夢の中の私は
「キャム、おまえはフェジュを罰するというのか?」
アダマーサはキャムをとめる気配はない。キャムもまた、平然とフェジュを捕らえようとしている。
ここは私がフェジュを守らなければ、この子は殺されてしまう。こうしてアダマーサに動きを封じられたままフェジュは首を切り落とされるだろう――キャムに。
そうだ。私がアダマーサを守らなければ。
私がこの子を殺さなければ。
「……え?」
「ヴィクトロ? どうかしましたか?」
愛しいアダマーサの声が頭に響く。
「いや。今、私はおかしなことを考えていたような気がしてね、アダマーサ」
そう答えた私にキャムが言う。
「そうですよ。この子どもを守ろうとするなんておかしな考えです」
「違う、キャム。私はこの子を守りたいのだ。だが今、私は……」
「殿下は度重なる戦闘で疲れていらっしゃるのでしょう。おい、兵士たち。この罪人を連れていけ」
キャムに命じられた兵士が、動けないままのフェジュを抱えていく。キャムもそれに続こうとした。
「待てキャム、話はまだ終わっちゃいない!」
「アダマーサ陛下。殿下のことをお頼みします」
「ええ。ヴィクトロには構わずお行きなさい、キャム」
なんだ? 私まで急に身動きが取れなくなった。これではフェジュたちを追いかけたくとも追いかけられない。
あっという間にアダマーサと二人きりになった。
「ヴィクトロ。あなたらしくありませんよ」
アダマーサは溜め息をつきながら言った。
「私らしくない、とはどういうことだい」
「指示もなしに戦場から帰ってきたり、そうかと思えば敵国の少年兵を庇おうとしたり。王国最強の武人ともあろう男がなんと情けないことでしょう」
「だがアダマーサ。あの子はキミと血の繋がりがあるんだよ。キミのその美しい髪が何よりの証拠だ」
「だからこそ処罰せねばなりません。あの子どもは敵国の魔法使いなのですから」
「本気で言っているのかい?」
アダマーサはこんなに冷徹な女性だっただろうか。
「キミは、もしもフェジュがシュタやトパジーであったとしたなら、そうやって同じことを言えるのかい?」
アダマーサはしばし目を伏せたあと、こう言う。
「あの子たちはそんなこと、絶対にしませんわ。あなたこそ……今後、フェジュのような幼い戦士が敵として現れたなら、今と同じようにその一人ひとりを庇ってやるのですか? たとえ味方が殺されようとも?」
「今はそんな話をしているのではない」
「わたくしだってそんな話はしていません。それに、可愛いシュタとトパジーを罪人と同列にしないで」
「フェジュの親が誰であってもかい」
これにアダマーサはこう答える。
「ここは帝国の敵国です」
つまり容赦はしない、ということだ。
「ともかくフェジュのことはわたくしとキャムでおさめます。あなたは口を挟まないでください」
「そのキャムは戦場を放り出していったのだぞ!」
「数日ともなく帰還してきたあなたが言えたことですか。キャムはわたくしと会議をすべく王都に戻ってきたのです」
「ベッドの中での会議か」
「ヴィクトロ。わたくしは『口を挟まないで』と言いましたよ」
冷たい眼光が私に向けられる。
「わかってくれますね? わたくしがこの世で最も信頼しているのはあなただけなのです」
「キャムを初めて王宮に連れてきたときも、キミはそう言ったね」
アダマーサは何も言わない。
「ひとつ質問してもいいかい」
私は言う。
「さっき、キミは私の動きも封じたのか?」
「……なんのことでしょう」
アダマーサはそれだけ言い残し、部屋を去っていった。
ハア。
あれから私には、南の戦場にすぐ戻るよう書簡で通達された。アダマーサから。冷たいものだ。どうせキャムと謀ったのだろう。しかし女王の命令には逆らえないので、城の外に私のシュバルを用意させ、私は武具などの身支度をしてシュタとトパジーの部屋をコッソリ訪れていた。
王太子と王女たちにあてがわれた部屋は城の中でもいっそう豪華な一室だ。アダマーサも彼らへの褒美や教育は惜しまない。人間として、王族として豊かな内面を育めるようにだ。
そんなシュタとトパジーはふたつ並んだベッドでそれぞれ眠っている。私はベッドのあいだに座り、ふたりの手を握っている。
「うーん……パパぁ……」
シュタが寝言で私を呼んだ。嬉しいことこの上ない。夢の中の私はどうしているのだろう。
「パパは強くて……やさしくて……ムニャ……」
シュタ。夢の中の私は、強くて優しいのかい?
「――そろそろ行かねばな」
私は子どもたちの部屋を出た。
窓から夜風が吹き込んでおり、城内といえど周囲は寒い。こうしてマントを羽織っていても吐息すら冷たく感じる。背中に伝わる石壁の温度ときたら……ああもう。ならば壁から離れたらよいではないかと言われるだろうがそうにもいかない。〝城の外に出るためには〟この通路を通るしかない。通るしかないのだが、タイミングが悪かった。曲がった先に兵士たちがいる。
「なあ、さっきの生意気そうなガキ、本当に白状すると思うか?」
「さあな。けど、『ああいう子どもは、甘美なもので釣れば、意外とスンナリ言うことを聞くものです』ってキャム様はおっしゃってたぞ。二、三日もすれば空腹につられて降参するだろ」
兵士たちがおそらくフェジュのことを話題にしている。あの子は尋問にかけられているのだろう。しかしキャムのあの様子だと、フェジュへの拷問もいとわないのではないか。くそ。アダマーサ以上に冷たいヤツだ。……いや、
――『だがフェジュ、おとなしく来てくれたらおいしいごはんを食べさせてあげるぞッ!』
私も、結局、キャムと同じだったということか。
「うぐっ!」
「おい、どうした、急に倒れ……」
次だ。そいやッ。
私は懐から吹き矢を取り出し、兵士たちに次々と矢を食らわせた。兵士たちはわけもわからないといった顔で倒れこんでゆく。私は吹き矢も得意なのだ。
「安心しろ、眠剤だ」
いくらこの現状でも、私は何も味方兵を殺しはしない。
私を待っていろ、フェジュ。
私は外に出てフェジュのいる牢獄へと駆け出した。




