魔石の生成法
「トーワ殿下って誰だ?」
「アダマーサ陛下のお兄様です、フェジュ。あたしも小さいころにお見かけしただけで詳しくはないですけど……でもおかしい! なんで!? ヴィクトロ殿下、その人は死んでるんですよね?」
「あ、ああ。そのようだ。お体は冷たいし、脈もない」
しかし、ゾッとするほど綺麗なままのお体だ。いや、ずっと昔の死人がこうして目の前にいることじたい、末恐ろしいのだが。
「――兄にさわらないで!」
「アダマーサ……」
部屋の陰からアダマーサが姿をあらわした。珍しく大声をあげながら。
「アダマーサ陛下。これはどういうことです?」
ミリアが尋ねたが、アダマーサは無視し、私たちをトーワ殿下から遠ざけるように払いのけた。
「アダマーサ。姿を見せたからには答えてもらうぞ。バマリーン様を殺したこと、魔石のこと、キミが考えていること、この地下空間のこと、私を操っていたこと」
「そうたくさん言われても困りますわ」
「そのくらいたくさんの疑惑を生み出してるんです、陛下は!」
ミリアが苛立つのも無理はない。そう、アダマーサはたくさんの疑念を私たちに抱かせているのだ。ここですべてをハッキリさせる!
「そうですね……」
アダマーサは愛しいものに触れるようにトーワ殿下の頬を撫でている。
「ヴィクトロ、あなたはまがりなりにもわたくしの夫なのですから、教えないわけにもまいりませんね」
「『まがりなりにも』って、ずいぶんな言い草ですね。殿下、ここは言い返してやりましょう」
「う、うむ……」
しかし、こんなに優しい目をしているアダマーサに、返せる言葉は見つからん。
ああ、嫉妬か。私は今、死んでいるはずのトーワ殿下に嫉妬しているのだ。
「アダマーサ。『この世で最も信頼しているのはあなただけ』……キミはかつて私にそう言ってくれたな。あれはウソだったのか?」
するとアダマーサの瞳がこちらを向いた。
「ウソではありませんよ」
しかし、その顔は笑っていない。
「わたくしが〝この世で最も信頼し、愛している〟のはヴィクトロ……あなただけです」
「やっぱりわかんねー! 愛してるとかシンライとかって、魔法で操る相手に言うことなのか? それに、なら、なんでヴィクトロを殺そうとしてたんだよ!」
フェジュは困惑している。
「わたくしは、この世で、と言いましたよ」
「アダマーサ、それはつまり……」
もしかして、アダマーサは。
「それから、わたくしがヴィクトロを殺すようドモンド・オーリブやキャムに命じたのは……」
アダマーサがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「シュタとトパジーが〝初めて愛した〟のがヴィクトロだから、です」
「は? どういうことです?」
ミリアは相変わらず苛立った様子だ。アダマーサは答える。
「つまりヴィクトロの体内に魔石があるから、ということ。だからわたくしはヴィクトロの殺害を命じたのです」
「ヴィクトロの……体内に魔石? なんで? どういうことだよ……おいヴィクトロ!」
「私に言われてもサッパリわからんぞ、フェジュ。どういうことだ?」
「ちょっと、ふたりして首かしげないでください。でもあたしもチンプンカンプンです。どういうことです?」
フェジュも私も、それからミリアも揃って首をかしげている。
「陛下。その〝シュタ殿下とトパジー殿下が初めて愛した〟っていうのと〝ヴィクトロ殿下の体内に魔石がある〟っていうのは、どういう関係が?」
「そう、そこだ、ミリア。私もそこが大いに気になる」
「今は陛下から答えを聞きましょう」
うむ。
私たちはアダマーサの答えを待った。
「魔石は……」
アダマーサがか細い声で言う。
「魔石は、魔法使いが初めて愛した人間の体内に生じる特殊な結晶なのです」
「魔法使いが……初めて愛した人間?」
な、なんだ? 聞いてもよくわからないぞ。いや、言葉の意味ひとつひとつは理解できるのだが、それらが成す事柄の理屈が理解できん。
私は基本的なことをアダマーサに尋ねることにした。
「魔法使いというのは、リベルロ王家の血を引く人間、という意味だな?」
「ええ。リベルロ王家の血統がなければ魔法は使えませんから」
「で……その魔法使い一人ひとりが、それぞれ初めて愛した人間、ということか?」
「そうです。魔法使いが初めて愛した人間の体内に魔石は生成されるのです」
おお、なるほど。何回か聞いているうちにだんだん理解できてきたぞ。
「なあ、なんで〝初めて〟なんだ? それって初めて限定なのか?」
なるほどそれはよい質問だ、フェジュ。
「わたくしも長年研究していましたが、どうやら〝初めて限定〟のようです」
アダマーサは答えた。
「ちょっと待ってください、アダマーサ陛下」
ミリアが口を挟む。
「陛下はどうしてシュタ殿下とトパジー殿下が初めて愛した人間はヴィクトロ殿下であるとわかったんです?」
それもよい質問だ! 私は頷かずにはいられなかった。するとアダマーサは薄ら笑いを浮かべた。
「わかるでしょう?」
「まさか……魔法……」
ミリアが息を飲む音が聴こえた。
「……そう〝操っていた〟のか、私と子どもたちを?」
アダマーサがなぜ私の体内に魔石があるとの確証を得ているのか。その疑問の答えを考えられるとしたら『シュタとトパジーが〝私を初めて愛すよう〟アダマーサが仕向けていたから』ではないだろうか。
「え? 女王は、操りの魔法でみんなを操ってたってことか?」
「それしか考えられんよ、フェジュ」
私はアダマーサをじっと見つめる。アダマーサは首を縦に振った。
「シュタとトパジーがヴィクトロ、あなたを愛するためにはまずあなたがふたりを愛さねばなりません。だからわたくしは〝まずあなたにわたくしを愛させるため〟に、あなたがわたくしの言葉を代弁することでわたくしに同情、依存させ、そしてシュタとトパジーを心の底から愛し、リベルロ王家に忠誠を尽くさせるために名を誇らせ……そのうえで、万一、忠義を忘れてしまったならば死すように仕向けました」
「え、い、今のって、それ……」
ミリアが引いている。
「それって殿下の〝王配としてのつとめ〟じゃないですか! なんで全部、陛下の思惑どおりみたいになってるんですか!」
「ミリアの言うとおりだ! 私に王配としてのつとめを教えたのは私の父だぞ、アダマーサ」
「ええ。ドモンド・オーリブはわざわざわたくしが操らずとも、わたくしの思いどおりに動いてくれるしもべですからね。わたくしが伝えたとおりにあなたに教えてくれました。ウフフフフフッ」
「そんな……」
ダメだ、愕然どころではない。もういっそ膝から崩れ落ちたいくらいに私はいま絶望している。
「そんな……なんだよそれ! 家族だろ! 家族が家族を、なんで操るんだよ! なんで操れるんだよ! やっぱ女王、オマエあたまおかしいよ!」
フェジュは両腕をぶんぶんと振りながら叫んだ。
フェジュもメンテリオとヤーデ姫に操られながらエグオンスに売られた経緯がある。そう、じつの両親に操られたのだ。だからこそアダマーサへの不快感、嫌悪感も人一倍あらわにしているのだろう。
もっとも、私も不快ではないと言えば大ウソになる。
私やシュタ、トパジーがずっと操られていたのなら――今まで〝親子〟として過ごしてきた時間はどうなる? アダマーサが作り上げた幻想だとでも言うのか? アダマーサへだけでなく、私が子どもたちに向けてきた愛情も、すべて幻想なのか?
それだけではない。 シュタとトパジーが私に向けてくれていた表情や言葉でさえも。くそっ。
「本来ならばひとりぶんの愛情だけで生成された魔石でもじゅうぶん魔法の効果を高めてくれるのですが……」
アダマーサがふたたび口を開いた。
「〝ふたりぶんの愛情〟なら……死者を蘇らせる魔法だって使うことが可能になります」
「し、死者って……トーワ殿下のことか?」
私の頬は引きつるばかりだ。やはりアダマーサは。
「もっかい待ってください、陛下。それじゃあ、殿下の体内には陛下のぶんの魔石もあるんじゃないですか? そしたら三人ぶんの魔石ってことですよね?」
「今それを訊くか、ミリア……それは私に酷な質問だぞ」
「今さら酷もへったくれもないですよ。で、どうなんですか、陛下?」




