王配としてのつとめ、その三
「ゥオラアアアアアッ」
というのはミリアの雄叫びだ。
「うわあっ」
悲鳴をあげたフェジュを私が抱きかかえ、しばし木陰に避難する。ミリアが雄叫びをあげたということは敵襲だ。
「ミ、ミリア、すげえ……」
とつぜんのミリアの変貌にすっかり涙がおさまったフェジュは、ミリアの……太い木を殴り倒し、その倒した木をブン回す姿にあっけにとられている。
ここで説明するとしよう。
ミリア含む、銀髪と尖った耳をもつグレ族は、〝ばかぢから〟が何よりもの特徴。ミリアもそれを武器に、私に次ぐリベルロ王国ナンバーツーの武人となった。彼女にかかれば王国兵も顔負けだ。その他格闘術は私が伝授したがな。
「出てきやがれ蛮族ゥ! いるのはわかってっぞォ!」
なお、戦闘中、ミリアはいつになく粗暴になる。
「ば、ばんぞくって?」
木陰に隠れながら、ミリアのセリフを聞いていたフェジュが私に言った。
「あぶないヤツら、という意味だ」
「兵士か?」
「さあ、わからん。なにせ、先ほどからミリアが暴れているというのに相手は姿を現さん。しかし、今となって気づいたが、この近くにはたしかに〝殺気〟をまとった何者かがいる。それは間違いないな」
私よりも先にミリアが気配を感じてくれたことには感謝するが、ミリアに先を越されたことにはまったくもって私は遺憾だ。不甲斐ない。
おや?
「ミリア、木の上だ!」
黒い装いの何者かが弓をもち、木の上からミリアを狙っているのを見つけた。
「ふんぬゥッ。そこかァァァア!」
「あ……投げた。木を投げた、ミリア……」
フェジュはやはりポカンとしている。まあ、ミリアの暴れっぷりを見ては、そうもなるだろう。
「うおっ」
しめた。黒い装いをした何者かはミリアが投げた木の影響で地に落下した。
「でかしたぞミリア。フェジュを頼むッ」
「あ、殿下、たった短剣一本でまた!」
正気に戻ったミリアにフェジュを託し、さあここからは私の出番だ。黒い装いの何者か――それは男だった。弓だと思っていた武器はふたつの短剣となり私を襲ってくる。
「なんだその武器は? かっこいいな」
短剣に変形可能な弓――便利なものだ。しかしそういった特殊武器はリベルロ王国で流通しているものではない。少なくとも私は初めて見た。
男は軽やかな見のこなしで私を斬りつけてくる。が、残念、一太刀すら当たらないぞ。それはむろん私の回避能力が優れているからだ。
「はッ」
私が振った太刀筋を男は短剣両方で受け止めた。そのときに見た男の顔は……歳若そうな男だ。赤い髪。銀色の目。知らない顔だな。
「貴様がバマリーン様の屋敷を襲ったのか?」
私の問いに男は答えない。そのかわり、
「そこのガキをこちらに渡せ」
そんなことを要求してきた。
「物騒きわまりない貴様なんぞにフェジュを渡してたまるか!」
それが私の返答だった。ここでフェジュを渡したとしてもロクなことにならないのは明白だ。なんせ穏便に話ができる相手ではなさそうだからな。
「貴様、ローリー帝国の者か? 国境を越えてきたのか?」
「テメェは何モンなんだ? やけに強いが、王国兵か?」
おいおい、こいつ逆に質問してきたぞ。
「私はヴィクトロ・アール・リベルロッ!」
「リベルロ?」
「バカ正直に名乗っちゃダメでしょ、殿下!」
後方からミリアの指摘が飛んできたがもう遅い。
「……ああ、女王の旦那か」
「いかにも」
「だから殿下、正直すぎますってば!」
「王配としてのつとめ、その三。〝名を誇れ〟だミリア!」
私は胸を張りに張りまくった。
「おい、ガキ」
男はフェジュを呼んだ。フェジュはおびえているようだ。
「さっさとこのオッサンを殺れ。じゃあな」
すると男はくるりと踵を返し、山林の奥へ去っていった。
私を殺れ。どういうことだ?
「ハッ、しまった。追いかけるのを忘れた」
「殿下のバカ!」
「そう怒ってくれるなミリア、あの男が意味不明なことを言うからついつい気を抜いてしまったのだ」
いくら騒げど後の祭りだ。もうとっくに男の姿は消えてしまっている。フェジュと手を繋いだミリアが私のところへ寄ってきた。