父と息子
私を『殺し』にとは?
「殿下は〝大問題〟を起こしたとは思ってましたが……」
ミリアが戸惑ったように言う。
「殿下がアダマーサ陛下に逆らったから、ですかね?」
「そうだ女郎、そのとおりだ」
父上は大きく頷いた。
「ローリー帝国に行っていたおまえたちは知らんのだろう。ヴィクトロ、おまえが小童を連れて逃げ出してワシを倒していったあと、尊きアダマーサ陛下はおまえを死刑に処する判断を下されたのだッ!」
「えええっ!」
私はおろか、ミリアやフェジュも絶叫した。
「しっ、しししししし死刑、シケー!?」
とくにミリアはとびきり動揺している。ミリアのその様子を見ると、不思議と私は頭が冴えた。
「アダマーサがそんな命令を下すわけがありません、父上」
「ふん、それは『私の心はアダマーサのもとにある』から、か? ワシは言ったぞ、『おまえはそうだろうな』と!」
「なッ……それでも、アダマーサの心も私にッ……は! いや、まさか……」
私は顎に手をあてる。
「アダマーサは最初から……私の何もかもを操って?」
顔が冷たくなるのを、私は私自身、気づいた。
父上はそっと頷く。
「……誰から聞いたかはわからんが、知ったようだな」
「父上は知っておられたのですか!?」
「そーだそーだ! 自分の息子が操られてたってこと、オマエは知ってたってのかよ、ジジイ!」
フェジュが吠えた。
「貴様にジジイ呼ばわりされる筋合いはない、小童ァ! ワシはハナから知っておったッ!」
「……殿下、しっかりしてください、足が震えてます」
ミリアの声が聴こえるが、それどころではない。
「ヴィクトロ! そんなんじゃジジイに殺されるぞ、そんなのおれはイヤだ!」
「ふん、女郎と小童がキャンキャン鳴いたところで結果は変わらぬわ。ヴィクトロがワシに殺されるという結果はな!」
父上は、どうやら本気だ。
「ヴィクトロ。ワシはリベルロ王家への忠義を果たすため、おまえを殺す。おまえならわかってくれるだろう。せいぜい天国でワシを恨んでくれぃ」
父上は剣を構えた。
「……いいえ」
「んん? なんか言いおったか?」
「いいえ、父上……」
私もまた、静かに剣を構える。そばでミリアとフェジュが安堵する顔が見えた。
そうだ、私は――
「子どもたちのため、死ぬわけにはいかないのです!」
ここで私が死ねば、ミリアもフェジュも路頭に迷う。おまけにエグオンスも狙われるだろう、そうなっては彼らも、メンテリオとヤーデ姫、そしてフェジュの弟すらもその命が危ぶまれる。
妻に操られようが、父に殺されかけようが、私がそうはさせない!
「ふっ、ふふふふふ。わっはっはっは! あっぱれ、さすがは我が息子! だが残念だったな、私もあれから強くなったのだ!」
「なんですと? しまった、父上が実は頑張り屋なのを忘れていた」
「ふははははははワシが今日からふたたび最強だッ」
ええい、いくら父上がさらにお強くなっていようとも、後に引くつもりはない。
「いざ、尋常に勝負ッ!」
こうして戦いの火蓋は切られた。
――切られたのだが……
「う、うーん……」
それから数分後。しばし前はあれほど動揺していたはずのミリアとフェジュは、今はなんとも言えない、じつに気まずそうな表情を浮かべている。私も浮かべている。
「父上、あの……すごく言いづらいことなのですが……」
私は地に伏す父上に声をかけた。
勝負は、まあ、見てのとおり、私の圧勝だった。
「もう戦いからは身をお引きになられたらいかがです?」
「……やかましいッ!」
思えば私が父上と最後に剣を交えたのは、数えてもせいぜいひと月前くらいだ。たったひと月で、しかも老体で以前と見違えるほど強くなる――というわけにもいかなかったようだ。
なんというか、現実はせちがらいな。それは私も身をもって知っているので、これ以上父上を責める気は起きん。
父上の圧倒的敗北に拍子抜けした私はすっかり足の震えも止まり、ふたたび冷静さを取り戻した。
「それで父上、アダマーサは本当に私を操り、そして死刑にすると言ったのですか?」
「何度も言わすな……そのとおりだ」
父上は地面にあぐらをかいた。戦意は喪失なさったようだ。
「そして陛下は……ワシがヴィクトロを殺したらトパジー殿下にオーリブ家を継がせる、とおっしゃられた」
「……え? トパジーを?」
私は尋ねたが、父上は私と目を合わそうとしない。二度も息子に負けた手前、気まずいのだろう。
「ヴィクトロに兄弟はおらぬし、ワシも一人息子だからな。トパジー殿下と、将来婿になる男にオーリブの名を継がせる、と、そうお決めになられたのだ。ワシがヴィクトロを殺すことと引き換えに!」
「なあ」
そこへフェジュが口を挟む。
「女王はなんでヴィクトロを殺せるんだ? 女王は、ヴィクトロのこと好きなんじゃねーのかよ?」
しばしの沈黙が流れる。
「オマエもなかなか酷ですね、フェジュ……」
「え? なんでだよ、どういうことだよミリア! ちゃんと説明しろよ!」
「〝操ってた〟時点で、好きなワケがねーです。フェジュ、オマエは自分の好きな人を魔法で操りたいと思いますか?」
ミリアがそう言うと、フェジュはうんと眉根を寄せて首をかしげた。ミリアが言った感情は、まだフェジュにはわからないのかもしれん。
「……まあ、たとえアダマーサが私のことを愛していたとしても、アダマーサは私の人格を尊重してくれてはおらんな」
「殿下……ごめんなさい」
「おまえが謝ることはない、ミリア。むしろハッキリと言葉にしてくれて助かった、おかげで事実を直視することができた」
「じ、事実って……」
フェジュが声を荒らげる。
「まだわかんねーだろ! 女王はあの黒髪のヤツの言いなりになってるのかもしれない! だってあの黒髪はアイツ……メンテリオみたいに魔石を研究してるんだろ!」
「フェジュ……」
「……悪かったよ!」
「え?」
フェジュが頭を下げたので、私やミリアは目を丸めた。
「おれを助けたからだろ! ヴィクトロがおれを助けたから……だからオマエ、こんなことになってるんだろ!」
「フェジュ、誰もそんなことは言っていないだろう」
「でも、そうだろ! そうだ、おれが女王のとこに行けば、ヴィクトロは助かるかもしれない。そうだ……そうする。おれ、オマエのかわりに死ぬ!」
「バカを言えッ!!!!」
私はフェジュの両肩を掴んだ。
「死なせるものか。おまえを死なせるものかッ!」
「ヴィクトロ……」
「絶対に死なせんッ! いいか、二度と『死ぬ』なんてことを言うんじゃない、私が許さん! なぜみすみす子どもを死なせにゃならんのだ」
「けど!」
「私はおまえを助けてよかった。田舎村を出るとき、おまえは私に『ありがとう』と言ってくれたよな、私はあのとき、心底嬉しかったんだぞ。絶対に……絶対に死なせてやるものか」
私はフェジュの目もとを拭ってやった。
悲しい気持ちにさせないと言ったそばから泣かせてしまった。絶対に死なすものか。絶対に、殺されてやるものか!
「……ヴィクトロ。おまえにこれを渡す」
「父上、その紙は?」
「これは……いや、その前に涙と鼻水をどうかせんか、いい歳したおとなが」
私を見かねたらしい父上は、私にハンカチを差し出した。
ああ、いかん、私も泣いていたか。




