八五話 姉
魔族の少女が傷ついた心を攻撃してきた。
どうやら、俺を舐めているらしい。
「あんたにとっては深刻でも、私にとってはどうでもいいのよ」
真剣に悩んでいる相手に対する言葉ではない。
「それに、個人的な事を話されてもね」
「悪うございました」
「分かればいいのよ」
一つ。この少女と話していて思い出したことがある。
俺の親友であるマクの家に遊びに行った時に姉と喧嘩をしていた。
マクは殴り合いなら一切負け無しなのに、姉に対しては暴行を無防備で受けて、目に涙を貯めていた。
さんざん、言い負かされて泣いているマクを見るのは楽しかった。
そして、同時に俺はこんな厳しい性格の姉が欲しいと思ったんだ。
「聞いてる? あなたの悩みはちっぽけな物なの。さっさと帰って」
「分かった。俺は帰る」
この少女を殴りたい気持ちを抑えた。
「相談にのってくれて、ありがとな」
転移で屋敷に戻った。
――――――
俺はまた、一つ思い出したことがある。
それは、部活の先生に結構尊敬していた先輩が指導を受けていた時に盗み聞きをしたことだ。
先輩は親に対して、暴言を吐いたらしい。
その先輩を尊敬していた俺からすれば、そんなことで叱るのかと思った。
先生のお言葉を思い出す。
『お前が部活を出来ているのは誰のお陰だ? 考えろ。お前ならこれで分かるだろ』
……。
すいません。先生。
「この世界なら、すべて自分の手でどうにか出来ます」
元の世界なら、納得をして親に素直になれたかもしれない。
いや、そのお言葉があったからこそ、前は反抗らしい反抗をしなかった。
結局、何の策も立てられない。
「もう少し、時間をおくか」
弟子たちが待つ家に戻った。
――――――
俺が屋敷に使用人を連れてこようとしたのには理由がある。
それは安全に他人を観察させるためだ。
あの子たちは閉ざされた世界で生きている。
どんな人間がいるかは分からないはずだ。
適当に町を探検させるのも手だが、もしもの可能性を考えると怖い。
「師匠。どうしましたか?」
「いや、なんでもない」
コンが俺に声を掛けてきた。
こうやって、『師匠』と俺を慕ってくれているコンだって、本当は広い世界をみたいのかもしれない。
……先生。あなたなら、どう行動しますか?
今、居ない存在に問いかけても答えは返ってこない。
「よし! 全員集めてくれ」
「分かりました! 師匠」
やる事は決めた。
停滞を選ぶよりもとりあえず、行動をしてみよう。
一瞬にして、全員が集まった。
「今日から、教養をやる。あと、最終目標を伝える。お前たちには国を作って貰う」
誰も文句や質問をしない。
俺の性格を理解してくれて、ありがたい。
「そのために二か月後あたりには、それぞれの種族の集落に向かわせる」
既に各種族の集落は特定済みだ。
かなり昔に放った収集ネズミで地理的なものは大体覚えた。
「という訳で、今日をやっていこうか」
学校の教室のような部屋に移動した。
この家は誰が作ったかは謎だが、元の世界の住人だということは確定だ。
さて、何をするか悩みものだな。
「とりあえず、基本でもするか」
読み書きと四則計算を軽く教える。
苦い思い出としては、小学一年の時に担任に恵まれなかったせいで小学三年までカタカナのヌを覚えられなかった。
この子たちには同じ思いをさせたくない。
「今から、文字を教える。これを使って、日記を書いてくれ」
【アイテムボックス】から紙を出して、机に置いた。
「あの、日記ってなんっすか?」
鼠のインが質問をしてきた。
一般的な知識は《洗脳》で教えれば、一瞬だがそれでは面白くない。
まあ、最低限喋るのに必要な言葉は名前を付けた時の《洗脳》で頭に入れている。
「日記っていうのはな。その日にあったどんな小さなことでもいいから、この紙に書くんだ。写真を貼れば思い出の物になるんだけどな」
「写真って何ですか!」
デンが勢いよく質問する。
これ以上、この子に知識を与えるとどんどん物を作るだろう。しかし、今しばらくは創作活動は中止させる。
「写真は光について教える時についでに教えよう」
「親方! ありがとうございます!」
俺の知っている知識はすべて教える。
それが、自分に課した使命だ。
「よし、まずはこれを覚えてくれ」
この世界の文字はほとんど英語に近いものになっている。
五十音の要領で文字を黒板に書いた。
「覚えた」
茶髪エルフのシザが手を挙げた。
天才は格が違うな。
「じゃあ、次に進むが分からない場合はすぐに言ってくれ」
この子たちは天才である。
戦闘能力は既に頭角を現しているが、学習能力もこんなに高いとは思ってもいなかった。
「次は自分の将来の夢を書いてくれ。絵を使ってもいいからな」
風を使い、プリントを配布する。
コントロールが難しいが、面倒臭さには代えられない。
「そこ! 真似をするのは書いてからにして」
シザが俺の魔法を真似ようとして、紙を飛ばした。
地面に落ちる前に風で持ち上げた。
「終わった人から俺の所に出してくれ」
待つ間、暇なので紙を取り出す。
この世界は紙があまり貴重品ではない。
俺みたいに勇者として召喚された奴らが広めたらしい。
全くのんきな奴らもいたものだ。
「出来ました」
「早いなコン」
出された紙を見る。
『師匠の大切な存在になる』
うん。
師匠としてはとっても嬉しい。
だが……。
「既に大切な存在なので、もっと大きなことに」
「本当ですか?」
「ああ、そうだ」
「まだ、あるので書いてきます」
俺の為に生きる存在はいなくてもいい。
「親方! 出来ました!」
「おう」
デンが出して来た紙を見る。
『人を作りたい』
これは、面白いな。
「ぜひ、俺を作ってくれ」
「分かりました!」
「じゃあ、暇な間にその人の設計図でも書いていてくれ」
新しい紙を渡した。
誰も来ない。
確かに夢をいきなり書けと言われても、結構戸惑るよな。
俺は白紙の紙を眺めた。
ここに書くことは、親と仲直りするための算段だ。
だが、この通り何も思い浮かばない。
今でも、クソ親父だと思っている。
そのせいで、素直に謝るという手が打てない。
自分の頭の悪さが憎たらしい。
「これ、出来ました」
「エネか」
銀髪のドワーフのエネが来ていた。
さて、どんなものが書かれているのだろうか?
『白い服を着て、白い剣を持った白髪の剣聖に襲われたい』
欲望丸出しな物を出された。
明らかにガイゼルの事を差している。
まあ、これに関しては否定する権限は俺にはない。
「いい目標だと思うぞ。頑張れ」
「ありがとう、ございます」
白紙の紙を渡した。
「待っている間に将来、着たい服を描いてくれ。ちなみにガイゼルはミニスカのメイド服が好きだからな」
「ありがとうございます」
エネが席に戻って、真剣に描き始めた。
本当の事でも言わない方が良かっただろうか?
「おーい。私がいますよ」
「お。すまない。見せてくれ」
「はーやーく」
この伸ばした話し方が特徴的な奴は白髪の猫人のネンだ。
面白いことを描いてそうだが。
『平和な星を作る』
俺が悪かった。
世界平和クラスのいいことを書いていた。
「じゃあ、待っている間に新しい魔法のイメージを描いてくれ」
「わっかりましたー」
あとは、インとマクロだけだな。
シザはレイに見せているので、あとで教えて貰うとする。
「出来たっす」
「見せてくれ」
軽い身のこなしで俺の所までやって来た。
普段から訓練を意識する姿勢は悪く無い。
『ずっと寝ていたい』
「悪くは無い。でもな……」
いや、ここで否定したら、クソ教師と同じ事になってしまう。
「立派な役目だと思うぞ。よし、これに『月月火水木金金』って百回書いて」
「え、マジっすか」
「ああ」
精神的にかなり鍛えられるはずだ。
元の世界なら虐待と言われるかもしれないが、この世界には関係ない。
インにお手本に『月月火水木金金』と書いた紙と白紙の紙を数枚渡した。
マクロの席を見るとまだ一文字も書いていなかった。
しばらくは暇だな。




