王都へ
今、フェジュの両手には包帯がぐるぐると巻かれている。だが何も彼にケガを負わせたわけではない。フェジュに魔法を使わせないために、私とミリアが考えた対処法だった。念のためにフードもかぶせて。緑髪が人目につくと面倒が起こるかもしれないからな。
「本当に王都へ連れていくんですか?」
ミリアはテントの前で顔をひきつらせている。
――あれからフェジュを連れてキャンプ地に戻ってきた私は、兵士たちには雑木林で気絶したままの仲間の回収を指示し、ミリアには事情を説明していた。せっかくの美人が台無しになるというのに、ミリアはさっきからずっと難しい顔をしている。
「アダマーサにはフェジュのことを知らせねばなるまい」
「そしてあたしはここに残れ、と」
「おまえは私の代理だ、ミリア。すまないな、キャムと同じマネをする羽目になったことは私も遺憾だ」
「なあなあ! これ、知ってるぞ。シュバルとかいうヤツだろ!」
「お、シュバルを知っているか。すごいなフェジュ。今からキミはこれに乗るんだぞ」
フェジュは兵士が引いてきた一頭のシュバルに興奮している。シュバルを見慣れないほど貧しい環境にいたのだろうか。
そうそう、この子、さっきテントの中でビスケットをかじらせたところ、どうやら私についてきてくれる気になったようだ。
「乗るって……こいつ食わねーのか? 焼いたらカタくてウマいって聞いたことあるぜ!」
「何を言ってるんですか。それは軍用です。食べるものじゃないですよ、フェジュ」
「なんだよ、オバミリアはケチだな」
「あたしはまだ二十歳です。ミリアおねーちゃんと呼びなさい!」
怒るミリアはひとまず置いておき、私はフェジュをシュバルにまたがらせた。私もそのうしろに乗る。
「うわあ、高い……」
シュバルに乗るのも初めてなのだろう。フェジュの後ろ姿はせわしなく身を揺すっている。楽しそうなその姿が愛らしく、私はついこのようなことを言う。
「これは兵士用のシュバルだが、いつか私のシュバルにも乗せてやる」
「あ? どのシュバルも同じじゃねーのかよ」
「大違いだぞ。そのときは最高の景色を見せてやる。約束だ」
私は手綱を握り、シュバルを適度になだめながらミリアを見る。
「数日後また戻ってくるが、それまでにまた帝国兵が攻めてくるかもしれない。そのときはミリア……王国ナンバーツーのその武勇で、ぞんぶんに暴れてくれたまえ」
「御意」
ピシッと力強く敬礼した〝武人秘書〟ミリアを残し、私はフェジュとともに王都へと出発した。
私たちが王都へたどりついたのは二日後の夜だった。
聞くところによるとフェジュは八歳だそうだ。今は両親と離れて暮らしているらしい。ただ、なぜリベルロ兵を襲ったのかは教えてくれなかった。
「ハラ減った! おいヴィクトロ、なんか食わせろよー!」
初めて会ったときより懐いてくれたとはいえ、フェジュの口の悪さと生意気さは相変わらずだ。
「まあ待て。キミには連れていくべきところがある」
「なんだよ、まだどこかに連行するのかよ!」
「そのために王都に来たのだぞ」
ぎゃいぎゃい騒ぐフェジュと片手を繋ぎ(不便そうなので片手だけ包帯を解いてやった)、私は兵舎に馬を残し王城へと急いだ。
「わあ……」
フェジュは入城するなり城内部の様子に物珍しさを感じたようだ。
「こういう場所は初めてか?」
「ああ。おれの家より、ずっとずっとデカい」
ふむ。
「うおっ! でっかいシュバルだ! あれ? でも動かないぞ!」
「それは彫像だ。リベルロ王国は昔からシュバルの生産に力を入れているからな」
「じゃあアレは? すっげーゾロゾロ並んでるぞ! カッケー!」
「あれは兵士像だ。武道も盛んだからな」
「中に人がいるのかっ?」
「像だ、像。鎧の下は丸太だが、剣は本物だから近寄るとあぶないぞ」
うぬぬ、こういちいち足を止められては、宮廷に進めないぞ。だが、まあ、心底楽しんでいるようだし、そのままにしておこう。
「これは?」
「それは初代女王アダマーサ一世陛下の彫像だ。どうだ、お美しいだろう」
ふふん、子どもでもアダマーサ一世陛下の神々しさは無視できなかったらしいな。
「近くで見るとブサイクだぜ」
なっ。
「女王陛下を愚弄するんじゃない、というか他人を愚弄するんじゃない!」
「でもどっか、母ちゃんと似てる……」
「か、母ちゃん? キミ、自分の母上のことを母ちゃんなどと呼んでいるのか?」
「なんだよ。親をどう呼ぼうがオレの勝手だろ!」
「まあ、『おい』とか『あの』とかでも、そこに敬意がそなわっているのならよいのだろうか……」
「ケーイってなんだよ」
「産んでくれてありがとうという気持ちだ」
「バッカじゃねえの。そんなこと、思ったこともねーよ」
フェジュはプイッとそっぽを向き、アダマーサ一世陛下の彫像からきびすを返していった。
「待て。宮廷はそっちじゃないぞ」
「うっせーゴールデンゴリラ! 略してゴゴリラ!」
「おとなには敬意を払え!」
私もそのあとを追い、神々しく両手を組み合わせたアダマーサ一世陛下の彫像から急ぎ離れた。