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アダマーサを追って

 キャムの私室は私やアダマーサ、そしてシュタとトパジーの部屋からは離れたところにある。


「おいヴィクトロ、なに立ち止まってるんだよ!」

「……フェジュ。少しだけ待ちましょう」


 すまん、ミリア、フェジュ。

 私はシュタとトパジーの部屋に立ち寄り、ふたりの寝顔を見た。相変わらず無垢な寝顔だ。血が繋がってなくとも、この六年間、ふたりを愛おしいと思わなかった日はない。


 いつか。いつかこの子たちは、私のことを父親と呼ばない日が来るのだろう。だが、それでも私は、この子たちの父親でいたい。そう願うのは、駄目なのだろうか。

 いや。もう行こう。私はふたりの頭を静かに撫で、そっと部屋を出た。


「すまん、待たせた」


 廊下ではミリアとフェジュがおとなしく待ってくれていた。


「じゃ、行きましょう。……フェジュ?」


 ミリアがフェジュに声をかけた。フェジュはなんだかつれない顔をしている。


「フェジュ。おまえのことは私が何があっても守るから安心しろ」

「えっ? あ、ああ、うん……」


 ん? フェジュは不安がっているのではなかったのたろうか。

 ともかく私たちはキャムの部屋を目指した。





 キャムの部屋はもぬけの殻だった。しかし明らかに不自然だった。ベッドのシーツは生あたたかく、シワが寄っていたし、少し前までそこに人がいた気配が残っていたのだ。


「キャムは十中八九アダマーサと一緒にいると考えてよさそうだな」

「そうですね。……キャム様かぁ。あたし、アイツのこと嫌いなんですよね」

「悪口などよせミリア。安心しろ、私もアイツは嫌いだ」

「フォローになってねーよヴィクトロ。おれもアイツ、嫌いだけど」


 キャムは嫌い、と満場一致したところで、あらためてアダマーサを追うことを考える。


「地下を探るぞ」


 私は父上からもらった紙切れを握りしめ、王城地下へ移動することを決めた。





 地下への入り口はひとつしかない。

 私は長年使用していないが、地下へは隠し通路を通っていくしか道はない。王族専用の図書室、最奥の本棚を動かし、私たちは地下への階段を駆け下りた。


「キャム!」


 いた!

 地下へ到着してすぐの部屋――キャムの研究室に、私室にはいなかったキャムが立っていた。キャムの背後にはひとつの扉がある。


「これはこれはヴィクトロ殿下。薄汚い秘書とフェジュを連れてわざわざ出頭しにきたのですか?」


 キャムは相変わらずいけ好かない顔を私たちに見せている。


「オイ、あたしが薄汚いってどういうことですか、クソキャム様」

「そういう言葉づかいが薄汚いと言ってるんですよ、名前はええと、ミリ……ナントカさん。それとも汚物? しばらく見ないうちにまた汚れましたか?」

「だあああっ! だからこいつムカつくんです!」


 やはりキャムとミリアも水と油だな。


「オラ、さっさとアダマーサ陛下の居場所を吐きやがれ、どーせグルなんだろが!」

「ミリア、落ち着け」


 ミリアをなだめながら、私は研究室内部を見渡した。父上が言っていたことが本当なら、ここにあれがあるはずだ。


「ヴィクトロ、あれ!」


 いかん。私よりも先にフェジュが見つけてしまった。

 ――バマリーン様のご遺体を。


「フェジュ、あまり見るなよ」


 これはフェジュに見せていいものではない。

 保存液か何かだろう、薬品の匂いがほのかに香る遺体は、顔だけは綺麗な保存状態だが、体は、とくに内臓部分は私でも目をつぶりたいくらい悲惨な状態にある。

 内臓を抉られたあとなのか? 薬品の匂いに混じって死体特有の異臭がする中、血の塊がそこらじゅうに散乱している。バマリーン様は『ここで』殺害されたようだ。

 バマリーン様が、なぜこんな殺されかたをされなければならんのだ。


「バマリーン様を殺したのはおまえか、キャム?」

「ええ。軍の手下に拉致させてね」

「なるほど。その理由はバマリーン様が魔石を持っていたからか?」

「おお、先ほど陛下から聞きましたが、まさか本当にそこまで知っているとはね……」

「なぜそこまでして魔石を狙う?」

「フフフフフ」


 キャムは意味深に笑いだした。「気持ち悪い」と私のうしろでミリアが呟いたのが聴こえた。同感だ。


「……キャム、私は今なら冷静におまえと話し合えるが、どうする?」

「ハッハッハッハ、話し合う?」


 キャムの手には剣がある。


「貴殿と話し合うことなんてチリひとつほどもありませんよ」


 私の手にも剣がある。父上を打ちのめした剣だ。それが意味することはひとつ。


「貴殿らは今ここで、わたしの手によって殺されるのですからね!」

「そうか。残念だ」


 私は剣を構え、自ら冷静さを捨てた。

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