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みんな人それぞれそんなもん

「なあ」


 流れる方向が変わった川を見ながらラフェンが話しかけてきた。おれは服や鎧を洗いながら返事をする。


「なんだよ」

「おまえは俺にメンテリオの所在を訊いてきたよな。あれはなんだったんだ?」


 ラフェンが言ったのは古城でのことだ。


「あれは……ヤーデとロッチャだけ古城に来たから、メンテリオはどうしてるのか気になっただけだよ」

「実の父親だからか?」

「そんなんじゃねーよ。おれの父親はヴィクトロだ。メンテリオやヤーデはおれの親なんかじゃない」

「はあ? ヴィクトロはおまえの親じゃ……」


 と言いかけたところで、ラフェンは最後まで言うのをやめた。とはいえ、ぜんぶ言われなくてもコイツが何を言いたかったのかはだいたいわかるけど。


「ま、おまえの気持ちもわからなくはないけどな」


 ラフェンはこう言う。


「俺も皇帝陛下が育ての親だし。誰を家族と呼びたいか、自分で決めたい気持ちもわかるぜ」

「オマエ、帝国のボンボンだったのか!?」

「ちげぇよ。俺は下級貴族の八男だったんだ」

「ボンボンじゃねーか」

「そんな良いモンじゃなかったぜ。狭い領地をもとに戦士ばっかり育ててはすぐに戦争で死なせる貴族だったからな」

「……なんか、さっきから過去形ばっかりだな」

「そりゃ、今ではもう滅亡しちまったんだもん」


 えっ。


「幼児虐待がお上にバレて貴族の称号剥奪」


 ラフェンがそう言った。


「幼児虐待って……」

「俺の実母は俺が産まれたときに死んでさ。もともと親父の愛人だった継母は自分に子どもができなかったから俺に八つ当たりしてきたんだ」

「オマエに八つ当たり?」

「ああ。俺の体を殴ったり、食べさせちゃいけねぇモンも食べさせたりな。ここまで大きく育ったのが奇跡だよ、ホント。あっはっは」

「笑いごとじゃねーだろ!」

「笑いたいんだよ。笑わせろ」


 いや、意味がわかんねーよ。おれよりひどい子ども時代だったんじゃないか、コイツ。


「父親は継母を止めなかったのか?」

「継母の実家が金持ちでさ。資金援助を断れないから止められなかったんだろうな」

「最低だな……」

「最悪だよ。おまけに片足は義足をつけるハメになったしな。金かかるんだぜ、コレ」


 ラフェンはブーツを脱ぎ義足を見せてきた。うわ。太ももから下がまるっきり人工物だ。


「初めて聞いた……知らなかった」


 おれはそう言うしかなかった。


「こういう話にでもならなきゃ言わねぇからなぁ」

「オマエと比べたら、おれの小さいころなんてちっともツラくないのかもな」

「あぁ?」

「いや、なんつーか、おれも産みの親に見放されたり傭兵に売り飛ばされたり、腕を斬り落とされそうになったりしたけど、それってじつは大したことなかったんじゃないのかなって……」


 後頭部がかゆい。


「オマエが自分の子どものころの記憶をなんでもないような口調で言うから、おれがあれだけ怖かったりイヤだったりした記憶も、なんでもなかったようにしなくちゃいけないのかなって思ったんだよ」

「なんだそりゃ。なんでもなかったのかよ?」


 ラフェンが訊いてきた。


「なんでもあったよ!」

「じゃあそれでいいじゃねぇか」


 ラフェンが言う。


「なんで無理やり俺に合わせようとするんだよ。そんなこと誰も頼んでねぇっつの。ツラかったことはツラかったし、痛かったことは痛かったし、怖かったことは怖かったし、イヤだったことはイヤだった。そのまんまでいいだろ」

「けど、オマエがよっぽどおとなに見えるんだよ。なんでもなかったように語ることができるのが〝 おとな〟ななんだろ?」

「誰が決めたんだよそれ。俺、それスッゲぇイヤなんだけど」


 ラフェンは心底イヤそうな顔をし、ブーツを履きなおすと立ち上がった。そしてそのままどこかに立ち去ろうとしたので、おれは「どこ行くんだよ」と声をかけた。


「もうそろそろかなと思ってよぉ」


 とラフェンが答えた。そろそろ?

 おれが首をかしげたと同時に、川の下のほうから地鳴りのような音が聴こえてきた。って、地鳴り!?


「おい。俺たちが乗ってきたシュバルもちゃんと連れてきてるよな?」

「うん。オマエが連れてこいって言ったから、小屋にいたシュバルはみんな連れてきたぞ」

「そんじゃ、俺たちのシュバルだけをここに連れてこい。服もとっとと着ろ。ずらかるぜ」


 なんだ? おれはわけがわからずもラフェンの言うとおりに従う。濡れたまま装備をし、魔法で連れてきたシュバルにまたがり下山した。すると……


「うわ! おいラフェン、土砂崩れしてるみたいだぞ。山から土がどっさり落ちてきてる。さっきの地鳴りの正体はこれだったのか」

「案外、崩れるのが早かったなぁ。大きい川だったし当然か」


 え? ラフェン、土砂崩れを想定してたのか?


「竹林って土砂崩れしやすいらしいぜ」


 ラフェンがそんなことを言ってきた。へー、そうなのか。


「って、待てよ。おれ、オマエに言われて竹林に水を行き渡らせたよな。その麓にシュバルやアグマ兵を連れてきたし……」


 ということは。周囲に騒ぎを聞きつけた人が集まってる、あの土砂崩れの真下には……うわ。想像した瞬間、鳥肌が立った。


「『おれはなんてことをしてしまったんだ!』……とか考えてっか?」


 土砂崩れの現場を遠目に見ながらラフェンが訊いてきた。おれは答える。


「一瞬そう思ったけど、わからねー。なんてことをしてしまったんだって言ったところで、戦場で斬り殺すのと何が違うのかがわからねーんだ。被害を受けたのがアグマ兵だからかな。おれ、相当な薄情者になったのかな」

「これを『なんでもない』って言えるような顔はしてねぇけどな、今のおまえ」


 うん。ラフェンの指摘は正しい。おれが返事できないままでいると、「さっきの話の続きだけど」とラフェンが言った。


「何かの感じかたや受け止めかたは人それぞれでいいんじゃねぇの。ドモンドのジイさんが殺されたことだって、おまえはめちゃくちゃ悲しんだけど、俺は『あーあ金ヅルがひとり減ったなぁ』くらいの気持ちだったし」

「オマエそんなこと思ってたのかよ……」

「一晩じゅう泣きわめくほどの思い出をジイさんとは築いてなかったからな。おまえだって、たとえ皇帝陛下が殺されようがなんとも思わねぇだろ?」

「思わない……かも」

「だろ。みんな、そんなもんだって。俺はめちゃくちゃ悲しむけど、だからって、おまえの気持ちを俺の気持ちに合わせろとは言わねぇし。じっさい合わせたくても合わせらんねぇだろ。思い出が違うんだからさ」


 前も古城で言ったけど、とラフェンが続ける。


「オトナってのは、自分の価値観で善悪を判断しなけりゃなんねぇ。それは自分がすることの善悪だけじゃなくて、自分がされたことの善悪とかも、だ。俺が虐待されたことをなんでもなかったように語るのは、虐待があったことで手に入れた現状が、俺にとって最高に良いモノだからだよ。それに比べりゃ子ども時代なんてなんでもなかったってこった」

「わかるようでわからねーよ、オマエの言葉。じゃあ、おれが子ども時代のことをなんでもなかったって言えるようになるには……」

「現状を最高に最高なモノにすればいいんじゃねぇ?」

「そっか。なら今はまだ、言わないでおく」

「おう」


 ラフェンはニヤリと笑いながら頷いた。そうだ。現状を最高に良くするために、おれは悪いことをしなくちゃいけないんだ。トパジーへの答えがいま見つかった。

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