アダマーサを追って
キャムの私室は私やアダマーサ、そしてシュタとトパジーの部屋からは離れたところにある。
「おいヴィクトロ、なに立ち止まってるんだよ!」
「……フェジュ。少しだけ待ちましょう」
すまん、ミリア、フェジュ。
私はシュタとトパジーの部屋に立ち寄り、ふたりの寝顔を見た。相変わらず無垢な寝顔だ。血が繋がってなくとも、この六年間、ふたりを愛おしいと思わなかった日はない。
いつか。いつかこの子たちは、私のことを父親と呼ばない日が来るのだろう。だが、それでも私は、この子たちの父親でいたい。そう願うのは、駄目なのだろうか。
いや。もう行こう。私はふたりの頭を静かに撫で、そっと部屋を出た。
「すまん、待たせた」
廊下ではミリアとフェジュがおとなしく待ってくれていた。
「じゃ、行きましょう。……フェジュ?」
ミリアがフェジュに声をかけた。フェジュはなんだかつれない顔をしている。
「フェジュ。おまえのことは私が何があっても守るから安心しろ」
「えっ? あ、ああ、うん……」
ん? フェジュは不安がっているのではなかったのたろうか。
ともかく私たちはキャムの部屋を目指した。
◇
キャムの部屋はもぬけの殻だった。しかし明らかに不自然だった。ベッドのシーツは生あたたかく、シワが寄っていたし、少し前までそこに人がいた気配が残っていたのだ。
「キャムは十中八九アダマーサと一緒にいると考えてよさそうだな」
「そうですね。……キャム様かぁ。あたし、アイツのこと嫌いなんですよね」
「悪口などよせミリア。安心しろ、私もアイツは嫌いだ」
「フォローになってねーよヴィクトロ。おれもアイツ、嫌いだけど」
キャムは嫌い、と満場一致したところで、あらためてアダマーサを追うことを考える。
「地下を探るぞ」
私は父上からもらった紙切れを握りしめ、王城地下へ移動することを決めた。
◇
地下への入り口はひとつしかない。
私は長年使用していないが、地下へは隠し通路を通っていくしか道はない。王族専用の図書室、最奥の本棚を動かし、私たちは地下への階段を駆け下りた。
「キャム!」
いた!
地下へ到着してすぐの部屋――キャムの研究室に、私室にはいなかったキャムが立っていた。キャムの背後にはひとつの扉がある。
「これはこれはヴィクトロ殿下。薄汚い秘書とフェジュを連れてわざわざ出頭しにきたのですか?」
キャムは相変わらずいけ好かない顔を私たちに見せている。
「オイ、あたしが薄汚いってどういうことですか、クソキャム様」
「そういう言葉づかいが薄汚いと言ってるんですよ、名前はええと、ミリ……ナントカさん。それとも汚物? しばらく見ないうちにまた汚れましたか?」
「だあああっ! だからこいつムカつくんです!」
やはりキャムとミリアも水と油だな。
「オラ、さっさとアダマーサ陛下の居場所を吐きやがれ、どーせグルなんだろが!」
「ミリア、落ち着け」
ミリアをなだめながら、私は研究室内部を見渡した。父上が言っていたことが本当なら、ここにあれがあるはずだ。
「ヴィクトロ、あれ!」
いかん。私よりも先にフェジュが見つけてしまった。
――バマリーン様のご遺体を。
「フェジュ、あまり見るなよ」
これはフェジュに見せていいものではない。
保存液か何かだろう、薬品の匂いがほのかに香る遺体は、顔だけは綺麗な保存状態だが、体は、とくに内臓部分は私でも目をつぶりたいくらい悲惨な状態にある。
内臓を抉られたあとなのか? 薬品の匂いに混じって死体特有の異臭がする中、血の塊がそこらじゅうに散乱している。バマリーン様は『ここで』殺害されたようだ。
バマリーン様が、なぜこんな殺されかたをされなければならんのだ。
「バマリーン様を殺したのはおまえか、キャム?」
「ええ。軍の手下に拉致させてね」
「なるほど。その理由はバマリーン様が魔石を持っていたからか?」
「おお、先ほど陛下から聞きましたが、まさか本当にそこまで知っているとはね……」
「なぜそこまでして魔石を狙う?」
「フフフフフ」
キャムは意味深に笑いだした。「気持ち悪い」と私のうしろでミリアが呟いたのが聴こえた。同感だ。
「……キャム、私は今なら冷静におまえと話し合えるが、どうする?」
「ハッハッハッハ、話し合う?」
キャムの手には剣がある。
「貴殿と話し合うことなんてチリひとつほどもありませんよ」
私の手にも剣がある。父上を打ちのめした剣だ。それが意味することはひとつ。
「貴殿らは今ここで、わたしの手によって殺されるのですからね!」
「そうか。残念だ」
私は剣を構え、自ら冷静さを捨てた。




