魔石
すごく嫌な予感がするのだが、ここはメンテリオから話を聞き出さねばなんの解決の糸口も見つからない。ひどく動揺したい気持ちをぐっとおさえ、私はメンテリオが答えるのを待った。
「ウィストラー家は、ローリー帝国ではちょっと名の知れた学者一族だった」
メンテリオは顔をしかめながら語り始めた。
「といっても、リベルロ家が起こした独立戦争と同時に王国側についたがね。……チッ、ボクらの家をコキ使うだけコキ使って、肝心の研究資料だけはゴッソリ王国に持っていきおって、ウィストラーめ。あれさえあれば我が一族の地位も向上していたものを!」
「恨み節はあとでひとりでほざいてくれ。その研究資料というのが魔石、ということか?」
「ああそうさ!」
メンテリオはそう言うと、己の膝を己の拳で強く殴った。そして己で痛がっていた。こいつはマヌケなのだろうか。
「いいかっ、魔石というのはこの世に一個、二個、ええと三個、……とにかく少数しか存在していない希少な石んだぞ! おまけに魔石は魔法の効果を高める、いわば魔法パワーの増幅器! それをウィストラー家は王国に持っていった。その魔石を持っている若造が女王の男妾となると……世界中が女王の魔法の脅威にさらそれてしまうっ!」
「魔法の効果を高める……」
のたまうメンテリオをよそに私は呟いた。メンテリオは先ほど、魔石は「ウィストラー家の若造が持っているはず」と言っていた。十中八九キャムのことだろう。あいつの父は老齢だから、若造なんて呼べるお歳ではないし、キャム自身に兄弟もいない。
「魔石が三個あるとして、残りの二つはどこに?」
ミリアが尋ねてきた。
「ひとつはわたしのお母様、バマリーンが手に入れたはずよ。数ヶ月前に連絡があったから」
「……なんと」
ヤーデ姫が答えたが、これまた嫌な予感がする。
「けどさっきヴィクトロが言ってたわよね、お母様のお屋敷が襲われたって?」
「ひと月前に。私たちもこの目でたしかに見ました。虐殺されたような使用人たちの死体、荒らされた屋敷……しかし不思議なのが、バマリーン様だけのご遺体がどこにも見当たらなかったことです」
「そんな……」
ヤーデ姫が驚いたように両手で顔を覆った。実の母親のことなのだ、当然の反応だ。
「いま魔石の話を聞いたかぎりでは、屋敷襲撃の犯人は魔石を狙ってバマリーン様のお屋敷を襲ったみたいですね、殿下」
「そうだな、ミリア。そして魔石を狙う理由は、犯人は『魔石が必要』だからだろうな」
私は頭を抱えた。なぜバマリーン様のご遺体がないのかは未だ不明だが、犯人はやはり。
「魔石の、残るあとひとつは?」
ミリアがメンテリオへさらに追及した。
「あとひとつは……知らん」
ところがメンテリオがそっぼを向いて返答した。こいつ、怪しいな。
「本当か?」
「ほ、ホントさ! ボクは真実しか言わない! ここにないことが真実だっ!」
「あるんだな、ここに。なるほど」
「く、クゥーっ! むかつくゴリラめ、ひっかけたな!」
「その反応。本当にあるんだな」
「あ、し、しまった!」
ゴリラと呼ばれたのに怒る気も湧かないほどこのメンテリオという男はマヌケだった。ミリアが「チョロイな」と呟くのが聞こえたが、まったくそのとおりだと思う。と、メンテリオのマヌケさに気をとられていた直後、
「――話は聞かせてもらったよ」
という声とともに――そばの壁が何者かによって突き破られた。
「うわあっ! 誰だよ!」
フェジュが悲鳴をあげた。
「ミリア、フェジュを守れ」
私は剣を携えて立ち上がる。壁の破片の向こう側に見えたのは、ローリー帝国の国章が目につく装いをした男兵士の姿だった。紫髪の男兵士は剣をこちらに向けている。
「おいメンテリオ、何をボサっとしている!」
「キサマに呼び捨てにされる筋合いは……」
「父親なら赤ん坊を守らんかッ!」
私はワタワタとしているメンテリオにきつく怒鳴りつけた。赤ん坊はヤーデ姫が抱きかかえたようだ。フェジュもミリアに守られている。私は男兵士を外に押し出すように斬りかかった。
「貴様、先日私たちを襲ったヤツとは別人だな? 背丈が違う」
私はそう言いながら目の前の男兵士を睨みつけた。男兵士はうなずく。
「アイツは弱いんでね。交代した。おまえ、強そうだしね」
「なるほど。喋ってくれるヤツのほうがこちらとしても大助かりだ」
「コッチとしても得るものがあったよ。魔石だっけ? 陛下に報告しないとね……そしておまえ……さっき、グレ族の女に『殿下』って呼ばれてたよなァ」
「〝名を誇れ〟。いかにも、私がヴィクトロ・アール・リベルロだ!」
これ以上メンテリオの家を破壊されないよう、私は兵士をさらに押し出した。赤ん坊がいる家は私が壊滅させやしないのだ!
「うはははっ。クッソおもしれー、すっげー馬鹿。おまえ、ここが帝国領だってわかって名乗ってんのか?」
「いま言ったろう。私は私の名に誇りをもっているのだ」
「女王に操られてるってのにかぁ?」
「いつから聞いていたのだ」
「ワリーな、最初っから。アハハ!」
軽口を叩くようなヤツだが、剣の腕前はなかなかだ。まだ若いのに、そうとう鍛えられているのだろうということがわかる。
「いやー、『緑髪のガキがいるから狙ってこい』って任務だったのにさぁ、とんっだ獲物が引っついてきてたようで俺ぁビックリしたよ、マジで。するとあの緑髪のガキは〝悪魔の子孫〟ってコトで間違いねーなぁ」
「リベルロ王家は悪魔の子孫などではない!」
「んー、まあ、そこは俺にはどうでもいいことなんだけど。って、ありゃりゃ?」
すると男兵士は視線を空にずらし、困ったような顔をした。
「おまえ今、ヴィクトロって名乗ったよな。ヴィクトロって王配のことだよな。おっかしいなー、ツジツマが合わねえ。おまえ、こないだ死んだんじゃなかったの? それが上からの報告だったんだけど? なんで生きてんの?」
「……あ」
しまった。つい失念していた、そういうことになっていたのだった。こ、これではメンテリオのことをマヌケだなんて言ってられん。ダメだ、私こそがマヌケだ。
「ほっほーん、エグオンスのヤツら、偽の情報を寄越しやがったな。こいつァお仕置きが必要だ」
男兵士はいやらしく笑った。
どうする。こいつ、殺したほうがいいのか? そうすれば私の情報は帝国には漏れない。しかし帝国で殺人をおこなうのもな。




