ここまでのまとめ
ひとしきり叫んで気が済んだらしいミリアは、ベッドに座ったまま腰に両手をあてた。
「村民の移住が知らされてなかったのは役人の定期訪問の時期とカブらなかったからだ、ということで一応、納得できますが……ほかはホントにワケわかんないです」
「なあ、ヤトーって?」
「うん? ああ、ドロボウってことです、フェジュ」
「あの死体はドロボウがヤったってことか、ヴィクトロ?」
隣に座るフェジュが私の顔を見上げてきた。
「私はそういう〝建前〟ではないかと思っている」
「タテマエって?」
「ええと……うわべだけで言うなら、という意味だ」
「ウワベ?」
むう、困った。八歳には難しい言葉だったか。
「本当は隠したい本音があるってことです、フェジュ」
「あ~、なんとなくわかるような、わかんねーような……」
ん? 隠しごと?
「それだミリア!」
「え?」
「屋敷で何か引っかかっていたのはそれだ、〝隠しごと〟だ」
「どういうことです、殿下?」
「つまりだな……」
民宿の主人は『また王都から使者かい』と言っていた。おそらくひと月前の役人がこれだろう。そして屋敷はふた月も散らかったまま。しかしこの件は私もミリアも知らなかった。仮にも女王の親族であるバマリーン様の身にかかわる事案であるにもかかわらず、だ。ここが重要だ。
「役人は私に隠しておきたかったのではないか?」
「隠すって……襲撃を、ですか?」
「ああ」
「なんのためにです?」
「それはわからん」
だが、まだ何か気になることがあるような。
「じゃあまさか、隠したのはアダマーサ陛下ですか?」
「――それだミリアッ!」
「ヴィクトロ、うるせーよ」
「あ……す、すまん」
フェジュに指摘されたので私は声を細めた。
「バマリーン様ともあろうご婦人が〝殺害された〟のなら、この件はアダマーサの耳に、誰よりも真っ先に入るはずッ。そして私へは入ってこなかったのは……そうするよう役人に指示できた人物。であるならば、それは私よりも地位の高い人物……」
「まあ、王配である殿下よりも上となると、女王であるアダマーサ陛下しかいませんね、当てはまるのは」
「だろう。そうだろう」
私は座ったまま地団駄を踏んだ。もし本当にそうなら、アダマーサはなぜそんなことを?
「でも殿下、それなら屋敷にバマリーン様の死体がなかった理由は?」
「知るかそんなこと!」
「そこも肝心ですよ、もう」
ミリアもお手上げな様子で膝に肘をつき、それを頬杖とした。
「なあ」
そこへフェジュが口を挟む。
「屋敷を襲ったのは、あの女王じゃないのか?」
「は?」
私とミリアは口を揃えて言った。
「フェジュ……」
私は膝の上でこぶしを握る。
「だって、女王が隠してたんなら、ありえなくもないだろっ?」
「だけどですね、フェジュ……」
「フェジュ」
ミリアが何か言いかけたところを私が遮る。
「アダマーサは私の妻だ! 私の妻が、そんなことを……」
と、私も言いかけたまま中断する。フェジュの瞳を見た。アダマーサは私の愛する妻だ。だがその妻は、このフェジュを攻撃した。そしてその男妾キャムは、フェジュの両腕を斬り落とそうとした……。
いま私はアダマーサを庇おうとしている。しかし、アダマーサを……庇ってよいのか?
「……くッ」
「殿下?」
「あ、いや、すまない、少し頭痛がしただけだ……しかし……」
私は姿勢を正す。
「フェジュの言うことも可能性は否定できない」
「殿下、それはアダマーサ陛下への……」
「可能性の話だ。それに不思議なことはもうひとつあるだろう、ミリア」
「……バマリーン様の死体がないこと、ですか?」
「そうだ」
何やら話が複雑になっているな。ミリアもフェジュも難しい顔をしている。私もしている。
「改めて話をまとめよう、ふたりとも」
私は人差し指を突き出した。
「一、私たちはバマリーン様にフェジュのことを尋ねにきた。
二、バマリーン様の屋敷には使用人の死体だらけだった。おそらく何者かの襲撃を受けた。
三、バマリーン様はいない。
四、ひと月前、役人がこの村に来たはずだが、バマリーン様の屋敷襲撃のことは私には知らされていない。
……これが今現在、私たちがわかっていることだ。私たちの目的は〝一〟だな」
ミリアはうなずいた。
「次は、私たちがわかっていないことだ。
一、屋敷襲撃の犯人。
二、屋敷襲撃を私たちに知らされていない理由。
三、バマリーン様の死体の行方。
……なので、私たちの目的も行き詰まったということ」
「あ、ちょっと待ってください、殿下」
「なんだミリア?」
ミリアが挙手した。
「山林で襲ってきた赤髪の男。これはあたしたちの目的や、もしかすると屋敷襲撃にもつながりますよね?」
私とミリアはフェジュを見た。うぬぬ、いつ触れようかじつは悩んでいたところなのたが、ミリア、ここで話題に出してきたか。
「あたしはフェジュから話を聞きたいです。おいフェジュ、あいつとは知り合いなんです? 殿下を殺れってどういうことだ?」
「ミリア、言いかたというものをだな……」
「これはハッキリ聞いとくべきことです、殿下。殿下も気づいてるでしょ、フェジュが暗殺者かもしれないって」
「暗殺者と言うが、フェジュは死体を前に泣いたんだぞ」
「少なくともあいつとフェジュはグル。あいつはあたしたちからフェジュの魔法のチカラを取り戻そうと現れた。そしてあいつやフェジュはローリー帝国からの敵。あたしはそう考えてます」
「ミリア、子どもにそんなことを言うんじゃ……」
「ゴメンなさい、こればっかりは子どももオトナも関係ありません、殿下。殿下の優しさや子ども好きなトコにはあたしも助けられました。だけどフェジュが南の戦場で王国兵を襲ったのは事実で、あの赤髪の男と関係がある。甘やかして見過ごしちゃダメだと思います」
ミリアの鋭い視線がフェジュを見据える。ミリアが言うのは正論だ。きっとアダマーサやキャムも……正しかった。だが私は、正しさを認めてしまったら、それがフェジュを傷つけてもよい免罪符になりそうで、とても怖い。
「あんまり殿下を悩ませないでください、フェジュ」
「なやます?」
「殿下はオマエが子どもだから〝優しくしなきゃ〟って思ってるんです。子どもだから見逃してもらえる、そんなことは期待すんなです」
「おい、ミリア、そこまでにしろ。……フェジュ、言わなくてもいい。バマリーン様のこと含め、私が地道に調べていく。そうすればキミのことも自ずとわかるだろう」
「ちょっと殿下!」
「さあ、寝る支度をしよう」
私は手を叩き、場の空気を切り替えようとした。ところがフェジュがおずおずと口を開く。
「わかった……言うよ」
「フェジュ?」
「あいつらはエグオンス。ヨーヘー団だ。おれにいろいろ命令してた」