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アダマーサが初めて愛した人

「ヴィクトロの体内にはシュタとトパジーのぶんしかありません」


 アダマーサはキッパリとそう言い切った。


「それは……アダマーサ、キミはトーワ殿下を初めて愛したからか?」


 私は追及せずにはいられなかった。私はアダマーサの夫なのだ。知る権利はある。


「そのとおりです」


 アダマーサは静かに答えた。

 さっきから薄々勘づいてはいたが、これはけっこう、いや、かなりショックだな。


「わたくしは幼きころより、兄ひとりをただただ、ただただ愛していました……」


 アダマーサのトーワ殿下への愛は、どうやら男女のそれ、らしい。


「ですが兄は違った」

「トーワ殿下はアダマーサ陛下を愛さなかったってことですか?」

「ええ、ミリア。兄は、ずっとそばにいたわたくしではなく……突然わたくしたち兄妹の前に現れたバマリーンとかいう女を〝初めて〟愛したのです! あの憎たらしい女狐。わたくしから兄の愛を奪った……! キャムに殺させたときは清々しましたわ」

「女狐もなにも、そりゃ当然ですよ……じつの兄妹が男女の関係になれるわけないでしょ」


 まあ、ここはミリアの言うとおりだ。このリベルロ王国でも、たとえローリー帝国であったとしても、きょうだい間での婚姻は認められていない。アダマーサもそれは承知の上なはず。なのに、自分の想いを抑えられなかったのか。


「ふん。〝自分と結婚した〟などと異次元のことをぬかすあなたにはわかるはずもないでしょうね、ミリア」

「いやいやいやいや、お言葉ですけど陛下、異次元にアホな夢見てるのは陛下のほうですよ。ていうか確信しました。やっぱり、誰かとカップルになんてなるもんじゃないってことをね。で、あえて言います、陛下。あなたサイアクですよ」

「お、おいミリア、それは少々言葉が……」

「殿下、この期に及んでまだ陛下の肩を持つんです? だってつまるところこのアホ女は、自分の実兄をオトコとして見てたうえにその妻であるバマリーン様に嫉妬して殺害した……おまけに長年、殿下やシュタ殿下、トパジー殿下を操ってたってことでしょう。あ、ついでにクソみたいなキャムを男妾にしてもいましたね。あいつはマジでクソだった。んでもって、この女がサイアクじゃなかったら世も末ってモンですよ! なんて世だ!」

「う、うむ、それにはまるっきり同感ではあるのだが、私にはやはり夫としての情があってだな……」

「こんな女に情けをかけるくらいならそのへんのネズミにかけてやったほうがマシですっての!」

「そうだぜ! まさかヴィクトロ、まだ女王に操られてるんじゃないのか⁉」

「ウフフフフ」


 フェジュが私に指摘したとたん、アダマーサが不気味に笑いだした。


「ああそうそう、ミリアは何か勘違いしていますが……わたくしがキャムにバマリーンを殺させたのは、バマリーンの体内に魔石があったからですわよ」

「しかしヤーデ姫は、数ヶ月前、バマリーン様が魔石を手に入れたと言っていたが……」

「まあ! ヤーデに会ったのですか、ヴィクトロ」


 すると突然アダマーサの笑みが高笑いに変わった。


「ヤーデは十年前、わざわざわたくしがローリー帝国の兵士を操って拉致させたというのに! そのまま敵地で殺されていればよかったものを。そうでしたか、まだのうのうと生きているのですか……小憎たらしい!」

「……なに?」


 今、とてつもなく聞き捨てならん言葉が聞こえた気がするぞ。


「ヤーデ姫の拉致事件は、キミが黒幕だったのか!?」

「あら、わたくしとしたことが、口を滑らせてしまいましたわね。ええそのとおりです、ヴィクトロ。だってあの子はトーワ兄様と女狐バマリーンのあいだに生まれた子なのですよ。わたくしの国の空気を吸わせてやりたくなどありませんわ。母親に似た、あんな薄汚い顔なんて二度と見たくない。当然でしょう?」

「……あっ、殿下!」


 ミリアに制止されたときにはすでに遅かった。

 私は力いっぱい、アダマーサの頬を叩いたのである。


「このさい、キミの初恋がトーワ殿下であったことには目をつぶろう。だが……」


 いま頭に血が上っていることには私自身、自覚している。


「だがそれが原因で、当時まだ幼かったヤーデ姫を拉致させたことには大いに遺憾だ、アダマーサ! それは女であり、妻であり、やがて母になるキミがやってよい行為ではない。いや、そもそも人として許されぬ行為なのだぞ!」

「ヴィクトロ……」


 背後からフェジュの小さな声が聴こえてきた。


「幼い姫君が敵国に拉致されて、どれほどの恐怖と不安に駆られることになるのか、キミには想像できなかったのか? 敵国でひとり生きるアテもなく、どれほどの孤独を味わうことになるのか、キミには想像できなかったのか!」


 『叔母上は信用ならない』――ヤーデ姫ご自身が発したその言葉の意味がようやくわかった。


「キミがトーワ殿下に愛されなくて当然だ。むしろ愛どころか、トーワ殿下からの信用も得られていなかったことだろうな……」


 アダマーサの本性。それに私は今まで気づけなかった。そのことが、こんなにも歯がゆいとは!


「おかしい……」


 一方、アダマーサは今しがたの私の言葉などまるで聞いていないといった表情を浮かべてうなだれている。


「いま、あなたはわたくしを〝叩いた〟?」


 やがてアダマーサの表情が険しいものに変わっていった。

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