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戦線へ

 ヤーデの威圧的な態度に、トパジーはあからさまに怯えている。


「わたしとお母様があの女王――アダマーサにどんなひどい仕打ちを受けたか! おまけに……よりにもよってトーワお父様もアダマーサと組んでッ……」

「おい」


 肩を震わせるトパジーを見ていられず、おれは口を挟む。


「悪いのは女王だ。トパジーに罪はねーだろ!」

「おまえもヴィクトロのように、アダマーサの娘にそそのかされているのよ! きっとそうだわ……こんな女たちと同じ血が私の体にも流れているなんて考えたくもない。このロッチャまでひどい目に遭わないか、今から心配だわ」


 ねえロッチャおまえも不安でしょう、と言いながらヤーデはロッチャの手を握りしめた。


「オマエ、いい加減にしろよ。女王のことをオマエがどう思おうがそれはオマエの勝手だけど、母親である女王の罪を子どもにまでなすりつけるんじゃねーよ!」


 おれはつい怒鳴ってしまった。するとヤーデの血走った目がおれに向く。そしてヤーデが何かを言い返してくるよりも先に、今まで黙っていたロッチャが口を開いた。


「ねえ、おかあさん。この人、どうしておかあさんに怒るの?」


 おれは息を飲んだ。『この人』だって。そうか。ロッチャはおれが兄貴だってことを知らないのか。まともに会ってなかったし、むしろおれはわざとこの二人と会わないように七年を過ごしてきたし、そりゃ『この人』呼ばわりされて当然だよな。


「フェジュ。もう行きましょう。トパジー殿下も、べつの場所で昼食にしましょう」


 言葉を詰まらせているおれに、ミリアが助け舟をくれた。おれはヤーデやロッチャと目を合わせないまま、ミリアとトパジーに連れられ食堂から立ち去った。




「おにいちゃ~ん! 待ってよー!」


 食堂からミリアの部屋へと戻る途中、うしろから声がかけられた。おれは思わず反応する。


「へへっ。ロッチャかと思ったか?」

「んなわけねーだろ、ラフェン」


 うしろから追いかけてきたのはラフェンだった。コイツはどうやらおれに向かって『おにいちゃん』と呼んだらしい。


「ふざけてんのかオマエ。それともケンカ売ってんのかよ」

「オモチャで遊んでるだけだぜ」


 悪意の塊かコイツ。ミリア、見るからにキレてるし。


「おれになんの用だ?」

「おいおい、そっちが先にメンテリオの所在を訊きにきたんだろうが。わざわざ食事を中断して追いかけてきてやったんだ、感謝しろっての」

「それはありがたいけど……オマエがそこまで優しいヤツだとは思えないぞ」

「うん、その件はついでなんだけどさ」


 やっぱり。ラフェンは別件で用があるらしい。


「あ。ちなみにメンテリオもここに滞在させる手筈になってるぜ。面倒だからメンテリオ夫妻とガキはまとめておいたほうがいいだろって決定で。ヤーデを狙ったトーワも消えたしな」


 食事を中断したとは言いながらもラフェンは片手に持てるだけの小魚を持ち、ボリボリつまんでいる。


「『面倒だから』ってところに帝国がいかにメンテリオの扱いに困ってるかがわかりますね……」


 ミリアがうんざりしている。


「まあアイツは偏屈底辺学者で有名だし。そしてここからが本題。あのさぁ、単刀直入に言うとぉ」


 ラフェンはおれを指さした。


「おまえに出動命令が出てるから! シクヨロ」

「出動命令……戦線に出ろってことですか?」

「ご名答~! 女傭兵、冴えてるねぇ」


 戦線に行けというわりにはラフェンは軽い口調だ。


「いい加減きびしいのよ、戦況ってヤツが」


 そしてラフェンはトパジーを見る。


「向こうの強力な兵士だったキャムが死んで、おまけにトパジーのお姫様がこっちに渡ったとはいえ、リベルロ王国も結構しぶとくってさぁ。つーか、『緑頭の小僧は今いったい何してるんだ』ってシビれを切らしてんのよ、ウチのお偉いさんが」

「まあ、最初からフェジュを戦線に送りこむって話でしたからね。フェジュを頼りにしていた帝国上層部が苛立つのもしかたないです」

「女傭兵はマジで話がわかるね。助かるわぁ。てなわけでフェジュ、これから俺と一緒に戦場に行こうぜ!」

「急だな!」

「むしろ待っててやったほうだぜ。ちったぁ人間兵器としての自覚を持てっていう話よ。楽勝だろ? ほれ、小魚やるから」

「いや、オマエの手汗が滲んだ小魚なんていらない。いらないから頬っぺたにこすりつけんな! くせーよ!」




 ――などという軽い調子でラフェンに言われるがまま、おれはローリー帝国領ゴーダとリベルロ王国領の国境戦線へと参陣した。

 死体や下水の異臭がする。雨が降ったあとなのか、ぬかるんだ地面。泥と混じる血。シュバルも何頭か倒れてら。戦場の向こうからは戦いの音が聴こえてくる。帝国陣地では、死んだ仲間の体を引きずる兵士たちが何人もいる。こないだ来たときより劣悪な環境になっていることは明らかだ。


「どこが楽勝なんだよ」


 シュバルにまたがっているおれは隣で同じくシュバルに乗るラフェンを睨みつけた。ラフェンは古城にいたときと違い、剣に弓矢にと装備を固めている。


「ん? お姫様にはちと酷すぎたかぁ?」


 ラフェンはおれのうしろに乗っているトパジーを見た。そう、おれはトパジーとミリアを連れてきたのだった。


「でも、戦況がここまで悪化しちまったのはお姫様のせいでもあるんだぜ。堪忍堪忍」

「あの……トパジー殿下。今からでもあたしと一緒に古城へ戻りませんか? いくらなんでも危険ですし、フードで髪を隠しているとはいえ、誰かが殿下のことに気づくと……」


 おれの隣にミリアのシュバルが近づいてくる。しかしトパジーはさっきから、


「やだ。フェジュと離れたくない」


 この一点張りなのだ。


「ガキ連れて戦い、ねぇ……どこの王配野郎なんだか」


 ラフェンは名指しせずヴィクトロについて呟いた。


「でも、さすがにこのまま敵兵のところには行けねーや。トパジー、ここからはミリアのシュバルに乗ってくれ。ミリアも、素手格闘じゃなくて槍や弓を使ってくれるだろ? ラフェンみたいにさ」

「コイツと一緒にされるのは癪ですが……もちろん騎馬戦でいきますよ」


 ミリアが頷いた。ヴィクトロ直伝の武勇により、ミリアは素手での戦闘だけでなく武器を使った戦いも得意なのだ。


「怪力戦闘民族の女傭兵に魔法使い二人か。あれ? この戦争、ひょっとして勝っちまうんじゃね? 凱旋したら昇給は間違いなしじゃん! ラッキー」


 ラフェンは目を輝かせながら独り言を発している。コイツの昇給は知ったこっちゃないけど、ここを越えなければ女王のもとにはたどりつけないんだ。ひょっとしてももしかしても関係なく絶対に勝たなきゃな。ジジイ、空から見てろよ、おれが戦う姿を。

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