八六話 夢
マクロの提出を待っている間に自分の夢を書いてみる事にした。
自分の夢についても気になる。
例えば、この時代の冒険者の夢は『金を稼ぐため』や『強さをアピールしたい』のポピュラーな物がある。
たまに『ダンジョンにいるのは楽しいから』という変人もいる。
参考にしてみたが、役に立ちそうにないな。
生涯を懸けて達成するような大きな目標の方がいい。
三十秒考えてみた。
だが、何一つアイデアは思いつかなかった。
とりあえず、紙に『弟子たちをちゃんと育てる』と書いた。
マクロも書き終わったみたいだ。
「あの、お願いします」
「見せてくれ」
悩み抜いて決めた目標はなんだろうか?
『あの環境に放り込んだ人間を倒したい』
……いい夢じゃないか。
丁寧に俺らしき人間を踏みつける絵まで描かれている。
予想はしていたが、俺に対する復讐心はちゃんとあるみたいで安心した。
「よし、合格だ。楽しみにしているぞ」
「絶対に倒します」
いい目をしている。
弟とは違って成長をすること期待している。
これで全員の目標が決まった。
「師匠。私のこと忘れてません?」
「すまん」
コンの事を忘れていた。
そういえば、再提出を命じていた。
紙を見る。
『師匠と幸せな家庭を築く』
こういう時ってどういう反応をすればいいのだろうか?
「リュウの趣味はお姉さん系が好きで甘えられる人が好きだぞ」
「おい。ガイゼル。何を吹き込んでいる」
いつの間にか近くに来ていたガイゼルの頭を掴む。
なんで、こう俺の仲間は頭を掴みやすいのだろうか?
「やめて」
俺の手が宙を舞った。
エネが怒りを露わにして睨んでいる。
手はすぐに再生するから問題はない。
「いい太刀筋だ。だが、ガイゼルが教えたにしては殺意の隠し方が下手だ」
いくら、怒りを持っていたとしても教えを忘れては意味が無い。
「あと、コンも落ち着け」
切られた手の残骸をコンに投げつけ、移動を阻害した。
俺を殺そうが問題ないが、弟子同士で殺し合いを起こされると世界が終わる。
それほどまでに彼女たちは強い。
「それで、リュウに聞いたんだろ。俺の好み」
「はい。ミニスカのメイド服、好みだって」
「絵を見せてくれないか?」
二人が会話を始めた。
ガイゼルの目を見る。
分かった。
「コン。俺の趣味を教えて貰っただろ。別に間違っていないが、かなり前の話だから、あまり気にしなくてもいいぞ」
とりあえず、怒りを鎮める為に何かをしないといけない。
「俺は生活感のある服が好きだから、これに好きな絵を描いてくれ」
白紙の紙を渡して、エネから遠ざかるように席に誘導した。
これで、大惨事にはならないはずだ。
一日が過ぎて行った。
因みにシザの目標は『姉様と共に暮らす』だった。
――――――
学習に関してはすべて、賢者のレイに任せた。
あいつには予め大体の事は教えている。
今、ローゼン家の屋敷の目の前にいる。
喧嘩したまま、終われるはずがない。
「やあ、兄さん」
シュウが玄関に立っていた。
聞いてはいないだろうが、シュウの悪口も言ってしまった。
いきなり謝るとシュウも混乱するだろう。
何もなかったかのように通り過ぎようとした。
「待ってよ」
肩を掴まれた。
シュウにしては珍しく力業で止めようとしている。
「なんの用だ?」
振り向いた瞬間に殴られた。
体が地面を転がる。
少しだけ痛い。俺の体にダメージを与えるとは相当力が増している。
「急に……」
「兄さんが悪いんだよ」
ため息を吐きながら、次の行動を考える。
大体、予想がついているが原因を調べないといけない。
「具体的に何をしたか教えてくれ」
顔に無言のパンチが飛んで来た。
さっきよりもパワーも殺気も桁違いに高い。
「僕は兄さんより強くなるんだ」
シュウが【魔剣召喚】を使って、魔剣を出した。
分かった。
シュウの怒りの原因は俺が『全然成長しない弟』と言ったせいだろう。
どこかで聞いていたな。
「シュウ。お前がどれだけ成長したか見せてみろ」
腰に差している魔剣ボールトを抜く。
なんとなくだが、これだけは分かる。
この問題はただ謝るだけでは解決しない。
「僕は一体じゃない。【半悪魔・半天使】」
シュウの体が変化を始めた。
左半身は所々に赤い線が引かれ、背中からは蝙蝠のような黒い翼が生えていた。
右半身は髪の色が真っ白になり、白鳥のような白い翼が生えた。
見ただけで分かる。
これがシュウの本気。
俺も本気を見せないといけないみたいだ。
「スキル発動【龍纏】」
体が変わる感覚がする。
久しぶりに使ったが、チートな能力だな。
「さて、お前の本気を見せてくれ」
剣を構えた。
本気を示す為に殺気を出す。
シュウは観察を始めた。
「残念だが、俺はそこにはいない」
がら空きの背中を蹴った。
シュウの後ろまで空間を消した。
【龍纏】発動中は消滅が使いやすい。
消滅龍の鱗が体にあるということはデリデリを纏っていると同じ。
チートを使えば、更なるチートになる。
ゾンビみたいにシュウが起き上がった。
「僕は負けられないんだ」
目が変な方向を向いていた。
薬やっていますか? と訊かれるレベルで目が逝っている。
「シュウ・ローゼン。お前はあいつに勝つために捨てた」
「薬やってます?」
声に出してしまった。
まさか、弟が多重人格者とは思ってもいなかった。
翼を使って迫ってきた。
かなり、前傾姿勢で顔を殴り放題である。
普段の訓練をしっかりしていれば、こんなことになるはずがない。
攻撃を避け、拳を振り下ろし頭を殴った。
かなり、手加減をした。
一割も力を出していない。
「コロス!」
シュウが拳を突き出して来た。
これじゃ、勝負にならない。
「その程度の実力じゃあ俺を殺せないぞ」
手首を掴み勢いを生かして地面に叩きつけた。
「スキルに振り回される程度なら、使わない方がいい」
森に向かって、シュウを投げる。
木が三本ほど折れた。
体は頑丈になるスキルはかなり有能だ。
ただし、理性を無駄にする場合は一気に地雷に早変わりである。
例えば、ドクの【憤怒】も怒りに飲まれる代わりに力を手にする。
しかし、彼女にはそのスキルをコントロールできず、辛い過去を持っている。
シュウには過去が無い。
もう少し、時間をおいて戦えば結果が変わるかもしれない。
転移でシュウの近くに移動する。
「次は二か月後に来る。その時がお前の命日になるかもな」
悪者のようなセリフをしてから、転移した。
――――――
「調子に乗ってすみませんでした! 育ててくれた恩を忘れていました」
現在、俺は土下座をしている。
……クソ親父のまえで。
心の中では怒り狂っている。
だが、このギクシャクした関係が長引いても何もいいことが無い。
土下座については既に訓練されている。
息をするように膝を地面につけられる。
「いや、分かればそれでいいんだ」
声から躊躇いを感じた。
ああ、俺が元勇者だとか変な事を言ってしまったせいなんだろう。
「じゃあ、俺は賢者の所に世話になってきます」
立ち上がり、扉の方向を向いた。
「あと、一つ伝え忘れてた。剣聖の称号は俺の弟子が奪う」
ちょっとした対抗心をみせた。




