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魔法をかけられて……?

 王城の地下にて。

 昼の日射しなど届かない、ロウソクだけが頼りの部屋にアダマーサの姿がある。その手には大きな刃物がある。それを用いてアダマーサが斬っているのは、彼女自身の兄、その妻であるバマリーンの肉塊だ。


「見つけた……やっと」


 アダマーサはひとり微笑んだ。異臭を放つ両手で彼女が掴みあげたのは、何かの結晶のようだった。





 ――『叔父上は……叔父上は叔母上に魔法をかけられているのよ?』


「は?」


 目の前でヤーデ姫が発した言葉に、ミリアが訊き返した。


「だから」


 ミリアにぶたれた頬が赤らんでいるヤーデ姫は少々苛立った様子で答える。


「叔父上は、叔母上に魔法をかけられているの。何年も、ずっと」

「魔法って? 殿下、なんのことです、知ってます?」

「知るわけがないだろう! 初耳だぞ。どういうことだ、魔法って?」


 いかん、私もミリアも動揺しまくっている。そこへ、


「〝なんの魔法〟なんだ、母ちゃん?」


 と、フェジュが言った。

 魔法にも種類があるのか。たしかに、魔法の中にもいくつか種類があると聞いたことがある。アダマーサ一世陛下もあらゆる魔法を使いこなしたという伝説があったな。父上がおっしゃっていた。


「人を操る魔法よ」

「あやつッ?」


 私としたことが、思わず後ずさりしてしまった。いや、それにしても、『操る』?


「……そうか。フェジュが南の戦場で、王国兵に使っていた魔法か!」


 フェジュと初めて会った南の戦場。そこでフェジュは、兵士のひとりを操り、ミリアから軍事機密を『奪わせていた』。あれか。ミリアも合点がいったようだ。


「でも、ヴィクトロ、いつから操られてるんだ?」


 フェジュがこわばった顔で見上げてくる。


「私に問われても知らんぞ、そんなの」

「待ってください。姫殿下、あなたはどうやってそのことを知ったんです? あなたは十年前からローリー帝国にいたはずです。それとも……十年ものあいだ、殿下は操られているって言うんですか?」

「違うわ」


 ヤーデ姫はメンテリオのそばで首を振ったが、ミリアに答えを言うことはなかった。


「……どうしよう、アナタ。わたし、このゴリラを信用したくない」


 ヤーデ姫、聴こえてるぞ。


「それはボクも同感だが……彼はいい情報源、ではないかい。フェジュが帰ってきたことは非常に残念だが……いざとなれば……」


 ごにょごにょ会話を続ける夫婦のあいだにミリアが口を挟む。


「言っておきますが、ボケナス姫とガリ学者。もしも逆に〝オマエらが殿下を操る〟なんてそぶりを見せたら、このあたしが家ごとオマエらを始末しますからね」

「ひっ……」


 ヤーデ姫は(きっとご自身は認めたくはないのだろうが)すっかりミリアに恐怖心をおぼえてしまったようだ。


「し、しないわよ、そんなこと。……奥に入って。いつまでもここにいたら、赤ん坊の世話ができないわ」

「赤ん坊?」


 私とミリアは目を見合わせた。まさかとは思うが……そのまさか。家の奥、おそらくリビングなのだろう質素な間にはブランケットに包まれた赤ん坊がすやすやと昼寝をしていた。赤ん坊の頭には、フェジュやヤーデ姫と同じ緑髪がほそぼそと生えている。


「研究費すら賄えないのに子作りですか」


 ミリアは辟易している。ミリアの右手はフェジュの左手とつながれている。この夫婦にフェジュを奪われないためだ。


「まあ座りたまえ」


 メンテリオが言った。


「え、座るって、どこに? 椅子はオマエら夫婦が占領してるじゃないですか!」


 ミリアの言うこともごもっともだ。数少ない、そもそも二脚しかない椅子はメンテリオとヤーデ姫がそれぞれ使用している。


「押しかけたのは私たちだ、ミリア、床に座ろう」

「床って……ほぼ土なんですけど」


 そうは言いつつも、ミリアはフェジュを伴い、しぶしぶ地べたに座ろうとしたのだが、


「おや、そこは今朝イヌが放尿したところだな! あ、言わないほうがよかったかー!」

「ふあッ!? テメー、マジでおぼえとけよ!」


 と、メンテリオと一悶着起こしたあと、放尿部分とはずれた場所へ腰を下ろした。にしても、ヤーデ姫はともかく、頭上からメンテリオに見下ろされるとなかなか腹立つな。


「で、私が情報源とはどういう意味だ、メンテリオ?」

「ぬあっ! き、聞いていたのか、キサマ!」

「丸聞こえだったぞ。学者ならもっと内緒話の研究をしたらどうだ。それで、どういう意味だ? まあ、だいたい想像はつくが」

「想像できるなら訊く意味……」

「確認作業だ。答えろ」


 目の前でわざとらしく足をプラプラさせるメンテリオにややイライラしながらも、私はあくまでも冷静に言った。


「こっちはヤーデの母上、バマリーンからの文書でしかリベルロ王国の様子を知ることができなかったんだ。そこへキサマが現れた」

「わかった。やはり私の想像どおりだった。では次に……」

「オイオイ、どうしてボクが尋問を受けてるんだいっ? ボクにも質問させたまえよ!」

「なんだ? 言ってみろ」

「さっきから高圧的な態度も腑に落ちないのだが……それより、なぜキサマがフェジュを連れているのだ?」

「それはあとで話そう」

「質問させた意味っ!」


 メンテリオが勢いよく椅子の脚を蹴った。なお、痛がったのは当人だった。


「私の番だな。次に、〝魔石〟とはなんだ? 先ほどの話の流れから、どうも魔法と何やら関係があるようだが」

「き、聞いていたのか、キサマは何もかも!」

「だからおまえは内緒話がヘタなんだ。先ほど、なぜその魔石とやらと一緒に〝ウィストラー〟の名前が出てきた? ウィストラー家は……アダマーサの男妾、キャムの生家なのだが」


 私が質問した。

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