永遠なる決別
「ジジイ! おい、しっかりしろよ!」
床に倒れたドモンドのジジイは、左背中に刺さったおれの剣のせいで血を流している。
「ジジイ。ジジイってば!」
「ジジイジジイとやかましいわい……」
ジジイがうめく。
「トーワ殿下を逃がすなッ……」
ジジイに言われ、おれはトーワのおっさんを見る。おっさんはおれに殴られた顎をさすりながら部屋の窓辺に足をかけていた。
「しぶとい老害だ。さすがは最強の武人とうたわれた男、か」
おっさんはジジイを見ながら笑っている。
「しかし、まさか実の孫に殴られるとは思わなかったよ。短気なのは誰に似たのやら」
「黙れ! おれの家族はおれが決める! オマエとは……この剣をもって縁切りだ!」
おれはジジイに刺さった剣を指し示した。
「そういう暑苦しいのは苦手だから、ぼくはアダマーサのところへ帰るよ」
「逃げるのか!?」
「悪いかい。アダマーサはまだ怒っているかもしれないが、なに、愛の言葉ひとつかけてやればこちらのものだからね。結局、ヤーデもトパジーも手に入らなかったが……またの機会に。ふふ」
「くそっ……オマエは絶対おれがブッ倒してやっからな!」
おっさんは気持ち悪い笑みを残し、窓から外に飛び降りて姿を消した。まさかおっさんがこんなことをしでかすなんて、まだ信じられない。けど、今は……
「ジジイ。しっかりしとけよ、すぐ救護兵を呼んでくるからな」
部屋にジジイとヤーデ、ロッチャを残したまま去ろうとしたおれの足を、震えるジジイの手が掴んだ。
「自分の死期くらい自分でわかるモンじゃわい。ワシはもう……助かるまい」
「弱気なこと言ってんじゃねーよ! 待ってろ――」
「行くな……」
「ここで死んだらもう二度とトパジーたちには会え――」
「どうかそばにおってくれ……フェジュ」
おれは言葉に詰まった。ジジイはもう、息が絶えかけている。おれのせいだ。
「フェジュ。次にヴィクトロに会ったときは、アイツの顔を一発殴れ。おまえが女王を殺しそこねたから、子どもたちが危ない目に遭った。ワシもこんな目に遭ったと言ってな」
「……わかった。必ず言うよ」
おれが頷くと、ジジイは小さく笑った。ドモンド、とヤーデがジジイの名を呟いたのが聴こえた。
「それからな、フェジュ」
「ああ」
「ワシは今でも、ヴィクトロに剣を二度も向けたことを後悔しておる。おまえも一緒にいたから知っておるじゃろう……ワシは実の子を殺そうとした」
「うん……知ってるよ」
「ひどい後悔じゃった。おまえはワシのようにはなるな。おまえも武人なら、おまえの家族を守れ」
それがジジイの最期の言葉だった。
「……くさっ」
翌朝、古城の裏庭にジジイを埋葬することにした。ミリアにも手伝ってほしかったけど、アイツはまだ完治してないし、トパジーを見ててくれるだけでいいや。そういうわけで、ラフェンがおれを手伝ってくれた。するとこんもりした墓ができあがり、そこにラフェンがお香ってやつを供えてくれたのだった。焼いたお香のにおい、キツいったらありゃしねー。
「これが帝国式の葬儀なんだよ」
と言いながらラフェンは懐から小さい鐘を取りだす。「鳴らせ」と言われたので、おれが鐘を鳴らした。
「葬儀って、おれ初めてするよ」
「ふーん。ま、殺したヤツをいちいち埋めてやる必要もないしなぁ。っつーかいつまで鳴らしてるんだよ。もういいぞ」
おれはラフェンに鐘を返した。
「これだけ?」
「あ?」
おれが質問したので、ラフェンがおれを見てきた。
「これで終わりか?」
「まあな。あとはテキトーに花でも摘んで供えてやっとけ」
「これでジジイは終わったのか?」
ラフェンからの返事はない。誰も返事をしてくれない。しばらく時間が過ぎたあと、ラフェンが言いだした。
「ジイさんがここで終わったのはおまえのせいだ」
「……はあ?」
「トーワの野郎はヤーデを襲って、それをおまえが止めて、トーワがおまえを殺そうとしたところをジイさんが止めにきたんだろ? だったらおまえがトーワに好きなだけやらせときゃジイさんは死なずに済んだんだ」
「なんだよそれ。黙ってトーワのおっさんを見逃しとけって……ヤーデを助けなければよかったって、そう言いたいのか!?」
「そうだよ、ジイさんが死ぬのが嫌だったんならな。どっちかの命が惜しけりゃどっちかは見殺しにしとけ!」
「なんでオマエはそんなに薄情なんだよ!」
「薄情者が生き延びるんだよ。そうできてるんだよ、オトナの世界ってヤツは! 薄情じゃなきゃオトナにもなれねぇってこった。ったくよぉー、なんど言えばわかるんだっつの。こっちが嫌になるっつーの~」
そのまま立ち去っていくラフェンと入れ替わり、トパジーの手をひくミリアがやってきた。
「ミリア……怪我は平気なのか?」
「大丈夫です」
ミリアはジジイの前で手を合わせた。トパジーも。ミリアが起きてきたことは嬉しいけど……こんなことになってしまって、すげー心苦しい。ラフェンの言うとおり、おれのせいで、こんなことに。
「ヤーデ様から事情を聞き出しました」
ミリアがふたたびトパジーと手を繋ぎ、話を切り出した。
「……さっきのラフェンとの話も聞こえました。ドモンド様が死んだのはフェジュのせいではありませんよ」
「気遣いとかいらねーよ」
庇われるようなことはおれはしていない。
「使ってません」
ミリアが続ける。
「だって、たとえオマエがあの部屋に入らずとも、ヤーデ様の悲鳴を聞きつけたドモンド様はどっちみちトーワの野郎を止めたはずですから。ドモンド様はあのヴィクトロ殿下のお父様です。あたしが言いたいこと、フェジュならわかるでしょう?」
「……わかる。けど……」
「それで死ぬんだからバカみたいですよね。助けるんだったら全員で助からないと意味がないのに、誰かを庇って死ぬとか、本当、バカらしい」
ミリアが片手で目もとをぬぐった。
「あ、そうだ」
そして少しかすれた声で言ってくる。
「フェジュ。ドモンド様が最近いちばん楽しみにしてたこと、なんだかわかりますか?」
「ジジイが楽しみにしてたこと……」
おれは考える。ジジイが楽しいこと。トパジーにジュースやったり、ヘラヘラ笑いかけたりしてたな、そういえば。
「トパジーを喜ばせることに決まってら」
と答えたところ、ミリアは「やっぱり知りませんか」と笑った。なんだよ。
「オマエが剣でドモンド様に勝つことですよ」
「おれが? ジジイに? それが楽しみぃ?」
「ふふ。いつもあたしに『ヴィクトロは二十歳で初めてワシに勝った。フェジュがいまワシに勝てば、あいつはヴィクトロよりも強い戦士になれるぞ。将来が待ち遠しいのう』って言ってましたもん、ドモンド様」
「う、うっそだあ」
「本当ですってば。そりゃもうウザったいくらい聞きましたよ。もちろんトパジー殿下のこともたいそう気にかけていらっしゃいましたが、ドモンド様はドモンド様なりに、フェジュ、オマエを可愛がってたんです」
それまで不思議と出てきていなかった大量の水が、今になり、おれの両目からどっと溢れてきた。
その夜、おれはトパジーを連れてラフェンのもとを訪れた。ラフェンがいたのはおれがさっきまでいた部屋の隣室だった。ベッドに仰向けで寝っ転がっているラフェンは起きてはいるらしく、目だけをこっちに向ける。
「ふん」
ラフェンが鼻で笑った。おれは「なんだよ」と投げかけた。
「いや~、ガキのパワーも見くびるもんじゃねぇな、と思ってさぁ」
「なんだそれ」
「だって朝から晩までぶっ通しで泣き声が聴こえてくるんだぜ? いや、すげーわ。マジすげぇ」
「おれが隣の部屋で泣いてるのをずっと聴いてたのかよ」
「一応おまえらを見張っといたのさ。そしたらおまえの両目は案の定、すげぇぶっくり腫れてるし。二重にすげぇや。よく泣いたね~」
で、俺になんの用だ、とラフェンが言った。
「先にお礼を言っとこうと思ってさ。ジジイを埋めるの、手伝ってくれたから」
「そりゃべつにいいけどよぉ。『先に』って何? お姫様まで連れてきちゃってまぁ」
隣を見ると、トパジーはラフェンに対してやや怯えた様子でいる。ラフェンが男だからか、それともラフェンの態度のせいかはわからない。おれは背筋を伸ばし、口を開く。
「さっきは手伝ってくれてありがとう。あと、皇帝に言っとけ。おれは喜んでオマエの兵器になってやる。もう迷わない。リベルロ王国をぶっ潰す――トーワを殺す。アダマーサを殺してやるってな」
「……お姫様の前だぜ」
ラフェンの声がうんと低くなった。
「トパジーがいようが関係ない。おれも武人。おれはおれの家族を守るんだ」
「てぇことは、そのお姫様のことは?」
「ああ。オマエに言われたようにする」
そしておれは両手を組み、トパジーへ、帝国兵を攻撃しないための操りの魔法を使った。
「トパジー。ごめんな」
魔法をかけ終え、おれはトパジーに謝った。
「なんの……こと? フェジュ、いま何したの?」
トパジーは首をかしげている。
「なんでもない。トパジーを守るためのおまじないをかけたんだ」
ウソをついた。罪悪感がおれの胸を痛くさせるけど、やってしまったことはもう変わらない。不思議そうな顔を浮かべているトパジー。おれが気持ちを落ち着かせるために深呼吸していると、おれの後頭部に何かがぶつかってきた。
「あれ? これ、鐘じゃんか」
ぶつかったのは、今朝ジジイの前で鳴らした鐘だった。どうりでうるさい音が鳴ったわけだ。
「やるよ」
ラフェンが言う。
「おまえがオトナになった餞別だ」
「……サンキュ」
おれは鐘と、それからジジイを刺した剣を握りしめ、ふたたびお礼を言った。




