六九話 兄として
謎の少女の為に採ってきた黒い世界樹の葉っぱを渡すために元の部屋に戻った。
「あの少女はどこ行った?」
部屋に戻るとシーだけがいた。
依頼の品である世界樹の葉っぱを出す。
「彼女なら今頃、シュウとイベント中ですね」
「そうなのか」
攻略される気持ちは分からないが、楽しくやっているならそれでいい。
「このイベントで左腕と右目を失いますけど」
「ちょっと待て!」
乙女ゲームってそんなグロいシーンってあるの?
その手のゲームには詳しく無いので分からない。
「シュウはいつ頃ここに来る?」
「あと、ニ五分後に帰って来ます」
頭に手を置いて考える。
他人の腕と目を再生させる能力は俺には出来ない。
勇者の時は聖女ジュリアに仲間の再生は任せていた。
勇者の時といえば、あいつが居た。
「すぐ戻る」
転移である場所に移動した。
――――――
「って訳なんだが。来てもらえるか?」
「いいのじゃ」
「ありがとう」
久しぶりに賢者に頼みごとをした気がするな。
そういえば、身長が大体同じぐらいになっている。
「相変わらず、成長遅いな。確か体の成長が一般の人間の百分の一しかないもんな」
「四歳の頃まではちゃんと育っていたんじゃがの」
「でもさ、十五歳でその身長は少し低いと思う」
レイの身長は一三〇センチあるか無いか位。
個人差もあるだろうが、五百年で三〇センチは可哀そうだな。
現在のんびりしているが、これが賢者流なのだ。
結果さえ残せば、その過程でどんなにのんびりしていてもいい。
俺はレイの事をいい奴だと信じている。
何故なら、神がよく仰っていた『勝てばいい』と似ている思想だからだ。
今回の目的はシュウの欠損について、どうにかすればいい。
のんきな会話も悪くは無い。
「そういえば、南の最果てにある〈死の森〉で世界樹の葉っぱを持ち帰ったんだが、どんな能力があるんだ?」
「ちょっと待つのじゃ」
黒い葉をレイに預ける。
すると、目を瞑り集中し始めた。
あいつは道具や素材を触るだけで情報を入手する。
その精密度は【鑑定 十】を遥かに上回る程だ。
「これは南の世界樹の葉っぱ。世界樹は東西南北にある領域の中心にある。そして、それぞれを集めると世界の中心にあるダンジョンへの挑戦権を獲得する。そのダンジョンの中には特殊な金属が眠っている……のじゃ」
後付けの「のじゃ」が面白い。
そんな事より、特殊な金属を使って義手でも作ればかっこいいよな。
ついでにダンジョンも攻略してやるか。
「そろそろ、転移するぞ」
「分かったのじゃ」
手を繋ぎ転移した。
――――――
「リュウにい。シュウが来ました」
シーの言っていた通りに左腕が無い。
更に顔も見るに堪えないほど切られている。
これは酷い。
腕の切断面は焼けているお陰で大して血は出ていないが、体にも無数の切り傷があった。
出血が激しい。
俺がシュウの代わりに戦っていれば、こんな事にはならなかった。
……いや、これはシュウが乗り越えないといけない壁の一つだろう。
こんな所で死なせる訳にはいかない。
担いでいるの確か、精霊王のヴェリトラ。
体が薄くなっている。精霊王は外に出ている時は魔力を消費するらしい。
本来は契約主の魔力を使っているが、今のシュウには魔力が無い。
もしかして、自分の魂を削ってまでシュウを運んだのだろうか?
「すぐに治す。レイ。やるぞ」
「分かった」
「のじゃ」がないのは悲しいが仲間以外の前では素を出さない奴だからだ。
「とりあえず《回復》はかけているが全然治らない」
「呪いの類」
「こんな時にジュリアが居れば一瞬で終わるのに」
《解呪》の魔法は少々特殊で俺は他人に使えない。
「仮染めで行くぞ」
「了解」
レイがシュウの傷口に手を触れ集中する。
「分析完了」
「よし、俺に送れ」
空いている手を掴み、俺もシュウの体に触れる。
レイの頭と俺の頭が当たった。
膨大な情報が脳みそに入ってくる。
すべて、シュウの細胞の構成。
単純に見えて、人の体は複雑に作られている。
それを賢者が解析し勇者が治す。
「「《模写回復》」」
同時に詠唱をする。
体細胞分裂を促すのが無理なら、細胞そのものを魔力で作ればいい。
俺、一人だと不可能な事でも賢者と協力すれば可能に変えられる。
レイが鼻血を出し始めた。
情報の処理は九割九分九里、レイに任せている。
一里だけでも頭が破裂しそうなのにそれの九九九倍の痛みなんて想像もつかない。
シュウの腕と目が戻ると同時にレイが倒れた。
すぐに抱き留める。
「よく、頑張ってくれた。ありがとう」
《回復》で傷を治した。
レイをソファーに寝かせてから、シュウの状態を確認する。
「シュウの傷は深刻だ。剣を本気で握る事は普通なら無理だろう。作った細胞に栄養が行き渡っていないから、腕はすぐに腐り落ちる」
――剣の道を諦めさせる。
そんな事はしたくない。俺を倒せるほど強くなって欲しい。
目が覚めたみたいだ。
「一応。処置はした。皮膚の抉りは大体治したが、左腕と右目が欠損している」
「何言っているの兄さん?」
手を動かして確認している。
神経を強引に繋げたせいで動いているだけだ。
現実を伝えたくない。
「それは仮に作った腕と目だ。一日もせずに腐り落ちる」
「仮の……体」
落ち込んでいる弟を見たくない。
「そうだ。そこで義手と義眼を作ろうと思う」
【アイテムボックス】から、三種類の金属を取り出す。
すべて、〈嫉妬〉で入手した物だ。
魔法用のミスリル。硬さのオリハルコン。万能のアダマンタイトを紹介した。
「一週間待ってくれれば、新しい奴を持ってこれる」
まだ見ぬ金属も紹介した。
「兄さんありがとう。一週間後に決めていいかな」
「分かった。だが、仮染めの腕は今日だけだ」
「うん」
よし、決めた。
「シー頼みたい事がある」
「なんでしょうか?」
俺が言いたい事を分かっている顔だな。
「レイを俺とすり替えておいてくれ」
「分かりました」
今から、世界樹の葉っぱを集めに行く。
貴族のパーティーに参加しないのも問題になる。
なら、代理を立てるだけだ。
「あと、これをルーミスに渡して、服を作ってくれ」
魔剣で体に傷を付け、血を適当なコップの中に入れた。
代金代わりだ。
「そして、これをレイに」
髪の毛を一本抜いて、テーブルの上に置いた。
これを、解析でもして俺の蛮行を許して欲しい。
「じゃあ、先に西に行ってくる」
黒い服に着替える。
忘れかけていたが、世界樹の葉っぱをシーに渡しておく。
『今までに行ったことのある中で一番西は何処だ?』
『魔王城付近です』
槍を持って、転移した。
――――――
懐かしい城の近くに転移した。
龍状態のユミナに壊された城の一部が戻っている。
流石に数年の内に直す能力はちゃんとあるみたいだな。
魔王ってもういるのだろうか?
……今はそんなことはどうでもいい。
槍を構える。
「穿槍」
西の果てにはトラップ満載の平原〈あの世への誘い〉。
一秒でも早くシュウに新たな腕と目を与えるために先を急いだ。




