おれとミリア
ヴィクトロが結晶化して七年が過ぎた。
この七年はあっという間だった。
いや、あっという間とひとことで済ますには、世界はけっこう様変わりした気がする。
リベルロ王国はローリー帝国の領土だったアグマ領ほか三つの領土を取り込んだ。
あの女王――アダマーサと男妾キャムのしわざだ。正確には、アダマーサの魔法と、キャムが持っていた魔石のしわざ。
近年のアダマーサはすっかり人間兵器と化している。
あ、そうそう、七年前のあの騒動のあと、ヴィクトロは王配としての地位をなくし、かわりにキャムが名実ともに王配、そしてシュタ王太子とトパジー王女の〝父親〟になった。
王配についてはどうでもいいんだけど、王太子と王女の〝父親〟については……おれは良く思わない。
だって、ふたりの父親はまぎれもなくヴィクトロだった。
おれにはそう見えていたんだ。
「フェジュ。いつまで休憩してるんです」
木陰でひと休みしていたら、近くに滞在していた商人からの買い物を済ませたミリアに声をかけられた。
「オバミリア、買い物どうだった?」
「あたしはまだ二十七です。仕入れたばかりらしくて、いい買い物ができましたよ」
「十五歳のおれからしたらオバサンだよ。でもありがとう、おれ品定めは下手だからさ、助かったぜ」
おれは剣を携えて立ち上がった。おれたちはこれからリベルロ王都へ定期偵察に向かう予定。今はこのローリー帝国からリベルロへの国境を目指してる道中だ。
「ルーグ・カンパニーの名も知れてきたようです。商人は目の色を変えてましたよ」
「ほんとか。ふふん、これもおれの武功のおかげってやつだな!」
「まだドモンド様にすら敵わないくせに。口だけは一丁前ですね」
七年前の、あのあと。おれとミリア、それからドモンドのジジイは揃ってローリー帝国に亡命した。
なんでドモンドのジジイも一緒かというと、おれがミリアに連れられて王城から逃げようとしていると、なんとジジイはエグオンスのシカリースとともに王城じゅうの宝石をありったけ盗んでいる最中だったのだ。
なんでジジイがそんなことを? と思って聞いてみると、ジジイはどうやらエグオンスのリーダー・ルーグから「ヴィクトロたちを見張ってこい」と遣わされてきたシカリースと偶然にも出会い、そこでお互いの事情を明かしあったらしく、そのままルーグの目当てである宝石を盗もうとしていたとのことだった。
血眼になって宝石を袋に詰め込むジジイの顔はそれはそれは面白いものだったけど、『ワシの忠義もここまでじゃあ!』と叫ぶジジイは、ヴィクトロに似てて、なんだか頼もしかったな。まあ、ヴィクトロは、最後の最後で女王を殺せなかったんだけど。
そんでそのままおれたちはエグオンスのところに。
ここからはまあ色々あったんだけど、おれとミリア、そしてドモンドのジジイは傭兵団を立ち上げた。おれたちのリーダーはドモンドのジジイだ。やっぱ年長者だし、ジジイにはエグオンスとの会議とか、連絡とか、そういう〝どっしり構えていられる位置〟に立ってもらおうっていうのがおれとミリアの意見だ。
そう、おれたちの傭兵団とエグオンスは手を組んでいる。
ふたつの組織を称して〝ルーグ・カンパニー〟だ。その名のとおり、代表はエグオンスのリーダーであるルーグ。おれたちルーグ・カンパニーはおもにローリー帝国上層部からの依頼を受けている。今おれとミリアが取り掛かっている〝定期偵察〟もそのうちのひとつだ。
「ジジイにもそのうち勝つよ。その前にジジイが老いに負けるかもだけど」
「まあ、殿下を鍛えたのもドモンド様ですしね……オマエも日に日に強くなっていってるのはたしかです」
「だろ!」
「はあ。その、すぐ調子に乗るところは誰に似たんですか。殿下はもっと謙虚でしたよ」
「うるせえなあ。ジジイとミリアに似たんだろ、この七年はずっと三人一緒だったからな。それに、ヴィクトロはもう〝殿下〟じゃねーだろ」
あ。やっちまった。
おれの言葉を受けたミリアはしゅんと肩を落とした。
この七年、ヴィクトロは結晶化したままだ。




