの上司ですからねッ、彼らが出頭するならあだじもとッ……うぉんうぉん」


 このとき初めてミリアはおれたちの上司設定だと知った。


「ミリア先輩、ここは、ここはボクたちが! ボクたちだけで罰を受けますッ!」


 ラフェンが乗ってきた。


「馬鹿おっしゃいッ。オマエらみたいなジュクジュクの半熟野郎ふたりが受ける罰だけで場の収拾がつくもんですかッ」

「ああ、先輩はいつもそうやってボクたちの面倒をみてくれてましたよね……男の影のひとかけらも見当たらないクセに母親ヅラだけはいっちょまえで……」

「ええ、ええ、そうですとも……オマエみたいな希代未聞のクズ男でもせめてあたしだけは味方でいてあげようと思っでだのにッ……やっぱりコイツの頭のネジはこの夜空に浮かぶ星々なんだわッ……見て、この距離。拾いたくても拾えないもの!」


 あーくそ、このふたりの会話こそ収拾つかねーよ。よし、ここはおれが割って入ろう。


「そこまでにしてくれよふたりとも! とにかく今はアグマ様に謝ろう! 今おれたちに必要なのは、贖罪するにふさわしい清きココロひとつだけなんだ!」

「……うぇ」


 ……トパジーが嫌そうな顔をした。ミリアとフェジュどもは同時に肩を震わせた。


「……とりあえず領主様に報告するか」


 守衛のひとりが言った。

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