リーダー・ルーグ
このシカリース、話せば案外わかるヤツなのだろうか? バマリーン様の件と、ヤーデ姫について訊きたいと正直に伝えると、スンナリと「案内する」と応じてくれた。
「本当に女王には言ってねぇんだろうな?」
「シカリース。何度も答えたが、ああ、アダマーサには私たちがここに来ることは伝えていない。『しばし旅に出る』とだけ伝えた」
「ふん。テメェが偵察者だったら即刻クビをはねるからな」
「まあ、独自に偵察してるようなものですけどね、殿下とあたしたち……」
傭兵団エグオンスのアジトはアグマ領の街、その名もアグマにあった。エグオンスのおもなクライアントはアグマ辺境伯なのだろうか。
夕方が近いころ、私たちはアグマ郊外の林の中にシュバルをとめた。目の前に木造の一軒家が建っている。ここがアジトというわけだ。生垣を抜けると、二本の低木が立ち並んでいた。低木のあいだに砂利道があり、さらに先へ進むと玄関のようだが。
「……ミリア」
「え? ……キャッ」
「うわっ! ヴィクトロ、あぶねえ!」
私は思わず溜め息をついた。
シカリースが先頭を進んでいたのだが、シカリースが低木のあいだを抜けたとたん……私たちが彼のあとに続こうとした矢先……低木からそれぞれ一本ずつの針が飛び出してきた。
「侵入者対策というわけか」
針にいち早く気づいた私がそれを掴みあげたからよかったものの、ひとつ間違えれば私とミリアが針の餌食になっていたところだった。まだ手のひらの傷が痛むが、手縄を解いてもらっていてよかった。
ミリアとフェジュは驚いている。フェジュが知らなかったあたり、これは大人用のトラップか。それにしても。
「トラップのことを知らせてくれてもよかったんじゃあないか、シカリース?」
おそらくトラップを起動させたのはシカリースだ。おおかた足元にスイッチでもあるのだろう。
「チッ」
「オイ、あからさまに舌打ちすんじゃねーです、赤ブタ野郎!」
「ミリア、口をつつしめ。シカリースに逆上されてリーダーに会わせてくれなかったらどうする」
私は針を捨てた。ふん、こんなもので倒せる私ではない。それを見たシカリースも観念したらしく、この先リーダーと対面するまで、トラップというトラップはなかった。
アジト……一軒家の上階、二階のリビングにそのリーダーはいた。
「お初にお目にかかる。私はヴィクトロ・アール・リベルロ。あなたの名は?」
血のごとく真っ赤なソファーに座る、小人のデュク族の黒髪の女性。彼女がエグオンスのリーダーというわけだ。おそらく私と同年代なのであろう、わずかにシワが見える口もとが動く。口紅まで赤い。
「ルーグ。デュク族のルーグだ。呼び捨てで構わねえよ、ヴィクトロ」
酒焼けした声でルーグはそう答えた。そばにシカリースを立たせたルーグはうっすらと笑みを浮かべる。
「アタシがデュク族で驚いたかい?」
「どちらかというと、女性であることに驚いている」
「ハッ。オトコにありがちな思考だね。おたくの奥さんも女王だってのにサ」
すぐ隣でミリアが「身分を明かすのは」と口を挟んできたが、私は正直に話すことがこの場での得策だと答えた。
「ルーグ、先ほどのトラップもあなたの手作りか? デュク族は手先が器用だ」
「ああ、そうだぜ。この家もアタシの手作りさ。ま、くつろいでくんな」
そう言うとルーグは目の前のソファーを顎でさした。私がそこへ座り、ミリアは警戒するように私の背後に立った。フェジュは気まずそうにミリアの横にいる。
「ああもすると、来客もさぞ困るだろう、ルーグ」
話題を切り出すタイミングをうかがうため、私は雑談を始めた。ルーグもそれに応じる。
「トラップのことか。来客への伝令には機械ネズミを使ってるんだ。営業もね」
「機械ネズミ?」
「文字どおり機械仕掛けのネズミだよ。歯車とネジ、それから木でできてる。それもアタシのお手製だ。おたくも言ったが、アタシらデュク族は手作業が得意なんでね」
「しかしずいぶん壊れやすいものを使っているのだな」
「壊れたときゃ自力でカラダを再構築するよう仕組んである、特別な製法でね。ご心配には及ばねーよ。そんなもんで、クライアントはアタシらに用があるとき、コッチを呼びつけんだ」
「ほう。その技術、ぜひ我らが王国にも欲しいものだな。あいにくローリー帝国と比べてリベルロ王国にはデュク族の数が少ないのだ、交流はあれどもな」
「そりゃおたくらがこのトンガリ耳を嫌うからだぜ。どうせイヤイヤ交流してんじゃねぇのか? ま、王族がグレ族を連れてることにはビックリしたが」
男勝りな口調で話すルーグは、ふとミリアの顔を見た。
「アタシゃどォーも、嬢ちゃんに似たグレ族を見たことがあんだよねぇ」
ルーグは豪快に足を組んだ。
「あたしと?」
ミリアが怪訝そうに尋ねた。ルーグは頷く。
「ああ。嬢ちゃん、名前は?」
「ミリア」
「ふーん。名前は聞いたことねぇな」
そしてルーグはソファーの肘掛けに頬杖をついた。
「ミリアと似たグレ族を見たって、どこでた、ルーグ?」
「傭兵団だよ、ヴィクトロ」
「傭兵団? このエグオンスか?」
「違う違う、ヴィクトロ。ローリー帝国には傭兵団はいくつかあんのよ。で、あるときリベルロ王国との戦線でヨソの傭兵団と合同任務をやってたとき、そいつらを見たんだ。今ごろは、そうだなあ、おおかた西にでもいるんじゃないかねえ」
西か。西の戦場はたしかに激戦地だ。帝国軍以外に傭兵団がいたとしても不思議ではない。
「エグオンスは戦場にも駆り出されるのか?」
「クライアントの要望がありゃあ、もちろん行くさ。あ、戦に行くさ……ププッ」
「……ぶフッ」
後ろで吹き出したミリアとこのルーグ、気が合いそうだな。
私やフェジュ、それからシカリースまでもが冷ややかな視線を送るなか、ルーグは膝を叩いてこう言う。
「で、なんでおたくが生きてるんだい、ヴィクトロ。アタシはフェジュに『王族は殺してこい』って命令したんだがなあ!」
それまで比較的温厚そうな表情をしていたルーグが、いよいよ目の色を変えた。