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魔法使いの少年

「――少々あっけない裏切りだとは思ったが」


 今、私の腕の中には気絶したリベルロ王国軍兵士がいる。彼が行方不明の兵士だろう。先ほど林の中で発見し、しばし揉みあったのち、短剣の柄尻を使って意識を奪ったところだ。

 私たちの周囲には、キャムが用意していた書類が散らばっている。この気絶している兵士が発火騒動にまぎれて書類を盗み出していたようだ。

 そして、


「貴様が首謀者……魔法の術者だな。その背の低い風貌。貴様は小人族の者か?」


 木々のあいだに、フードを深くかぶった第三者がいる。


「なんとか答えろ」


 魔法は秘術。残念だがそこいらの兵士には扱えないシロモノだ。なのでフードの人物があきらかに怪しい。

 このフード、私が兵士を気絶させている一瞬のうちに突如現れたのだ。しかし困ったことに、先ほどからずっと、ひとこともしゃべらない。


「帝国兵なのだとしたら容赦はしないぞ。何より貴様、この兵士を〝操っていた〟だろう。私は軍人じゃあないが女王の夫だ。王国の兵士に手を出す者にはもう一度言う、容赦はしないぞ」


 あ、逃げた。ふん、みすみす逃してやるものか。


「ふはは、相手が悪かったな。私のシュバルも速いが私の足も速いのだ!」


 兵士をそっと木陰にあずけ駆け出すと、フードはすぐに捕まえることができた。


「さあ、おとなしく降参し……」


 フードを地面に押し倒し、胸ぐらを掴んで短剣を突きつける。と、


「貴様……」


 なんたることだ。このフード、世界でも希少な小人の民族かとばかり思っていたが……ただの少年ではないか。それもシュタやトパジーとそう変わらない年齢の。

 いや、それどころではない。小さな音をたてて落ちたフード、その中から現れたのは緑の髪だ。


「おまえ、何者だ?」


 私が戦意をなくし、呆然としていると、


「うおッ」


 少年は両手を組み合わせ、そののち口から火球を吐き出した。ふう、あぶない。前髪をかすった。


「そうだった。聞いたことがあるぞ。〝魔法〟は、術者の両手を組むことによって発動するのだったな」

「あっ、離せよコラ!」

「なんだ、しゃべれるじゃないか。ちょっと私に話を聞かせろ」


 私は短剣を放り捨て、少年と両手をそれぞれ繋いだ。魔法の発動を防ぐためだ。


「無理に暴れるな、腕を痛めるぞ。まずは落ち着こう」


 私と少年は両手を繋いだまま向き合って座った。少年はもちろん抵抗しているが力の差は歴然だ。


「キミの両親はどこの誰だい? キミはどこから来たんだい?」


 少年は何も答えない。疲れたのかジッとし始めた。


「あのね、いいかい。キミのその緑の髪は……リベルロ王家の血筋の証なのだよ」


 うーむ、本当に困った。相手がオトナなら、私も力ずくで事の経緯と動機を白状させるものだが、子どもとなると難しい。


「キミは誰かに言われてここへ来たんだね? 大丈夫だ。キミに痛いことはしない。ただ教えてくれるだけでいいんだ」


 子どもは好きだ。だが、こちらに害をなす子どもをどう対処してよいのか私は知らない。困ったな。


「あの紙を持ってこいと言われたのかな?」


 うう、さっきから私ばっかりしゃべっている。だが、この子が火を吐くことができ、そのほかにも他人を操ることができ、その操った他人を使って重要な書類を盗み出そうとしたことは明白だ。

 とはいえ、こんな子どもが、そんなマネをするだろうか? 私には、そこに誰かの思惑があったとしか考えられない。


「よし」


 ここにいてはラチがあかないので、私は少年の手を引いて立ち上がった。


「行こう!」


 私は片手を離し、空いた手で書類を拾う。木陰で寝ている兵士はあとで誰かに拾ってもらおう。


「ヤダ! ヤダっ!」


 これも当然のことながら少年は抵抗する。


「ケガはさせないから大丈夫だ」

「おれが来たのはこっちじゃない!」

「となると、やはりキミは帝国の子か……」


 緑の髪が気になるが、少年はリベルロ王国軍のキャンプ地へ行くことを拒んでいるので、見立てどおり、帝国の差し金であることは間違いなさそうだ。


「キミ、名前は?」


 少年はうつむいた。


「む、そうか。私から名乗らねばな。私はヴィクトロ・アール・リベルロ。ヴィクトロでいい。さあ、キミの名前も教えてくれないか」

「……フェジュ」


 おいおい、子どもっていうのは不機嫌な声も可愛いな、まったく。あっ、しまった、私としたことがつい王都にいるシュタとトパジーのことを思い出してしまった。


「フェジュか。よろしく」


 もう手は繋いでいるが、私は握手をするように、フェジュと繋いだ手をぶんぶんと振った。


「いてえ! 肩がいてえ! 痛いことしないって言ったじゃねーか!」


 すぐにフェジュは暴れた。


「むッ、お、おう、すまない。力加減が、つい」

「帰る!」

「それはダメだ」

「離せよ!」

「それもダメだ、キミは魔法の使い手だからな。だがフェジュ、おとなしく来てくれたらおいしいごはんを食べさせてあげるぞ」

「……ごはん?」


 おっ、食いついた。気まずそうに眉根を寄せている。ふふ、やはりな。このフェジュ、やけに細いと先ほどから思っていたのだ。悲しいが、飢えている証拠だ。


「何がいい? 食べたいものを考えておけ。さあ行こう!」


 私たちはキャンプ地へと向かった。

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