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結晶化

「いや……氷にしては冷たくないぞ」


 気づけば私の足もとは氷のような物体に覆われている。両足の動きはとうに封じられた。アダマーサの様子を見るに、彼女が魔法を使ったせいではなさそうだ。


「まさか結晶化!?」


 アダマーサが声をあげた。


「結晶化、とは?」


 私が尋ねると、アダマーサは次のように述べた。


「同一人物が、三人以上の魔法使いから初めて愛されると……愛された人間の全身が魔石になってしまうのです。それを結晶化と呼びます」


 なるほどわかりやすい説明だった。たしかにこの氷、もとい結晶は私の体を中心として発生している。私が結晶の発生源であることは否定できぬ事実だった。


「って、三人? シュタ殿下とトパジー殿下はわかりましたが、魔法使いの残るひとりは……ああああーッ!」

「なんだよミリア、いきなり大声だすなよ!」

「オマエですよフェジュ!」

「へ?」

「オマエは殿下を〝初めて愛した〟んですっ!」


 え?


「そ、そうだったのかフェジュ……」

「ち、ちちちちち、ち、ちげーよ! おれはべつにヴィクトロのこと……ってヴィクトロ、なんで泣いてるんだよ!」

「いや、嬉しくて、つい……」


 初めて会ったときはあんなに生意気だったのに。そうか、いつしか私に心を許してくれていたのか。これほど嬉しいことはない。


「殿下は泣いてる場合でもないしフェジュは否定してる場合でもないです! 陛下、結晶化するとどうなるんですか!」

「結晶の中に生き埋めにされてしまいます。そして結晶化は……愛された人間だけを覆うとは限らない!」

「つまりあたしたちにも被害が及ぶってことですね……」

「そ、それは困る! 私はさておき、みなまで結晶化させてたまるか」

「でも殿下はもう動けないんですよね……」


 ミリアと私が結晶を見つめながら苦々しい顔をしていると、アダマーサはトーワ殿下の遺体を抱きかかえ、


「あなたの魔石は惜しいですが……それ以上にわたくしと兄様の体が惜しいですわ」


 そう言い残し、どこかへと姿を消していった。


「あンの雌豚! 自分だけ逃げやがって!」


 今のはミリアの怒声である。

 くそッ。アダマーサを追いかけたいところだが、いかんせん足が動かねばそれもままならん。ためしに結晶を破壊しようと試みてみたが、この結晶、尋常ではない頑丈さを持ち合わせているから困ったものだ。


 そうこうしているうちにも結晶化はその範囲を広めていっている。上は私の上半身、下は床一面にだ。かくなるうえは。


「ミリアッ!」


 私はミリアの名を強く読んだ。


「……ッ。殿下、でも殿下が……」

「そういう命令だったろう、忘れたか」

「いえ、忘れてなんていませんけど……」

「おまえは私の優秀なる秘書だ。だから……頼んだぞ」


 私はそれ以上ミリアやフェジュを見ることはなかった。


「なんの話してるんだよ、ふたりして……って、うわあ! 何するんだよミリア!」

「フェジュ、オマエを連れて逃げるんです……!」

「おれを連れて……って、ヴィクトロは、おい!」

「殿下はもう助からないんです! それどころか、殿下がそばにいたらあたしたちの……オマエの命が危ないんですよッ!」


 その後、しばらく周囲にフェジュの悲鳴と私を呼ぶ声が響いていたが、おそらくミリアはフェジュを無理やり連れていったのだろう、しだいにフェジュの声は聴こえなくなっていった。ミリア、あとは任せたぞ。


 そしてフェジュ。最後におまえが私を愛してくれているのだと知ることができて、私は本当に嬉しかった。本当にありがとう。


 だが、『居場所を作ってやる』といったくせに、このザマだ。不甲斐ない父親ですまないな。

 また、いつか、会いたいな。ミリアにも、フェジュにも、シュタにもトパジーにも、アダマーサにも。



 ――そして私は、結晶に生き埋めにされた。

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