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戦う気持ち、守る気持ち

「――まさかエグオンスを『買う』とは。考えましたね、殿下」


 昼間のうちにエグオンスのアジトを出て今は夕刻。

 現在、私とミリア、フェジュはリベルロ王国とローリー帝国の国境上にある集落……私たちがローリー帝国へ来るときに通った、デュク族の集落を訪れていた。


「エグオンスが私の下につけば、彼らは帝国と戦う理由ができる。戦う理由があれば、帝国兵に攻められてもエグオンスは反撃できるからな」


 そう。

 昼間、エグオンスのアジトにて私がエグオンスリーダー・ルーグに提案したこととは、『私に雇われる』という話だった。帝国にニセの情報を流したとあれば、エグオンスは帝国に目をつけられる。しかしエグオンスの雇い主は帝国だったのだから、エグオンスは帝国に手も足も出せず、一方的にいたぶられるだけだ。

 ならいっそ、私がエグオンスを雇えば、彼らは帝国と戦える理由ができる。エグオンスが戦う、すなわち自衛できる、ということだ。


「しかしエグオンスは高くついたな。宝石の一個や二個ではとても足りんぞ」


 ツケ払いは受け付けていないと言っていたルーグだったが、状況が状況なためか、特別に『私が王宮から宝石を持ってくる』という条件でおとなしく買われてくれた。私がやっていることは悪事だろうが、『なんだってする』、その決意を撤回するつもりはない。


「それはついでにメンテリオとヤーデ姫のための守備も任せてしまったからです、殿下」


 そうなのだ。エグオンスを買うための費用がうんと高額になってしまったのは、エグオンスに提案したのは私に雇われることだけでなく、エグオンスとメンテリオ、ヤーデ姫、そしてフェジュの弟を合流させることも依頼したからであった。

 メンテリオやヤーデ姫はきっと帝国兵と戦えない。おまけに赤ん坊を抱えているならなおさらだ。そのため、私はエグオンスに彼ら家族の護衛も任せることにしたのだった。


「赤ん坊を死なせるわけにはいかんだろう、ミリア。なあ、フェジュ」


 私はうしろをついて歩くフェジュに振り返った。


「……うん」


 言葉では頷いているが、表情では複雑そうな気持ちを隠さないフェジュ。彼が弟までをも嫌いたいのかは、私にはわからない。


「フェジュ。私は、キミには『戦えない者を守ること』を教えたい」

「は? なんだよ、いきなり」

「いきなりではない。人間はいつだって、あっという間に年齢を重ねていく。キミかおとなになる前に、きちんと教えておきたいのだ」

「戦えない者を守ること、を?」

「ああ。私はむかし、このミリアにも同じことを教え、そうして育ててきた。結果、ミリアは私に次ぐ武人となった。戦えない者を守れる武人にな」

「戦えってことか、おれに?」


 フェジュは眉間にシワを作った。


「そうではないです」


 私のかわりにミリアが答える。


「つまり、殿下はオマエに〝戦えない者を守ろうとする気持ち〟を教えたいということです、フェジュ」

「守ろうとする気持ち……」


 フェジュは己の両手をじっと見つめた。

 私はさらに言葉を続ける。


「あいにく世間は平和ではない。フェジュ、キミを狙う連中もいる。だから、そんな世の中で生きていくためにも、戦うことは必要だ。だから私は戦う」

「でも、戦うって、暴力だよな? 暴力は悪いことなんじゃなかったのか?」

「そうだ。ただ一方的に痛めつけるだけの暴力は悪いことだ」


 私はフェジュに答える。


「だが、戦わねば、自分の命や大切な人を守れないというのなら……そのとき自分は奮い立って戦うべきだ。しかしフェジュ」


 フェジュの小さな背格好に合わせるよう、私はしゃがみこむ。


「戦うことは、ときに人の命を奪う。そしてフェジュ、キミに〝人殺し〟はできないだろう。だからせめて、〝戦えない者を守ろうとする気持ち〟、それだけを知ってくれればいい、ちょっとずつでもな」


 わかってくれるか、と私が尋ねたところ、フェジュはしばし間を置いたあと「うん」と頷いてくれた。


「ありがとう」


 フェジュの素直な気持ちが嬉しく、私はフェジュの頭を撫でた。


「さあ、国境を越えるぞ。ミリア、あの件、くれぐれも頼んだぞ」


「……ハイ」


 いざ、王都へ。

 私たちは国境を越え、ふたたび母国へ戻った。





 場所は南の戦場――の、はずれ。私たちは身を潜めながらリベルロ王国の地を踏み進めていく。雑木林の中からは、南の戦場の様子は見えない。


「戦線はどうなってるんでしょう」


 ミリアが呟いた。

 わからん、と私が答えようとした矢先、


「――気になるなら見てくればよいではないか女郎ッ!」


 という声が、どこからか聴こえてきた。


「うわ……」


 その声を聴いただけでミリアとフェジュは頭を抱え始めた。

 ミリアはともかく、フェジュは一度会っただけで、その人への苦手意識がすっかり体に染みついたようだ。それほど強烈だったのだろう。


「父上……隠れてないで、出てきたらどうですか」


 そう、強烈だった、ドモンド・オーリブへの苦手意識が。


「隠れてなどおらぬわ!」


 その言葉とともに、とある場所の木々が一瞬にして粉砕された。言うまでもなく私の実の父、ドモンド・オーリブが粉砕したのである。父上は片手に剣、片手にパンという荷物を抱えている。


「そのご様子だと、もしや私たちがここに来るまでずっと待ち構えておられたのですか、父上?」

「ああそうだ。おまえたちが国境を越えた痕跡を探すのも一苦労だったぞッ」

「……相変わらず声デケー……」

「なぁぬゥんだとォォ、小童ぁッ! まァだ生きておったかヌケヌケとッ!」


 父上は腹いせにと言わんばかりにパンを一口で完食した。


「ミリア、今こそ〝守る〟ときだ」

「わかってます、フェジュのことですね」


 ミリアはフェジュと手を繋いだ。


「さて、父上、また私を連れ戻しに現れたのですか? あいにく私たちはこれから王都に……」

「今日は、というか今回はおまえを殺しにきたのだ、ヴィクトロォッ!」


 殺しに?

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