深夜の命令
トパジーが叫びながら拒否を示したのは、ミリアの部屋でトパジーと三人そろって夜飯を食べながら会話しているときだった。おれが戦場に行く際にはこの古城に残ってほしい、トパジーにそう伝えたのだ。
「トパジー。ドモンドのジジイはおれより強いし、絶対にオマエとトーワのおっさんを守ってくれるぞ?」
「いやだ。いやなの」
「そんなにイヤか、ジジイのこと?」
トパジーはうつむいた。うーん、おれには厳しい言葉を投げかけてくるジジイだが、トパジーにはめっぽう優しくするはずだ。そんな裏表激しいジジイにはムカつくけど。
「じゃあ、わかった。おれが出ていくときはミリアに守ってもらえ!」
「なに言ってるんですか、フェジュ。あたしだって傭兵なんですから戦いに出ますよ」
「護衛も仕事のうちだろ」
「今あたしの上司はオマエではなくドモンド様です」
「そうなんだけどさ……トパジーをこんなに怯えた顔させたままここに残していけねーだろ」
そんなことしたらヴィクトロに怒られる。
ヴィクトロだったらこの状況、どうやって解決するのかな。何がなんでも自分の武力で解決させそうだな。たとえ戦場にトパジーを連れていこうが、絶対に怪我ひとつ負わさせないだろうし、それができる男なんだよな、アイツ。くっそ~、ムカつく。おれにできないことをやってのけるアイツがムカつく。ジジイと親子そろってムカつく! どうなってんだよアイツらの血は。
「……ふがっ。あ、いけねー、寝てた」
その深夜、おれはミリアとトパジーが眠る部屋の外で不寝番をしていた。していたんだが、いつのまにか寝てしまってた。ヴィクトロの夢を見てた気がする。さっき、ヴィクトロのことを考えてたからかな。
おれは扉に背中を預けた。この古城に来てから、トパジーはミリアの部屋で眠っている。さすがにおれが一緒に寝るのははばかられるから、おれは毎晩こうして剣を片手にトパジーを守っているというわけだ。ちなみにおっさんのことはジジイが守ってくれてる。
「――やっぱり、まだ話すのはイヤですか?」
あれ? 部屋の中から声がする。ミリアがトパジーに話しかけてるんだ。オマエら、もう夜遅いんだから寝ろよ。とは思いつつも聞き耳をたてるおれ。
「女王のところで何があったのか……」
ここ数日間、ミリアはおれのかわりに、トパジーが戦場へあらわれるまでに何があったのかを聞き出そうとしてくれてる。この古城にいる、トパジー以外の人間が気になってることをだ。おれじゃ上手に聞き出せないだろうから、とミリアは言ってたが、ジジイはミリアについて『あいつは汚れ役を買ってくれてる』と語っていた。
つっても、トパジーの例の発作が起きてもダメだから、おれがそばにいるときに限ってるみたいだけど。
トパジーの泣き声が聴こえてきた。今日も悲しませちまった。ミリアのほうは、今日もダメだったのかな。
「……ん?」
今、すぐそこにある廊下の角で何か動いた気配がした。見張りの帝国兵か? いや、今日はあそこにはいなかったはず。巡回してるのか? ――違う。殺気だ。おれは剣を携えて飛び出した。
「うおっ」
角を曲がってすぐのことだった。おれは首ねっこをつかまれ、おまけに利き手首もつかまれ、壁際に追いやられた。
「ふーん、よく俺に気づいたな。そこは褒めてやるよ、兵士としての基本のキだけどな」
「オマエ……ラフェン! 何してんだよ!」
「おっと、あんまり騒ぐな。本気で殺したりはしねぇよ」
おれを角に引きこんだのはラフェンだった。こいつ、おれの手首に剣を当ててやがる。しかもそれはおれの剣。いつのまにか奪われていた。殺しはしないとは言いつつも、おれが少しでも動けば斬るつもりだ、こいつ。
「で、あのお姫様の様子はどうだ? 何か聞き出せたか?」
「質問くらいフツーにできねーのかよ、オマエ」
「うっせぇ。俺に意見できるのは皇帝陛下だけだ」
「ジジイからの賄賂は受け取ったくせに……」
「あぁん?」
痛え。
「はやく答えろ」
「……相変わらず何かに怯えた様子だよ。でも、女王のところで何があったのかはまだ話してくれない」
「腹が立つことに俺に対してもビクビクされるんだが、ほかのヤツらにもか?」
「うん。まともに話せるのはおれとミリアだけ。話せるって言っても、トパジーはいつも無口だけどな」
「ふーん」
なんだこの確認作業。トパジーのことは、ラフェンだっていつも見張ってるくせに。おれが気づいてないとでも思ってるのかな。
「じゃあ単刀直入に言うけどよぉ」
ラフェンが声をひそめ、
「おまえ、あのお姫様を操れ」
そんなことを言ってきた。おれは一瞬、ラフェンが何を言ったのか理解できずに言葉に詰まる。
「操るって……そんなことできるかよ!」
「黙れ。騒ぐな」
剣が皮膚に押しつけられる。
「操るってどういうことだよ」
「そのまんまの意味だよ。おまえ、人や物を操る魔法は使えるんだろ?」
「そりゃ使えるけどさ」
「……ここはウソでも使えねぇって言えばいいのに。おまえ、アイツにそっくりだな。馬鹿すぎ」
「は?」
「なんでもねぇよ」
ラフェンはわざとらしく咳払いをした。
「話を戻すぜ。俺ら帝国としてはここでお姫様に暴れられちゃ困るんだよ。簡単な話さ。ただおとなしく帝国に従わさせればいい」
「イヤだよ」
「じゃあおまえの弟はもらうぜ?」
「それもイヤに決まってんだろ! さてはおれとルーグの話を聞いてたな、オマエ!」
「俺は耳がいいんだ。ちなみにおまえの家族がいる家にはすでに俺の仲間を向かわせてる」
「ふざけんなよ。弟を誰がやるか、オマエらなんかに!」
「あれもイヤこれもイヤでこの世は生きてけねぇんだぜ、アホガキ」
ラフェンは苛立ったように舌打ちする。
「あのお姫様を操り人形にしたてあげるか、今この手をここで俺に斬り落とされるか。おまえが得るのは二つに一つだ。さあ選べ」
「悪魔だな、オマエ」
「おまえら緑頭ほどじゃねぇさ」
これも皇帝の命令か。




