再会
七年前、女王を探してまわったこの地下空間すら、今となってはヴィクトロの体から発生した虹色の結晶で埋め尽くされている。
かつておれとミリアは数日かけて〝ヴィクトロにたどり着くまでの道筋〟を探しだした。
すっげー細いスキマみたいなところを進まなければ、結晶の中、ヴィクトロがいるところまで到着できないのだ。おかげでヴィクトロのところに行くには、今のようにとんだ回り道をしなければいけないので面倒だ。
「あのとき助けてくれて、ホントありがとうな、ミリア」
「なんです、急に」
結晶をくぐったり、登って下りたりしながら進む途中、おれはミリアに感謝の気持ちを伝えた。
「七年前だよ。あのときミリアはヴィクトロからこっそり命令されてたんだろ? ヴィクトロの身に万が一のことがあれば、おれを連れて逃げるようにって。だからオマエはおれを連れて逃げたんだ」
「どうしてそのことを……」
「ミリアとドモンドのジジイがそう話してるとこを立ち聞きしたことがある。へへ、おれが聞いてるのに気づかなかったなんて、ミリアのほうがおっちょこちょいだぜ!」
「くっ……不覚です」
ミリアは七年前、おれが知らないところでヴィクトロから命令を受けてたんだ。だからミリアはヴィクトロを置いておれだけを連れて逃げ出した。
いつかヴィクトロにも礼を言わねーと。おれの知らないところで二人で勝手に決めてたってとこには腹立つけど、それもおれが無力なガキだったからって思えば、納得せざるを得ない。腹立つけど。
「ヴィクトロを見返すためにも、絶対おれが助け出すんだ。おぼえてろヴィクトロ!」
フンだ。
おれはヴィクトロの全身を覆う結晶を小さく殴った。
「悪役の捨て台詞っぽいですよ、フェジュ」
「いいんだよ、へへっ。あ、でも、もし聞こえてたらヴィクトロは怒りそうだな」
ミリアがおれの隣に立った。おれたちの目の前には結晶に閉じ込められたヴィクトロがいる。まばたきもせず、表情も変えず、ただどこか無念そうな顔をしたまま七年という時を過ごしているヴィクトロ。
「……フェジュ。オマエ、気づいてないんです?」
「ん? 何をだ?」
ミリアが変なことを言い出した。
「殿下の話をするとき、オマエはあたしにばっかり気を使ってますが……あたしより、オマエのほうが暗い顔をしてるんですよ。たとえ口では笑ってても、すごく悲しそう」
「え……ウソだ」
そんなつもりは断じてなかったんだけど、どうやら本当らしい。
「オマエの気持ちはわかりました。あたしも殿下のために頑張ります。だから、いっちょ前に、何でもかんでもひとりで背負うんじゃないですよ!」
そう言ってミリアはおれの背中を叩いた。めちゃくちゃ痛え。けど、それと同じくらいめちゃくちゃ心強くなった。
◇
「王都のどこも異常はないですね」
おれとミリアは地下を抜け出し、改めて王都じゅうを見てまわった。定期的にこの王都に来てるけど、ヴィクトロ含め、何か異変があったことはまだ一度もない。
「だな。変わりなし、と」
おれはドモンドのジジイやルーグ、それからローリー帝国に報告するために紙にペンを走らせた。
「あ! ミリア、おい、あれ」
荷物をまとめ、シュバルに乗ってローリー帝国に戻ろうとしたところ、おれは道の向こうに一匹のネズミを見つけた。
「カンパニーからの連絡だぜ」
あれはルーグのネズミ。手先が器用なデュク族であるルーグお手製の、機械仕掛けのネズミだ。おれはシュバルから降り、こちら目掛けて走ってきたネズミを掴みあげた。この機械ネズミはおもに遠方にいる仲間への伝令役としてルーグ・カンパニーが各地に走らせてるものだ。きっと今回も何かの伝令だろう。
「中にはどんなメモが?」
ミリアが先走って訊いてくるので、おれはネズミの背中部分のフタを開け、中に入っていたメモを広げた。
「『ゴーダ領の戦況が悪化。加勢に向かえ』だって」
おれはメモを読み上げた。これはルーグの字だ。
ミリアが言う。
「ゴーダ領はアグマ領の隣。リベルロ王国との国境ですね。なら、いったん帝国領に戻って――」
「――なぜだい? このままアグマ領を突っ切ったほうが早いのに」
ん?
誰だ、今の声。知らない男の声がした!
「誰かいるのか!?」
おれは慌てて周囲を見渡した。ミリアも不審そうにしている。
すると物陰からひとりの男が現れた。
「……え? オマエ! その顔……」
どういうことだ。
物陰からおれたちの前に現れたのは、
「……ぼくの顔を知っているのかい? 生前、どこかで会ったのかな」
〝あのとき〟、王城の地下で死んでいたトーワだった。




