都市あらし
要塞都市アグマに到着したのは早朝のことだった。すっかりアグマ私兵の格好に馴染んだおれたちは、いかにも戦場から帰ってきましたふうな顔をして兵舎にシュバルを停泊させることにした。
「ごくろうさん」
などといった労いの言葉がアグマ兵からかけられる。アグマ兵、おれたちを疑いもしてないみたいだ。「緑頭は悪い意味で目立つから」っつって、念のため兜で頭を隠していて正解だった。
「いやー、マジきっついッスわ。帝国の猛攻にビビっちまいましたよ」
とラフェンがアグマ兵に返事をした。シュバル小屋にはほかにもアグマ兵がいる。そいつらに慣れることが、おれがすべきことだな、まずは。ラフェンには負けてらんねー。
「ホントホント。おれは直接は見てねーけど、なんでも王国側の兵士が大量に燃やされたっていうし? これ、ひょっとしたらひょっとすると……アレなんじゃないですかぁ?」
おれは傭兵家業が長いから自治組織直属の軍隊ってのはわからないけど、兵士どうしの会話ってこういうモンだろ。たぶん。
「まぁな……」
おれの言葉に、アグマ兵は腕を組む。
「ウチのおやっさんも女王の猛攻に耐えかねて帝国を裏切ったとはいえ、軍事規模で比べればいまだに帝国が優っている。いくら女王が悪魔の末裔っていってもなぁ……おっと、これはここだけの話にしといてくれよ」
そう言い残してそのアグマ兵は去っていった。おれはラフェンと目を合わせる。
「ほかにも話を聞くことができるかもしれねぇ。せっかくだし、少し歩いて回ろうぜ」
ラフェンが小声で言った。おれは頷いた。
そのあと、アグマ兵たちに話を聞いて回った。っつっても、あからさまに情報を聞き出しちゃ怪しまれるから、雑談にまじってそれとなく情報を聞いた。おれたちは今、ひとけのない倉庫の中で情報を整理しているところだ。
「つまり、アグマ辺境伯は王国に渋々寝返ったってことか。剛直で知られるアグマ辺境伯のことだから、自発的に裏切ったわけじゃねぇとは思ってたけど」
「剛直って?」
「気性の荒い、しかも頑固なヤツってことだ」
「ラフェンも難しい言葉を知ってるんだな」
「バカにしてんのか、おまえ?」
まあそれはいいや、とラフェンは話を戻す。
「じゃあさ。アグマ辺境伯がもっかい裏切ってくれる可能性もあるってことだよなぁ」
「もっかい裏切る?」
「女王を、だよ」
ラフェンはニヤリと笑った。気持ち悪っ。
「けど、アグマ兵はけっこう死んでるんだろ? 死人が多く出たのに今さら帝国に寝返るかな?」
「ばっきゃろー。寝返るんじゃなくて、寝返らせるんだよ」
「どう違うんだ」
「俺たちが介入するかしないかだ。そうすりゃ皇帝陛下も喜ぶ」
そんなうまくいくかなぁ。ラフェンはいつにも増してやる気満々みたいだけど。
「長年の国境紛争でアグマ領は疲弊してる。食料も武器も、ほかの領土に頼らなくちゃいけないくらいにな。この倉庫もかつては武器庫だったみたいだけど……」
ラフェンは倉庫の中を物色し始め、比較的あたらしそうな竹槍を拾った。
「見ろよ。竹槍って……いや、竹槍じたいはべつにいいんだ。けどコレ、こんな粗い製造の武器、誰が持ちたがるってんだよ」
「言われてみればチクチクして持ちづらいな、これ」
「火であぶる余裕さえないと見たぞ。帝国領だったころもアグマ辺境伯は皇帝陛下に支援を要請してた。頻繁にな。さっきアグマ兵が『給食が少ない』って愚痴ってたし、どうせ畑も枯れてんだろ。要塞建設にばっか金かけやがってよぉ」
ラフェンは竹槍を放り投げ、かわりに懐から小さな紙を取り出した。なんかメモしてる。
「ま、こんなもんか」
「なに書いてたんだ?」
「皇帝陛下への報告書。よぉし、機械ネズミ、がんばって帝都まで走ってくれよ〜」
ラフェンは懐からさらに機械ネズミまで取り出し、その中にメモを入れた。ラフェンの手から放たれた機械ネズミは一目散に駆けていった。あのまま帝都まで行くんだろう。
「ルーグ・カンパニーって皇帝親衛隊にも機械ネズミを支給してたっけ」
「高額で押し売りしてきたんだよ、おたくの社長が」
ラフェンも金にがめついとこがあるけど、ルーグはそれ以上みたいだ。
「さてと! そんじゃ、一丁やりますか」
ラフェンはおれに笑顔を向けた。おれは訊く。
「何を?」
「忘れてんじゃねぇよ。ここを混乱させる重要な任務があるだろ」
そしてラフェンは油の入った瓶を取り出した。
「ホントにここを燃やすのか? いいのかよ?」
おれたちは食料庫の前に来た。ラフェンはここを燃やせと言ってきたのだ。
「いいからさっさと済ませるぞ。ほかにもやりたいことがあるんだ」
「でも、大切な食料……」
「食料と思うな。ゴミと思え。それとも、あとでお姫様に頼んだっていいんだぜ」
「そこでトパジーを出すのはズルいぞ! トパジーにこんなことさせられるかよ」
「だったらおまえはキーキー騒ぐな。いくぜ」
そう言うとラフェンは食料庫の中に油を撒き散らした。マジかよコイツ。もう躊躇してられねーのか。おれは、ひとおもいに火を放った。
その後もおれたちは要塞都市のあちこちを回った。用水路を塞いだり、家畜の糞を道に撒き落としたり、ただでさえ枯れてる畑をさらに焼き払ったり、やぐらを潰していったり、武器を壊していったり、人家からモノを盗んでは「アグマ兵が逃げていくのを見たぞ!」なんてウソを流したりした。ラフェンのやりたいことってこういうことかよ。まんま悪事じゃん。おれはウンザリしたけど、ここまで来たらやるしかない。なんせ、あとから合流するはずのミリアとトパジーにこんなことはさせたくないから。おれはその一心で共犯者になった。
「なあ、ほかにもまだ何かやることがあるのか?」
「あるある。その前にフェジュ、おまえ、魔法で雨を降らすことってできる?」
シュバル小屋の前でラフェンが訊いてきた。
「いや、そんな魔法は知らねー。もしかしたらトーワのおっさんは知ってたかもだけど」
結局、魔法の勉強は中断することになったし。
「じゃあ、川の水くらい操れるだろ?」
「それは……剣を操ることができるんだから、できそうだな」
「オッケー。てことはシュバルも操れるよな。オッケーオッケー。さあ行くぞ」
おれたちは騒がしい街並みを抜け、山をのぼって竹林に向かった。空はすっかり夕暮れだ。
「地図によると、この川が都市まで続いてるらしいのな」
ラフェンは山の上から流れてきている川のほとりに立ち、地図を広げて言う。
「でも、川は竹林を通ってはいないらしい」
「ふうん。それよりおれ、せっかく川に来たなら体を洗いたいんだけど。けっこう大きい川だし」
家畜の糞まみれなんだよな。体。くさいし重たいし、すげーしんどい。
「それはあとでな。おまえにはまず、この川の流れを、地図のここにある竹林に向かって変えてほしい。竹林のすみずみまで水が行き渡るようにな」
「それだけでいいのか?」
「いや、まだだ。そのあと、シュバルを操って竹林の下まで来させろ。なんならアグマ兵も同じように操っていいぜ。そしたらゆっくり水を浴びていいぞ」
ラフェンが何をしたいのかよくわからないけど、おれはとにかく両手を組むことにした。




