八二話 復讐
リュウが少女たちを鍛えている間にマクロは環境に適応していた。
「もっと刺激が欲しい」
獣人の本能なのか、更なる力を求め始めた。
マクロは走り続けた。
重力が増え、地面に叩きつけられる地帯も軽々と走った。
走った先には真っ白い葉をつけた巨木が生えていた。
走る事を止めるほどの美しさだった。
「私は北の精霊。逃げないでね」
白髪の少女が満面の笑みでマクロを見た。
マクロは全力で警戒した。
「もしかして、私が初めての妖精?」
「妖精?」
少女が小さくガッツポーズをした。
マクロは少女に戦闘の意志が無いと判断し、警戒を解いた。
「立ち話も疲れると思うから座って」
少女が手を一回、叩くと地面から二人が座れる長さの木の椅子が生えた。
「ありがとう」
マクロはイスの端っこに座った。
「私は隣で」
少女はマクロの足が触れるような近い場所に座った。
少女の狂気じみた目をマクロは見ていない。
「ここはどういう場所なの?」
「《死の環境》って名前だよ」
少女はマクロの腕に触った。
自然と顔が近づいた。
「あなた。知ってる? リュウ・ローゼンって男」
「師匠のことかな? リュウって名前だけど」
マクロはこの厳しい環境に自分を放り投げた本人に対する恨みは無くなっていた。
「私ね。その男に無視されたの」
「無視?」
「そう。世界樹の葉っぱをあげたら、すぐ帰って行った」
少女は自分の親指の爪を噛み始めた。
「妖精の使命はここまで到達した人間を見下しながら、次のヒントを与える事。それなのに……」
「ちょっと、怖いよ」
恐怖を感じたマクロは立とうとした。
しかし、指先すら動かなかった。
「私から逃げようとしても、無駄だよ。君の体は既に支配している」
警戒をしなかった自分をマクロは恨んだ。
「大丈夫。ちょっと復讐に付き合ってもらうだけだから。じゃあ、『立って』」
少女の命令に従いマクロは立った。
体が勝手に動く感覚に焦る。
「『リュウ・ローゼンをここに連れてきて』」
少女の復讐が始まろうとしていた。
「何。この状況?」
「師匠。この少年が私たちの弟分ですか?」
ただし、すぐに終わりを告げようとしていた。
――――――
真っ白い空間でデンの発明を見終わった。
そういえば、そろそろ〈死の森〉の王に会わないといけない。
首に巻き付いていた尻尾が締まった。
すぐに隣を向く。
「師匠。私も戦闘したいです」
コンの戦闘狂っぷりには手を焼かされる。
拒否をすれば、容赦なく首を絞めてくる。
「分かった。全員を元の場所に戻してから、いい場所に行こう」
「ありがとうございます」
拘束が解かれた。
「じゃあ、戻るぞ」
全員を魔力で包み、転移した。
そして、コンと共に〈死の森〉に向かった。
――――――
飛んでいた龍が雨の様に落ちている光景を今見ている。
「ほら! もっと私を楽しませてください!」
赤い鱗の龍を何度も切りつけて、最後に脳天を刺す。
そして、次の龍に飛び移る。
コンの持っている武器は日本刀。
デンが情報だけで作ったぶっ壊れ性能の武器だ。
地上の敵は既に殲滅が終わっている。
死体を全て回収するのが面倒臭いので、デンが使いそうな素材のみを回収する。
このまま、全滅するのを待ってもいいが、流石にモンスターたちが可哀そうな気がしてきた。
「コン! 目的地に行くぞ」
「はい! 分かりました」
空にいる相手に届くように大きな声で呼んだ。
コンは俺の命令にはちゃんと従う。
降りて来る前に、世界樹の前に向かって走った。
適当に作られた歓迎板がある。
「ここが目的地だ」
「早速、戦いましょう」
息を荒くしているコンを見ながら、槍を持つ。
そして、一週間前の感覚を頼りに槍を投げた。
転移をした先には、一人の少女がいた。
「ククク。よくぞ、来た勇者よ」
玉座に座っている少女はどうやら厨二病を患ったらしい。
自分を魔王と思い込むまで、やってしまったのか?
「師匠。あの女を倒せばいいんですね」
「どうぞ。お好きに」
少女には悪いが、コンのあるか分からないストレスの発散の為に戦闘をして欲しい。
コンが走って、少女の元の向かった。
しかし、コンの姿が一瞬にして消えた。
「残念だったな。落とし穴を仕掛けさせてもらった」
落とし穴の端っこに尻尾が見える。
コンが落とし穴から戻ってきた。
「師匠。少し、怒ってもいいですか?」
「いいんじゃないか」
唐突な質問をされた。
適当に肯定をすれば、コンは怒らない。
「怒ります」
コンの尻尾がピンと伸びた。
これが、コンが本気の前に出す行動だ。
事前に俺の周りに《結界》を展開しておく。
モンスターの群れを殺した後だ。相当レベルが上がっている。
もう一枚《結界》を上書きする。
「死ね」
コンが少女の元まで移動した。
次の瞬間。金属が触れ合う音が響いた。
コンの刀と少女の鎌が触れ合っていた。
「この程度で勝てるとでも」
「遅かったですね。終わりましたよ」
少女の腕が地面に落ちた。
相手にばれないように刀ではなく、尻尾で切っていた。
コンをここに置き去りにして、帰ってもいいだろうか?
ん?
置き去り……。
「マクロ!?」
忘れかけていた存在を思い出した。
「師匠。マクロって誰ですか?」
少女に止めを刺していると思っていたコンが俺に近づいていた。
首に尻尾を巻かれている。
下手な事を言えば、殺されるかもしれない。
「コンたちの弟分みたいなものだな」
「会いたいです」
玉座で悶えている少女に一礼してから、転移を使った。
――――――
マクロが少女と腕を組んでベンチに座っていた。
「モヤモヤします。どうしましょう。師匠」
足辺りに尻尾が移動しているが、何をしたいのだろうか?
太ももの付け根あたりを重点的な気がする。
「少し、様子を見るか」
会話は聞こえないが、仲は良さそうに見える。
「師匠。この気持ちは何でしょうか?」
「破壊衝動じゃないか」
「多分、違います」
とうとう服の中に尻尾を入れてきた。
別に攻撃される訳では無いので、抵抗はしない。
マクロの方の様子が変わった。
「そろそろ、行くぞ」
「分かりました」
転移で移動した。
「リュウ・ローゼンを連れてきて」
「何この状況?」
少女の言葉に少々驚いてしまった。
「師匠。この少年が私たちの弟分ですか?」
コンの質問に答える暇はなさそうだ。
「まさか、本人の方から来てくれるとは」
「師匠。この少女は誰ですか? 殺してもいいですか?」
首を絞められて少し苦しい。
「リュウ・ローゼン。あなたを私の物に……」
「死にてぇのか? てめえはよ!」
コンの口からは到底出ないような声が出た。
「師匠の体は余す所なく私の物になるんだ!」
弟子に勝手に物にされたのが驚きだった。




