想いが交錯している中で
叩かれた反動でトーワ殿下の上に倒れ込んでいるアダマーサ。その瞳は私を凝視している。
う、ううむ、強く叩きすぎただろうか。
「なぜ? いったいいつから?」
「なんの話だ、アダマーサ?」
「あなたがわたくしに逆らったことです! ましてやわたくしを殴るなど……」
するとミリアが口を挟む。
「殿下を魔法で操っているのならば、アダマーサ陛下の意にそぐわない行動、つまり殴るなんてことはしないはず……ってことですね」
「じゃあ、ヴィクトロにかけられた魔法はカンペキに解けてるってことか、ミリア?」
「あたしはそう考えたいですけど」
私は父上からいただいた紙切れを取り出した。
『――以上の〝操りの魔法〟を解除するには、魔法使い二名を用意し、その二名が魔法対象者の両手を塞ぐことで可能、か?』という内容。キャムが残した文章だ。
魔法使い二名。両手を塞ぐ、というのは、手を繋ぐということか? 手を繋ぐ。私はシュタとトパジーの顔を思い浮かべていた。
「あ」
「なんだよヴィクトロ?」
「フェジュ。もしかしたらなのだが、私にかけられた操りの魔法が解けた瞬間がいつだったのかがわかった」
「え、ホントかよ! いつなんだ?」
「おまえを助けた夜だ、フェジュ」
するとフェジュは目を丸くさせた。
あの夜、フェジュがキャムに捕らえられた日のことだ。私はアダマーサから、南の戦場に戻るよう通達を受けた。その後、私はシュタとトパジーの部屋に立ち寄り、それぞれのベッドで眠るシュタとトパジーの片手と繋いだのだ、この両手を。
きっとあのときだ。
「つまり殿下は自分にかけられた魔法を、自分でも知らず知らずのうちに自分で解きにいってたってことですね……」
「解いてくれたのは就寝中だったシュタとトパジーだがな」
「す、すげー、こんな偶然ってあるのかよ!」
「いや……すべてはおまえと出会ったからだ。こうなったのは偶然ではなく、必然だろう」
そう。あのとき南の戦場でフェジュと出会わなければ、私は今もアダマーサに操られていたままだっただろう。
「おまえには感謝しているぞ」
「べ、べつにいいよ、そんなふうに言ってくれなくても……」
「なぜそっぽを向くのだ」
「フェジュは照れてるんですよ、殿下」
なんだ、照れてるのか。シュタとはまた違う性格だし、やはり子どもは難しいな。
「その子と出会ったせいで……」
「アダマーサ?」
見れば、アダマーサは相変わらず厳しい目をこちらに向けていた。
「そんな子どものせいで、わたくしの計画はッ!」
「計画……キミはいったい何をしようとしているのだ! こんなところで、もう何年も前に他界したトーワ殿下のご遺体を保管して!」
「決まっていますわ。この地下は兄様とわたくしのための城。もう一度やり直すのです、バマリーンなどいない人生を、兄様と!」
「うわもう、ほんと意味不明! 陛下、お気は確かですか?」
「ええ確かよ。ミリア、あなただって一度は考えたことがあるでしょう? 〝わたくしがいない世界でヴィクトロと出会えていたら〟と」
は?
「おいアダマーサ、なんの話だ。ちょっとワケがわからないぞ」
「ヴィクトロ。あなたが女心にはだいぶ鈍感だということは夫婦として長年連れ添ってきたわたくしにはわかっています。このさいですから申しておきますわね。ミリアはずっとあなたのことを……」
「だあああああああっ! もうダメです陛下。それ以上言ったらショーチしませんよ!」
ええっ?
「えっ、ミリアってそうだったのかよ!?」
「フェジュ、オマエにもあとでお仕置きです」
「おれ何も言ってねーじゃん! 言ったのは女王じゃんか!」
「わたくしはミリアのためを思って……」
「陛下に同情なんてされたくもねーんですよ! ヘドが出るっつの! つーか今あたしの話はどうでもいいんです、でしょ殿下!」
「えっ? あ、ああ、そうだな。あと言葉がだんだん汚くなってることを一応言っておくぞ、ミリア。おまえが口汚くなるときは憤慨したときと動揺したときだ」
よし、ミリアのことはいったん置いておくとして、だ。
「死者をよみがえらせるなんて真似、できるわけがないだろう。たとえシュタとトパジーの愛を受けてできた魔石があろうとも!」
「あなたは魔石のちからを見くびっていますわよ。魔石による影響が強大だからこそ、バマリーンはこの地下から魔石を盗み出したのです」
「ここから? ……まさか」
私はハッとしてトーワ殿下を見る。
「まさかバマリーン様が見つけたという魔石は、アダマーサ、キミが初めて愛したトーワ殿下の体内にできた……」
「ウフフ……そう。わたくしは兄様の体を痛めつけるのが怖くて、ずっと取り出せずにいましたが……あの女狐がかわりに取り出してくれました。あの女狐も少しは役に立つのですわね。見直しましたわ。もっとも、もう死んだ女ですが」
そう言ってアダマーサは懐から魔石を取り出した。メンテリオが持っていた魔石と酷似した形、そして色をしている。
「これと……ヴィクトロ、あなたの体内にある魔石を使えば……!」
「ちょっと待てよ女王! ヴィクトロの体内にある魔石を使うって、それじゃあヴィクトロは!」
フェジュは悲痛な表情を浮かべている。そんなフェジュにアダマーサはこう答えた。
「死にますわね。それが何か?」
「なッ……」
なんということだ。
アダマーサにとって、この私は単なる駒でしかなかったらしい。
「ははは……私が哀れすぎて笑えてくるな」
「いや笑ってる場合ですか殿下! このままだと殺されちゃうってことですよ!」
「ミリアの言うとおりだよ! おれ女王が許せない……なあ! こんなヤツ、こっちから殺しちゃえよヴィクトロッ!」
「フェジュ……」
フェジュが泣いている。
殺しちゃえ、か。はは。
「すまん、フェジュ、ミリア……たとえ魔法が解けていても……私はまだアダマーサを愛しいと思ってしまう」
「な……なんでだよ! 女王はオマエにひでえことしたんだぞ!」
「私にだってわからん。だがアダマーサもシュタもトパジーも……みんな愛しい家族なのだ! その気持ちはなぜか拭えんのだ」
目の前では、アダマーサが氷の魔法で鋭い剣を生み出している。あの剣で私を殺そうとしているのだろう。
バカ殿下、とミリアの罵りが聞こえてくる。ああ私はまったくもって大馬鹿だ。そら、今も足が凍りついて動か――ん?
足が凍りついている?
「……ヴィクトロ、その体はなんです?」
アダマーサが不思議そうに眉を寄せた。
「うわあ! ヴィクトロの体が、なんか変だぞ!」
「え、この氷みたいなのって陛下の魔法じゃないんですか?」
氷?




