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ホームドラマ

 ランプの光だけが照らす室内では、おれの弟ロッチャは壁に拘束され、おれの産みの母親ヤーデは、その父親であるトーワに馬乗りにされている。ヤーデは抵抗してるみたいだ。ロッチャは泣いてる。あの子が拘束されてるのは……きっとトーワが魔法を使ったからだろう。


「おい! トーワのおっさん、なにしてんだよ!」


 おれの怒鳴り声に気づいたトーワのおっさんはこっちに顔を向けた。


「見つかってしまったか。ヤーデ、きみが大声を出すからだよ」


 おっさんは笑ってる。なんか気持ちわりーな。おれに見つかったとはいえ、おっさんはヤーデの上から離れようとしない。


「そこからどけよ!」


 おれは室内に飛びこみ、おっさんに殴りかかった。おっさんはおれのこぶしをヒラヒラとかわし、ベッドから距離を置いた。


「おい、ヤーデ。大丈夫かよ?」

「フェジュ……おまえ、わたしを助けにきてくれたの?」


 ヤーデはオドオドした様子でおれを見ている。……こいつの服、はだけてやがる。


「そんなんじゃねーよ。ただ放っておけなかっただけだ」


 おれがそう言うとヤーデは無言になった。そしてヤーデは壁際のロッチャを救出するのだった。


「おっさん。オマエ、なんでこんなことしたんだ。こんな、ヤーデを襲うみたいなマネ……」


 これじゃあ王国でトパジーが襲われた話そっくりじゃねーか。


「ヤーデはおっさんの実の娘だろ?」

「そうだよ」


 おっさんは即答した。おれがヤーデを見ると、ヤーデはうっすら涙を流しながらおっさんを睨んでいた。ロッチャも泣き出している。おれは状況を把握するのに精一杯だけど、これがただことじゃねーってことくらいはちゃんと理解できている。だからこそ現状が信じられねー。


「そうだよって……なら、なんでこんなひでーことするんだ!」

「さっきからその質問ばかりだね」

「だって……想像できねーだろ! ふだんのおっさんの姿から、こんなひでーこと想像できねーじゃんかよ!」

「おや、ぼくはそんなに善人に見えていたのかい? 嬉しいな」


 は? なに言ってんだ、こいつ。


「だが、善人というものは実の娘に乱暴しようなど――まして、妊娠させようだなんて考えないよ」


 おっさんはそう答えた。


「どういう話を……してるんだよ……」


 おれはわけがわからずに言う。わかれってほうが無理だろ。


「ヤーデを……妊娠……させる?」


 本ッ当に意味がわからねー。こいつ、実の娘を妊娠させるって言ったのか? 言ったよな。


「気味がわりーよ、オマエ」


 やべー。声が震えちまう。


「しかたないだろう、トパジーにはいつもきみが引っついてるんだから」


 おっさんが言った。


「……なんで今、トパジーの名前が出るんだ」

「うん? トパジーから聞いていないのかい。王国で彼女を襲ったのはぼくだよ。結果、トパジーがアダマーサの嫉妬と怒りを買い、ぼくの代わりに兵士を送られたがね」


 なんだこいつ。正気なのか……?


「オマエ……最初から、女王とグルだったのか? だからトパジーを襲ったのか!」

「勘違いしないでくれよ」


 おっさんは笑う。


「ぼくはただ、死人が子どもを残せるのか興味があっただけだよ。こんな機会、めったに巡ってこないからね。そうだろう? きみも生ける死人になれたら考えてみるといい。せっかく魔法使いとして生まれてきたんだからね」

「ふざけんな……ふざけんな。ふざけんな!」


 自分で気づいたときには、おれはすでにおっさんに斬りかかっていた。ところが、おれが斬りつけるよりもはやく、おっさんはおれに向かって炎を吐きだした。だめだ、真正面から喰らっちまう! おれが足をとめ、目をつぶると――


「……ちっ。今度はドモンドか」


 という、おっさんの言葉が聞こえた。


「じっ……ジジイ!」


 室内にとつぜん現れたドモンドのジジイ。ジジイは、おれを庇って背中に炎を受けていた。


「なんで出てきたんだ!」

「ヤーデ様とおぼしき声が聴こえてな、フェジュ。老体ゆえ駆けつけるのが遅れたが……来て正解だったわい」

「正解じゃねーだろ! 火が……ああもう!」


 おれはシーツでジジイの背中を思いっきり叩いた。


「おれなんかを庇うことないだろ!」

「ばかもん。おまえはワシの孫も同然。大切な孫が傷つくところなんざ見たくないと思うのがジジイの常じゃ!」


 孫? おれ、今、『孫』って言ってもらえたのか?


「……なぜ泣くんじゃ、フェジュ。おまえが容赦なくバシバシ叩いてくれたおかげで背中の火は消えたんじゃぞ。泣きたいのはこっちじゃ。あー痛かった」

「そうじゃねーよ……アホジジイ」


 泣いてる場合じゃないのに。


「はいはい、感動の場面は終わったかい? 悪いがホームドラマに付き合うのも面倒なんだ」


 おっさんが手を叩きながら言った。心底イヤそうな顔してやがる。マジで今までのおっさんとはまるで別人だぜ。その気持ち悪いツラのおかげでおれの涙は引っこんだ。


「面倒だから……そうだなあ……ドモンド。その可愛い孫の剣で殺されるというオチはどうだい? なかなか素晴らしいドラマの幕引きだと思うのだがね!」


 そしておっさんは両手を組み、おれが握っていた剣を操り始めた。剣は宙に浮き、おれの心臓を狙ってくる。


「ほらほら! うかうかしてると可愛い孫が串刺しだよ!」

「ごちゃごちゃうるせー! その前にオマエを殴り倒してやる!」

「やめんかフェジュ! うしろがガラ空きじゃぞ!」


 ジジイの声がうしろからかかる。けどおっさんにやられっぱなしなんて、ほかでもないおれが許さない。ニヤケ顔のおっさんの顎におれのこぶしが直撃した瞬間、おれの背中に重たいものがのしかかった。


「ぐっ……」


 おっさんとジジイが同時に唸った。


「……ジジイ?」

「きゃああああッ!」


 ヤーデが悲鳴をあげ、ロッチャが号泣している。おっさんがおれの目の前を歩いて横切った――おれの目の前に倒れたジジイの背中を踏みつけて。

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