七五話 器
賢者が住んでいる木の家に着いた。
いきなり転移をされて、驚いている奴隷。いや、少年少女たちは俺を見ている。
誰も目に絶望が見えない。
生まれた時から奴隷として、生きている以上壊れる心すらないのだろう。
「早速だが、君たちを奴隷として扱う気は無い。逃げて貰っても構わない」
勿論、誰も逃げ出せるわけがない。
どうせ、ここから逃げても世界はハーフである自分たちを嫌う。
望みも希望もない。
「誰も行かないみたいだな。よし、俺はお前たちに力を与えてやる」
分かりやすいように力を見せつけるか。
なるべく派手で分かりやすいものにしよう。
各属性の球を手の平で回転させ、それらを空に放つ。
それらは雲あたりまで飛んで見えなくなった。
次の瞬間。轟音と共に空に花火が咲く。
……派手にやり過ぎたな。
驚いている子がほとんどだな。
「あなた様にとってのメリットは何でしょうか?」
銀髪のドワーフの少女が冷静に質問をしてきた。
「特には無いな。ただ、楽しそうってだけだ」
そもそも、国を作るとか奴隷を買うだとかは、帝国に着いてから思いついたことだ。
謎の奴に変な事を言われたあたりから、自分がよく分からなくなってきた。
孤独が怖くなってしまったのだろう。
「お前たちに名前はあるか? ある奴は手を挙げてくれ」
誰も手を挙げない。
これは面倒臭い事になった。
番号呼びをしてもいいが、それでは芸がない。
長い用語を少しだけ、変化させて名前にするか。
ぱっと、思いついたのは墾田永年私財法。
「じゃあ、俺が仮の名前を与えよう。まず、黒髪と黒尻尾の狐の君はコン。金髪のドワーフはデン。銀髪のドワーフはエネ」
七人もいると誰にどの文字を入れるかが大変だ。
それに、知り合いの名前を入れてしまうのを避けるためにもじる必要がある。
狐や猫や鼠。いろんな種類の獣人がいるもんだな。
「灰色の鼠の子はイン。白い猫の君はネン」
次は私財法の部分だが、どう組み立てればいいのだろうか?
「茶髪のエルフはシザ。これで女の子の名前は付け終わったな」
あとは一人の男の子の名前だ。
「最後に犬の君はマクロ。マクにしよう」
この世界にはいない。親友の名前を与えた。
「じゃあ、今、決めた名前を順番に言ってみようか。《洗脳》」
右から順番に言わせるために手を向けた。
「コンです」
「デン!」
「エネです……」
「インっす」
「ネンでーす」
「シザ」
正直、今すぐには憶えられる自信はない。
会話をする時にでも、ゆっくり覚えるか。
犬の子の方は一切、喋らない。
俺が魔法で言葉を出せない様にしているせいだ。
心の傷があるだろうが、一切を無視してマク以外に《洗脳》を使った。
弟子に不必要な記憶は要らない。
道徳的に考えれば、俺のやっている事は最低のことかもしれない。だが、その考えは向こうの世界での価値観であり、この世界ではほとんど意味が無い。
六人は捨て子だった記憶と元々俺の弟子だった記憶を入れている。
空っぽの記憶を信じるしかないのだ。
「君たちは、最高の才能を持っているから、明日から頑張れ」
手を叩き《ショック》で気絶をさせる。
《洗脳》の弱点はきっかけを得られたら記憶が戻る可能性がある所だ。
一言一言に気を使わないとばれる。
「マク。君だけは別だよ」
声を出せない事を知り、俺を睨みつけている少年を見る。
彼には才能がない。どの分野に対してもだ。
「さっきまで、怯えていた少女たちがまるで俺を親だと認識したか。気になるだろ」
この人間を買った理由は、男が一人にならないため。ただ、それだけ。
「それすら、考えていない所から見ても才能の無さが分かるな」
聞こえない様に呟く。
観察能力は質問をしてきたエネの方が高い。
少年が突進して来た。
「それが、抵抗か?」
戦闘センスも魔力もほとんどない。
「マク。お前にはこの少女たちよりも強くなって、幸せになって貰わないと困る。だから、この名前にした」
力をくれた親友の名を勝手に使っているからには、あいつの様になって貰いたい。
才能がなくとも、強くなれる。
「男同士。仲良くやって行こうじゃないか」
《ショック》で眠らせる。
「さて、全員を運ぶか」
寝転がっている七人を見る。
「それにしても、傷だらけだな」
体中がボロボロで、腕や足を切り落とす寸前まで来ている少女もいる。幸い俺でも治せる程度の傷だ。
すべて、治しておく。
「《風移動》」
七人を宙に浮かせて、運ぶ魔法を新しく作った。
家の中に入り、ベットを探す。
五百年前に魔王討伐をした後に住もうと考えた家なので、部屋の構造は大体覚えている。
「確か、ここを寝室にしたはず」
ドアを開けて、大人用のベットが五つある部屋を見つけた。
体の小さいドワーフのエネとデンを一つのベットに寝かせて、マクを地面に眠らせたら丁度足りた。
「ふう、疲れたな。汗も出て……」
頬を垂れる汗を触りながら、これからの教育方針を考えようとする。
「そういえば、賢者に報告しないとな」
魔力の位置からして、まだ城の中にいるな。
転移でローゼン家の部屋に戻った。
――――――
「なんで、レイがここにいるんだ?」
王城に魔力があったから、大体予想はしていたがなぜここにいるのだろうか?
そんな事より、ローゼン家勢ぞろいでいるせいで、今の口調はまずい。
「すまない。少し移動する」
すぐにレイの腕を掴み、転移した。
――――――
「なんなのじゃ?」
急に転移させられたのに文句を言わないのは助かる。
「ああ、ちょっと頼みたい事があってな。今日、七人の奴隷を買ったんだが、あの家に住まわせてもらえないか?」
考え込む様に下を向いている。
もし、駄目だったら、〈死の森〉の世界樹でも支配すればいい。
「奴隷って、面倒臭くない? いつものリュウなら」
「そうだな、世話は面倒臭い。だが、生きている意味が欲しい。目的が無いのは怖いんだ」
心の中をすべて、打ち明けれる仲間は今は一人しかいない。
王城で聞いた声以降。一人でいる事が怖くなった。いや、自由が怖くなってしまった。
今の俺を縛れる人間は存在しないだろう。
全てをねじ伏せる力を持っている。
孤独な最強もかっこいいが、俺には無理だったみたいだ。
先生の言葉を裏切る訳では無い。
少し、解釈を変えただけだ。
自分に言い訳をしている自分が憎たらしい。
「ついて来るのじゃ」
家に入り、一つの部屋についた。
「ここに死体があるのじゃ」
部屋の中には知っている死体が液体の詰まったカプセルの中にあった。
傷一つなく。しかも、寝ているように血の色がある。
それが、二つ。
「膨大な魔力があれば、復活できるようにしておる」
屈みこんでしまった。
手を顔に当てた。
「これは……涙?」
何年かぶりに涙を流していた。




