王配としてのつとめ、その四
「王配としてのつとめ、その一!」
田舎村を出た空き地にて、父上は私の出方を待たずして叫びながら斬りかかってきた。
「アダマーサ陛下が王都民に向かってありがたきお言葉を発するとき! 他人より比較的声を張れるおまえが! 一言一句逃さず復唱するッ!」
豪快な斬撃だが、そう素早くはないので私はひらりと回避した。ただ、かわりと言ってはなんだが、父上の剣をモロに受けた切り株が勢いよく吹き飛んだ。おまけに粉々だ。相変わらず凄まじいパワーだ。
「王配としてのつとめ、その二! 王子と王女を心底愛す!」
父上は態勢を立て直し、ふたたび斬りかかってきた。父上が私を相手にするとき、彼は決まって私の〝王配としてのつとめ〟を口にする。そう、アダマーサと結婚する私に〝王配とは〟を教えたのも、この父上なのだ。
「私の王配としてのつとめ、その三!」
父上にばかり攻撃させるわけにもいかない。私も声を張り上げながら父上に向かっていく。
「名を誇れッ!」
くッ、父上が私の剣を受け止めた。受け止められてしまった。
「たあッ!」
私は渾身の力を放ち、父上を剣もろとも弾き飛ばした。高齢だと油断していたが、さすがは父上、かつての〝王国最強の武人〟の称号は伊達ではないようだ。
「まだまだそんなものか、ヴィクトロ?」
「何をおっしゃるか。まだまだまだ序の口です。私は父上から教えを受けていたあのころ、いや、シュタやトパジーの顔を初めて見たときから『強く、優しく在る』と決めていますのでね。それは今でも変わりません!」
だから、いま私たちを見守っているミリアとフェジュにも、そしてアダマーサやシュタ、トパジーにも恥じぬ戦いを見せねばならない。それがたとえ父上が相手でも、だ。
「おまえは何か勘違いをしているぞ、ヴィクトロ」
父上が剣を斜めに構えた。
「ワシはおまえに、こう教えたはずだ。『強く、残酷で在れ』とッ! なのに先ほどのあの泣きザマはなんだ!? 罪人を助け、アダマーサ陛下に逆らい、あげく罪人相手にむせび泣くなど愚の骨頂ッ!」
「父上、私は……」
「それがかつてローリー帝国のスラム民であったオーリブ家の戦士の姿かァッ!」
いかん。父上の気迫に、つい手が震えてしまった、一瞬。
そうだ。父上の言うとおり、私の生家オーリブ家は、リベルロ王国建国以前、ローリー帝国のスラム街にあった。そしてあのアダマーサ一世陛下が率いた独立軍の中に、私や父上のご先祖様がいたのだそうだ。
やがて独立戦争を制し、リベルロ王国が建つと、尊きアダマーサ一世陛下は我が一族を貴族とし生活を保証した。そうしたスラム出身の貴族も決して少くはないのがこのリベルロ王国だ。だからこそ父上や代々のオーリブ家当主たち、その家族たちは、リベルロ王家への堅い忠義を忘れない。かくいう私もそのひとりだ。
「アダマーサ陛下が夫におまえをご所望なさったとき……ワシは家を潰す覚悟でおまえを王宮に送り出すと決めた。一人息子のおまえが我が家を去れば、跡継ぎもいなくなるからな……だが、ワシはそれでもよいと思った。ほかでもないリベルロ王家のため、リベルロ王家のご命令ならばとッ! しかし、今のおまえの姿はなんだ?」
父上がゆっくりと動き始める。
「ヴィクトロ。王配としてのつとめ、その四、忘れたわけではなかろうな?」
「もちろんです、父上」
やはり呼応するように私も剣を構えた。
「私の王配としてのつとめ、その四」
「忠義を忘れるくらいなら死すべしィッ!」
私と父上は愚直にも真正面からぶつかり合った。
「――父上、お忘れになられたのはあなたのほうです」
父上とすれ違った私は剣を小さく振り、汚れを払い落とした。
「リベルロ王国最強の武人は今、このヴィクトロ・アール・リベルロであるということをね!」
「くそ……ワシの剣が……折られるなど……」
父上が言い終わるが早いか、父上の愛剣の切っ先は折られ、村はずれの泥土の上に落ちた。勝負あったな。
「ヴィクトロが勝った……」
「どうですフェジュ、殿下はお強いでしょう」
「ああ。あのジジイもツエーけど、ヴィクトロもやっぱりツエー!」
おお、ミリアとフェジュが駆け寄ってきた。
「……されるぞ……」
土に膝をつけた父上が何か呟いた。
「殺されるぞヴィクトロ。アダマーサ陛下に逆らったとあっては。おまけにキャムもいる。ヴィクトロ、おまえはまだ知らんのだ……」
「知らないって、何を?」
ミリアの問いに、父上はただ押し黙ってフェジュを見た。いったいなんだと言うのだ。
「ご心配なさらずとも、父上、私の心はアダマーサのもとにあります。アダマーサもきっと理解してくれるはず」
私はついそう口走っていた。
「ふん。おまえはそうだろうな……」
「あ、ドモンド様……どこへ?」
「帰るのだ女郎、いちいち話しかけるなッ」
「ひっ」
油断したミリアが怯えているうちに、父上はどこかへ立ち去っていった。きっとそのまま家に帰るのだろう。どこかに父上のシュバルもいるはずだ。
「さて」
いつのまにか朝日がさらに高く昇っている。まあ、旅に出るには丁度よいころだろう。
「さあフェジュ、もう一度言おう」
「え?」
「私たちと一緒にこないか? エグオンスのところに行こう」
するとフェジュは一瞬ことばを詰まらせたかと思うと、すぐに元気を取り戻し、
「うん!」
と頷いた。
◇
「『強く、優しく在る』か。亡き妻よ……ワシももっと、強くならねばな……」
ヴィクトロたちが田舎村を旅立ったころ、王都に戻る道中、ドモンドはシュバルにまたがりながら呟いていた。