おれとトーワのおっさん
やべえ、気まずい。
王都でおれたちの前に現れたのは、アダマーサの兄、トーワだった。
で、今はおれとトーワの二人でシュバルを走らせて帝国領に向かっている最中だ。ミリアは単身、戦況が悪化しているゴーダ領に行った。王都からまっすぐアグマ領を突っ切って戦線に向かうらしい。大丈夫かよ、とおれが言うと「単独行動ならリベルロ兵に扮装しやすいですから」だと。
本当はおれもミリアと一緒に行きたかったけど、このおっさん、もといトーワが「ローリー帝国の人間と話がしたい」とか言い出したもんだから、おれはひとまずルーグとトーワを会わせるために帝国領へと行動してる。
っていうかこのおっさん、リベルロ王国の人間だよな? 帝国に行って大丈夫なのか?
っていうかこのおっさん、おれの実のじいちゃんだよな?
あれ? 〝じいちゃん〟ってフツウ、こんなに若いんだっけ? いや、見た目はおっさんだけど、じいちゃんって呼ぶわりには……あれれ?
いや、そもそも……なんでこのおっさん、〝生きてる〟んだ?
「きちんと前を見ていないとシュバルから落ちてしまうよ」
「うわあっ! あぶねえ!」
おっさんに言われるまで気づかなかった。つい考え事しちまって、正面に木が迫っていたのに不注意だった。
「あ……ありがとう、おっさん」
おかげで木を避けることができた。おれはおっさんに礼を言った。おっさんは薄く笑ったあと、こう言う。
「きみ、王家の人間かい?」
「えっ……」
「ぼくと同じ緑色の髪だ。偶然、ぼくにも娘がいるんだよ。王城でよく一緒に遊んでいたよ。今はどこにいるのかわからないが……生きていてくれたらいいな」
「……それって……」
「〝ヤーデ〟っていう名前の子なんだ。きみ、知らないかい?」
このおっさん、知らないのかな。気づいてないのかな。
このおっさんはあのとき眠っていたおっさんと同一人物なのか、じゃあどうして生きているのか、女王が新しく魔石を手に入れたのか、そういうことはまだ全然わからないけど――ただひとつ言えるのは、このおっさん、記憶の時間が止まってる。止まってるんだ。
そしてもうひとつわからないのは、おれ、こういうとき、どういう顔をしていいのかってことで、
「……知らねえ」
おっさんの言葉を、そう一蹴するしかできなかった。
あの女はおれの母親なんかじゃねー。
そうだ。さっさとこのおっさんをドモンドのジジイやルーグに引き渡して、おれは早くミリアと合流しねーと。そう思い、おれはシュバルを急がせた。
◇
おれたち傭兵団のアジトに戻ると、事務室兼応接室でひとり忙しなく地図や書類や機械ネズミやなんやかんやと睨めっこしていたドモンドのジジイがトーワのおっさんを見るなり口をあんぐりと開けた。
この七年でさらにすっかり老けたジジイは今、声にならない声を出している。まあ、無理もないか。死んだはずのかつての主君が生きた姿で現れちゃぁな。
「ト……いや……ト……トーワ殿下? ……いや、そんなはず……」
「おまえ、まさかドモンド・オーリブかい? だいぶ歳をとったようだが」
「は、はいッ! 最後に殿下にお会いしたのはもうかれこれ二十年近く前になりますので……おいフェジュ、ちょっとこっちに来い!」
「なんだよジジイ?」
「なんだよ、じゃないわい! 状況を説明せい! ……あ、殿下、ささっ、どうぞこちらにお掛けください。散らかっていて申し訳ございませぬがご容赦くだされ。フェジュ、お茶をお出ししろ!」
「気持ちワリーほどヘコヘコするくらいなら自分で淹れたらいいじゃんよ……」
「やかましい、さっさとせんか! 都で買ったばかりの茶葉がそこの戸棚の上から二番目の右扉にあるからそれを使うんだぞ」
えっと、上から二番目の、これか。あった。うわ、こんな高価なもん、わざわざ買ったのかよ。
「ふふ」
すでにジジイが沸かしていたお湯を注いでいると、椅子に座っていたおっさんがこっちを見ながら笑った。なんだよ。
「いや、失礼。口では文句を言いつつも、ちゃんとお茶を淹れてくれるんだなと思ってね」
「……ばかにするなら淹れねーぞ!」
なんなんだこのおっさん!
「こらッ、フェジュ、このかたをどなたと心得てそんな口の利き方をしてるんだ!」
「お茶を淹れる人間を笑うヤツにこういう口の利き方して何が悪いんだよ! おいジジイ、そのおっさんには自分で淹れさせろよ!」
おれは絶対やらねー。ふーんだ。
部屋から出ていきたかったけど、ジジイには状況を説明しなきゃいけないからしかたなくそのまま椅子に座っていると、ジジイも「しかたないのう……」とかブツブツ言いながらお茶を淹れ始めた。
溜め息も聞こえた。
「……いいよ、おれがやるよ、ジジイは座ってろよもう」
「なんじゃ、やるのかやらんのかハッキリせんか」
「曲がった腰で渋々やられてちゃ痛々しいんだよ」
「痛々しいとは何事だ、ワシより弱いガキのくせに!」
「うるせー!」
結局おれとジジイの二人で淹れることになったお茶を囲み、おれたち三人は会話を始めた。




