ダメなこと、悪いこと
シュバルに鞭を打ち、敵陣に突っこんでいく。おれとラフェンが先頭を走る。敵である王国兵はそれぞれ目の前の帝国兵を相手するのに精一杯な様子だ。
「おらおらァ! 久々の戦闘だ、気合い入れてくぜェ!」
ラフェンはなんだかノリノリだ。コイツ、戦うのが好きなのかな。おれも負けてらんねー。
「うらぁっ!」
おれは味方である帝国兵を飛び越え、群がる王国兵の中に突撃した。そして王国兵の首を次々とハネていく。おれとラフェンの後方にはミリアとトパジーがいる。トパジーのことは心配だけど……ミリアの援護は正直に言って頼もしい。おれの隙を突こうとした王国兵の首に矢を命中させてくれたのはミリアだった。
「討ちとった敵首の数を競おうぜフェジュ!」
戦いの最中、ラフェンか持ちかけてきた。
「ンなもんで勝ち負け競ってられっかよ。おれが勝つのは女王だけでいい!」
「おっ、いいねぇその心意気。その調子でここの掃除、さっさと終わらすぞ。ホレ」
うおっ。なんだ? ラフェンがとつぜん、瓶を投げ渡してきた。あ、これは。見たところ、ラフェンの手中にもこれと同じものがある。
「――そうしろってことかよ。望むところだ!」
おれとラフェンは王国兵が集まっている場所に向けて、瓶の中身をぶちまけた。
「派手にいこうぜフェジュ!」
そのラフェンの声を合図におれは両手を組み、口から炎を吹きだした。王国兵は状況を把握するヒマもないまま焼けていく。一気に大火事になっちまった。火消しってどうするんだろう。偶然にも雨が降ってくれればいいんだけど――本当に降るとしたら、王国兵が焼け死んだあとにしてくれ。おれは天を見上げなからそう願った。
「トーワの野郎に教わったのは火を吹く魔法ですか?」
うしろからミリアの声が聴こえてきた。
「違うよ。この魔法は七年前から知ってた」
「そうですか……」
見ると、ミリアはトパジーに目隠しをさせている。ミリアは王国兵のありさまをトパジーには見せたくないのだろう。おれは少し安心し、ミリアが来てくれてよかったと心から思った。
「油、まだ持ってるぜ」
いつのまにかおれの横に来ていたラフェンがそう言った。
「行くか」
おれは目の前の王国兵たちが焼け死んでいく姿は見届けないまま、さらに敵地へと進んでいった。
「あーっはっはっは!」
その後、帝国軍の野営地にて、夜風に吹かれながら豪快に笑ったのはラフェンだった。
「快勝も快勝、俺らが来てからすっかり戦況か逆転したなぁ! いい気味!」
ラフェンはそう言いながらおれの肩に腕を回した。
「おい。さすがに不謹慎だろ。人が、仲間がこんなに死んでるんだぞ」
「はあ?」
おれの言葉にラフェンは片眉をあげて答える。
「死んだのはそいつらが弱いからだろ。俺の今という人生の一ページには勝利に沸き踊る鼓動、そして喜びしか綴りたくないね。〝弱者〟なんて文字数オーバーだ」
ラフェンは負傷している帝国兵を横目に見ながら続ける。
「ズルくて薄情で強いヤツが人生の勝ち組ってことよ。これ豆知識な」
「でもオマエ、墓の前で使う鐘を持ってたじゃん。今だけ返すから、死んだ仲間たちに使ってこいよ」
おれは肌身離さず持っていた鐘をラフェンの腕に押しつけた。しかしそれは押し返される。
「ボクちん、俺の話、聞いてた? おまえも知ってのとおり、勝ち組な俺は薄情者なの。そんな金属の棒っきれなんざ要らねぇよ」
それきり、ラフェンはテントの中に消えていった。おれはひとり鐘を見た。内側が掠れている。この鐘を何度も使った痕跡……だよな? ならラフェンは誰のために鐘を鳴らしたっていうんだろう。
おれがひとりで考えていると、トパジーを連れたミリアがやって来た。
「今日はお疲れ様でした、フェジュ」
「おう。ミリアもな。トパジー、怪我はしなかったか?」
「うん。ミリアが守ってくれてた」
よかった。トパジーは無傷みたいだ。
「でも、フェジュのシュバルに乗っていたかった」
トパジーが言った。
「おれ、ミリアみたいに弓は得意じゃないんだ。今日だって敵の間近で魔法を使ったし、おれのシュバルだとトパジーが怪我しちまうかもしれないぞ」
「わたしの居場所になるって言ったのはフェジュのほう」
それはたしかにそうだけど。
「今日、おれはオマエの故郷の人たちをたくさん殺したんだ。また殺すかも、ていうか、殺さなきゃならない。そんな場面、オマエに見せたくねーよ」
おれは本音を伝えた。するとトパジーの唇が震える。
「あの人たちはわたしに怖いことした。そんな人たちがフェジュに痛いことされてもわたしは知らない!」
「でもトパジー。殺すとか、痛いことをするとか、怖いことをするっていうのは悪いことなんだぞ。オマエだって理解できるよな?」
「じゃあどうしてフェジュは兵士たちを殺したの? どうして悪いことしたの? これからも悪いことするのはどうして?」
「それは……」
ああ、くそ。返す言葉が見つからない。
「わたし、嬉しかった」
「え?」
おれは聞き返した。
「今日、フェジュが人を燃やすのを見て、わたし嬉しかった。これでもう怖いことはされないって思ったから。……わたしも悪いことしてるの? わたしは怖いことされたのに、燃やされる人を見てわたしが嬉しくなるのは間違ってるの? だめなの!?」
トパジーの苦しそうな叫びがあたりに響いた。
「ダメじゃない」
おれは答える。
「オマエがそう思うのはダメじゃない。オマエの気持ちはダメじゃないけど、他人が痛い思いをするのがダメなんだ。オマエの気持ちはすごくわかるよ。おれも七年前はオマエみたいに悩んだから。そのとき、ヴィクトロが助けてくれた」
「パパ……?」
トパジーが小さな涙を流した。
「パパはなんて言ったの?」
「『腹の底から安心しろ』って言ってくれた」
おれはトパジーを安心させたくて口角をあげた。
「『私がずっと守ってやる。実の父親にはなれないが、キミがおとなになり、自立できる日が来るまで、私がキミの居場所を作ってやる』。だから安心しろって言ってた。ヴィクトロらしいよな」
「……わたしはそんなこと、言ってもらってない」
「そうなのか?」
ヴィクトロはトパジーの弱音を聞いたことがないのかな。そういやおれ、ヴィクトロが子どもたちとどんな会話をしてたのかすら知らないや。
「ヴィクトロ殿下はトパジー殿下やシュタ殿下の前ではひたすらデレデレしてましたからね」
ミリアが言った。大のオッサンがデレデレって、ヴィクトロといえど少し気持ち悪いなぁ。そんなヴィクトロを目指してるおれもおれだけど。
「……うん。そうだな。トパジーの居場所になるって言ったのはおれだもんな」
そうだ。古城でトパジーとそう言葉を交わしたのはほかでもないおれだ。
「わかった。明日からはおれと一緒にシュバルに乗ろう」
「ちょっとフェジュ。いくらなんでもそれは無謀すぎます」
「つらい思いをさせるのは『守る』って言えねーだろ、ミリア。誰かの心を痛ませるのも立派な悪いことだ」
おれの言葉に、ミリアは苦い顔をし、トパジーは満足そうに頷いた。
「あーあー、俺もお姫様に産まれたかったなぁ。そうすりゃ誰かに守ってもらえてたかなぁ」
「あれ? ラフェン、なんだよ、戻ってきたのかよ」
さっき立ち去ったはずのラフェンがたいまつ片手に戻ってきた。っていうか話も聞いてたのかよ。
「上から命令もらってきたとこだからおまえらにも伝えとこうと思ってよ。ホラ、フェジュ、読め」
「なんだ、この地図?」




