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国境を越えるには……

 ラフェンは地図も持ってきていた。地図を読むためにたいまつを握ってるんだな。おれはラフェンから受け取った地図を広げる。


「どこの地図だ、これ?」


 おれが眉間にシワを寄せていると、横からミリアが地図を覗きこんできた。


「国境の先、今では王国領となったアグマ領の地図ですね」

「へー、そうなのか」


 そういえば、おれは傭兵としての任務中、ミリアにずっと地図係を任せていたんだった。


「それも領主邸周辺を示してます。でもこの地図、かつてアグマ領が帝国領だったときの内容とは少し違う気がしますが」

「そう、最新版」


 ミリアの指摘にラフェンが頷いた。


「アグマ領がリベルロ王国に奪われたのが六年前。その六年のあいだに、モリブド・アグマ辺境伯は都市を要塞化しちまったんだ。俺ら帝国の侵攻に備えてな」

「もともと国境紛争が続いていたアグマ領ですから、領主家が高い軍事力を有しているのは当然とも思えますが……さらに守りを固めたのは、それだけ帝国を危険視しているからでしょう」

「女王の肩入れ、つうか莫大な援助があったのかもな、女傭兵。アグマ辺境伯は傍流の娘を養女にしてリベルロ王家に嫁がせたって話だ」

「ぼう……りゅう?」


 おれは首をかしげた。


「分家の子どもを本家の子どもとして王家に送ったという話ですよ、フェジュ」

「めんどくさいことするんだな、ミリア。でも、アグマ辺境伯はなんでそこまでするんだ? 女王とは敵だったんだろ?」

「敵だったからこそだろ。女王の信用を勝ち取るにはそのほうが手っ取り早いってこった」


 ラフェンが答える。


「アグマの野郎は緑頭の悪魔に魂を売りやがったのさ。ま、そうでもしねぇと王国に取り入るのは難しいだろうしなぁ」

「悪魔……」


 おれの隣でトパジーが呟いた。


「あ、悪魔とかいうのはさておき」


 おれはあからさまに話題をそらすことにした。


「この地図を持ってきた意味は? 命令ってなんだ?」

「今日、敵の数を減らしたし、この機に乗じて敵の要塞を叩けってさ。敵を混乱させろってのが命令だ」

「そんな無茶をこの少人数で?」


 ミリアがラフェンを睨んだ。ラフェンはこう返す。


「ルーグ・カンパニーとして旧王都に出入りしてたおまえらなら隠密行動だって得意だろ? それとも下手くそだから自信がないのかな〜?」

「誰も自信がないとは言ってねーだろ!」

「ああもう。売り言葉に買い言葉です、フェジュ!」


 いや、なんでおれが怒られなくちゃいけないんだよ。


「お姫様の同伴許可も頂戴してきたから感謝しろよ。なるはやで行くぜ」


 そうしておれたちはシュバルをかっ飛ばし、ひたすらアグマ領を目指した。




 深夜、おれたちは紛争地帯を迂回して、まず小人のデュク族が住む集落に入った。ここは国境線上らしい。ラフェンがおれたちにシュバルから降りるよう指示を出してきた。


「七年前もデュク族の集落から国境をまたぎましたね」


 シュバルから降りるとミリアが話しかけてきた。

 

「懐かしいよな。もともとおれが王国に入ったルートだったなぁ」

「なになに? 不法侵入の話〜?」


 げっ。ラフェンも聞いてた。


「俺が皇帝陛下の直属だってことを忘れるなよ。今の話、状況が状況じゃなかったら処罰されるぞ。そういう迂闊なとこ見せっと、背中からグッサリ刺されちまうぜ」

「あんまり難しいことばっかり言うなよ、ラフェン」

「あのな。それ、刺されるときの言いわけには使えねぇから」


 ラフェンの声色から察するに、コイツはどうやら本気で言ってるみたいだ。なんなんだコイツ。軽いノリで話しかけてきたり、真剣になったり……コイツとはけっこう一緒にいるけど、本心がまったく見えない。


「フェジュ、刺されるの?」


 トパジーが質問してきた。


「んなわけねーだろ。そんなことになったら相手を返り討ちにするっての!」

「はいはい。しゃべってないでさっさと着替えるぞ」


 自分も話に入ってきたくせに、ラフェンは手を叩きながら話を中断させた。これからおれたちはアグマ辺境伯の私兵姿に変装しなきゃいけないんだと。おれとラフェン、ミリアとトパジーに別れて着替えを開始する。


「いや〜、アグマが軍隊を持ってて助かったわ。王国兵の軍服よりかは入手しやすいんだよね、アグマ兵の服。元帝国領だし、テンプレが出回ってるから模造もしやすくてありがてぇのなんの」

「でもラフェン、国境の戦場には王国兵もいたよな」

「そりゃ女王も軍を出してるしな。戦場にいたのは女王の正規軍とアグマの私兵。主戦力は正規軍だな」

「正規軍が王国兵?」

「そりゃ呼びかたの違いだ。学習しろ」

「アグマ辺境伯はなんで軍を出してるんだ?」

「そりゃ国境にいちばん近い土地を治めてるんだから当然だろ」

「自分の領地を守るためってことか?」

「そりゃそうさ。それが領主だ」


 大変なんだな、アグマってヤツも。

 着替え終えたおれたちはミリアやトパジーと合流した。って、トパジー、うつらうつらしてる。


「お子ちゃまに徹夜は厳しいか、やっぱ」


 おれのとなりでラフェンが言った。正直おれもさっきからずっと眠いんだけど、お子ちゃま呼ばわりはされたくないから気合いでまぶたを押し上げておこうと決意した。


「しかたねぇな。女傭兵はお姫様と一緒にいろ。しばらく休んだら、あとから俺やフェジュと合流してくれ」

「助かります。このままトパジー殿下を連れていくのは気が引けますから」

「よし。何かあったら機械ネズミで連絡な。おいフェジュ、話は決まったぞ。おら、立ったまま寝てねぇで行くぞ」

「んぁっ?」


 うわ、やべー。気合いだとか決意したそばから寝ちまってた。ダメだダメだ! これから敵地に入るんだ。のんきに寝てる場合じゃない。えっと、なんだっけ、ミリアとトパジーはあとから来るんだっけ。よしよし、話はちゃんと聞いてたぞ。いけるいける。ほら、シュバルにも乗ったぞ。出発出発!


「そりゃ俺のシュバルだ。おまえのはこっち」


 ……間違えた。おれはラフェンのシュバルから降りる。考えてみれば古城にいたときから夜はロクに寝てないんだった。どうりですげー眠いはずだよ。おれは今度こそおれのシュバルに乗った。

 心配そうな目を向けてくるミリアに見送られながら、おれはラフェンと出発した。

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