六一話 吸血鬼
貴族のパーティーに出ることになり、面倒臭い事案が一つ発生した。
「やべえ。着ていく服を持っていない」
今というか俺が普段着ている服は五番隊の真っ黒の服。
軍服ということもあり、大して凄い素材で作られている訳でも美しいデザインをしている訳ではない。
俺はこの服で出ても何の恥でもないが家の恥になるのは困る。
「お父様。私は何を着ていけばいいですか?」
考えても分からないので当主のロイに聞いた。
「そうだな。家にいる裁縫士に作らせよう。呼んでくるからちょっと待っていろ」
ロイが部屋から出て行った。
裁縫士? そんな職業聞いた事が無い。仕立て屋の事なら知っているが。
待っているとスカートを穿いた短い赤髪の人が部屋に入って来た。
開いている窓からの日差しが可愛らしい顔を照らす。
「今は使用人だがこいつなら服を作ってくれるはずだ」
「はい。私にかかれば一日で貴族用の服なら作れます」
女性っぽい声や顔、服装をしているがあいつは男だ。
家では男女で風呂に入る時間を分けている。
俺が入っている時によく話しかけてくる奴だ。確か名前はルーミス。
女装をしていることを否定はしない。
個人の尊重は大切だからな。
「じゃあ。今日はお願いします」
「分かりました。作成所に向かいますのでついて来てください」
作成所。また聞いたことの無い名前だな。
ついて行くと一つの部屋に着いた。
「ここが私のアトリエです。さあ、入って下さい」
背中を押されるようにして部屋の中に入った。
中には大量の布が畳まれて部屋の端っこに所狭しと置いてあった。
どんな色の布があるか部屋の歩いていると後ろからドアが強く締まる音が聞こえた。
ドアの方を見るとルーミスが鍵を閉めている。
「……やっと捕まえましたよ。さあ! 脱いで貰いましょう」
「へ?」
あまりの衝撃に間抜けな声が出た。
捕まえた? 脱いで貰う? もしかして、こいつはあっち系とか。
いや、変な考えをしてはいけない。
相手は裁縫士。なら、採寸を正確にするために服を脱がす。そういうことだなきっと。
服を脱ぎ、裸になったが明らかにルーミスの目が光っている。
軽くホラーだがこれは服を作るため。
「これって、採寸だよな」
確信を得るために質問をする。
「いえいえ。それだけでは無いです」
やべえ。本当にあっち系だったのか?
完全に罠だったとは。
「ほら、早くあそこに立ってください」
指を指された方向を見ると台が置かれてあった。
指示に従い台の上に立つ。
「少し。そのままで」
ルーミスは布を何枚か取り俺に近づいてきた。
「こんな感じでいいですかね」
目の前にある机に持って来た布を置き、一息ついた。
息が俺の肌を撫でる。
「行きますよ。スキル発動【服作り】」
!?。見えない。
レベル二百オーバーの俺でも目視出来ない速さでルーミスの腕が動いている。
上半身の服が完成し下半身の制作にもう取り掛かっている。
そんな中、質問が飛んできた
「二本の魔剣は腰に入れられるようにしますがいいですか?」
「ああ、それで頼む」
一分もかからないうちにカラフルで豪華な服が完成した。
あまりにも早すぎる。
「これでいいですか?」
「ああ、いい感じだ」
裁縫士。まさしくその名にふさわしい速さと完成度だ。
「じゃあ。あとは報酬を貰いたいんですけど」
「報酬?」
金なら別に構わないが。
「少し失礼をします」
抱きついてきた。
本当にあっち系だったとは。
服を作ってくれた報酬を払わずに奪うのはクズのする行為になる。
勿論、俺は無抵抗になるしかない。
首あたりに針を入れられた感覚がすると同時にルーミスが発光し始め体が変化した。
髪が伸び胸あたりに柔らかい感触がする。
「はあ。はあ。やっぱりおいしいですね」
血を吸われた事を理解した。
吸われた事自体は特に問題は無い。
だが、今まで男だと思っていた奴が急に女になるのは困る。
「姿。戻ってるぞ」
「すいません。興奮すると解けるスキルでして。スキル発動【容姿偽造】」
短髪の男に戻った。
「私が吸血したのに動揺がないですね」
「この世界にはいろんな種族がいる事ぐらい知っている。それにしてもさっさと離れろ」
「このままじゃいけないんですか?」
「ダメだ」
渋々ルーミスが俺から離れる。
すぐに黒い服を着た。
「あれ。私の作った服は着ないんですか?」
「この服が気に入っているからな。作って貰った奴は貴族として前に出る時だけだ」
「そうですか。新しい服が欲しくなったら血を頂ければ、何でも作りますよ」
「吸い過ぎないでくれよ」
服を【アイテムボックス】に入れて部屋を出る。
まさか、家の中に吸血鬼がいるとは驚きだった。
獣人やエルフ、ドワーフなら会話をしたことがあるが伝説と言われている吸血鬼に出会えるとは考えもしなかったな。
種族の事は考えないでもいいだろう。
それより今は作られた服が俺に似合うか第三者の目によって確認してもらうことが優先だな。
部屋に戻るために歩いていると偶然シーを発見した。
「シーちょっと部屋までついて来てくれ」
「はい。構いませんが」
本当はユミナにチェックをして貰おうとしたがシーでもいいか。
俺の部屋に二人で入り、鏡が付いているクローゼットを開く。
【アイテムボックス】のテクニックを久しぶりに使う。
服を高速で着替える。
「いつの間に!?」
シーが驚いているが教える必要は無いだろう。
「似合っているか?」
「え。あ。そうですね」
俺をじっくり観察してきた。女性にしか分からないセンスがあるのだろう。
三分程じろじろ見てシーが口を開けた。
「なかなかいいデザインだと思います。でも、かっこよさが目立たないというか、貴族としては高評価ですけどリュウ兄のかっこよさが引き立っていませんね」
「そうなのか」
女性にしか分からない感性もあるものだな。
別に求婚を目的としたわけでは無いのでかっこよさはどうでもいい。
「それにしても、その服はルーミスさんに作って貰いましたよね?」
「そうだがどうした?」
まさか、女装を否定する気か?
「彼がどんな服を作るか気になっていたんですけど、これなら私も服を作って欲しいです」
「俺から言っておこう」
「ありがとうございます」
なんだ、服の依頼か。
どうせルーミスは俺が風呂に入っていると隣によく来るその時にでも頼めばいいだろう。
「失礼します」
シーが部屋から出ていく。
クローゼットの鏡で自分を見る。
目測で身長一六〇センチ。十歳にしては高身長で顔も普通な前世に比較にならない位でイケメンと言ってもいい位。
シーにはかっこよさが出ないと言われた服も特に大して変な訳では無いと思うが、男には分からない感覚があるのだろう。
「スキル発動【龍纏】」
初めて鏡の前で容姿が変化するスキルを使った。
今までは特に気にして無かったが他人から見た視点も気になる。
見るも無残な化け物になっていたら今後の使用を控えないといけなくなるな。
「なんだ。これ」
腕や足は白と黒の鱗で覆われていることは知ってたが背中に翼が生えていることは知らなかった。
右側は天使のような白い翼。左側には悪魔のような真っ黒い翼。
それぞれが三枚の対で合計六枚生えていた。
そういうことか。
もう一歩飛びたい時や着地する時に浮遊した原因はこの翼があったせいだったんだな。
もしかして、こんな目立つ姿で魔王城や竜人の里にいたのか?
今、考えるとドン引きする格好だ。
救いとしては背中の翼は魔力で作られていて、服を突き破っていない。
スキルを使うたびに破けていたら没スキルに落ちていた。
解除を意識するとスキルが解ける。
精神状態や時間によって【龍纏】から元に戻る。
「少し、休むか」
血を吸われたせいか倦怠感がする。
ベットに寝転んで精神を集中させる練習でもしますか。
――――――
目を開けるともう日が傾いており、薄っすら赤色になっている。
「今日は飯を食べる前に風呂にでも入るか」
立ち上がって、のんびり歩いた。
家が広いとこういう時に不便だ。
「おや、リュウ様も今から風呂に入るのですか?」
ルーミスが話しかけてきた。
「ああ、そのつもりだがお前はどっちで分類すればいい?」
「この形態の時は男として見て貰っていいです」
「分かった」
吸血した時には女でスキルで偽造をしている時が男。
複雑だが種族柄。仕方がないのだろう。
脱衣所で服を脱ぎお風呂場に足を踏み入れる。
滑らないように気を付けながらシャワーで体を流してから湯船に浸かる。
「ふう」
体を綺麗にするだけなら、魔法を使えばすぐだが、お風呂の文化をやめられない理由はこの気持ちよさも入っている。
「隣。失礼します」
ル―ミスが入ってくる。
「服を作るのを頼みたいんだが」
「はい。喜んで」
目が輝いている。
ああ、俺の血を吸うことが楽しみなのか。
「今回は俺のじゃなくて、シーの服を作って欲しい」
「シーちゃんの奴ですか」
あからさまに落胆しやがった。
「シーの血は吸わないのか?」
「吸いませんよ」
「どうしてだ?」
「それは……」
血の質とかなら、兄妹であるシーからでも俺と同じような血は取れるはずだ。
「種族差別が怖いんですよ。吸血鬼なんてそうそういないですから」
「なら、なんで俺ならいいんだ」
「ユミナさんから聞きましよ。リュウ様は種族を一切差別しないって」
「ということはユミナの種族を知っているのか?」
質問してばかりだが種族関係については俺の思っている以上に深刻である可能性が高い。
慎重に話を進めた方が地雷を踏まなくていい。
「はい。知ってますよ。お互い珍しい種族ですからね」
「そうだろうな」
吸血鬼と竜、いや今は龍人のユミナはそうそうお目にかかれる種族ではない。
それは今も五百年前も同じだ。
「そういえば、お前は日を浴びても大丈夫なのか?」
吸血鬼と言えば日光で灰になるとかそんな噂を聞いた事があるが、ルーミスは一切ダメージを食らっているようには見えない。
「一般的な吸血鬼はすぐに灰になりますけど、私は特別ですよ」
「特別って。いや聞かない方がいいか」
「いいですよ。なんせ、私は……」
ルーミスの髪が長くなり始めたので湯を一部蒸発させて視界を隠す。
「吸血鬼の頂点。始祖ですから」
蒸気でどんなポーズを取っているかは分からないが誇らしげな声だった。
とりあえず、始祖は吸血鬼の頂点とだけ覚えておけばいいだろう。
「今、思い出したんだが吸血された奴が吸血鬼になるってことは無いのか?」
種族の違いを気にするあまり忘れていたことを質問した。
もし、吸血鬼になったなら『太陽』を消滅させてずっと夜にする覚悟がある。
「大丈夫ですよ。他の奴らは偶に無差別に変えていきますが私は本人の強い承諾が無い限りは吸血鬼にしませんよ」
「なら、良かった」
これ以上話そうにものぼせそうだったので止めて、風呂から上がった。
脱衣所に入る時にはルーミスの髪が短くなっていた。
「珍しい種族も大変だな」
「本当にそうですよ。二百年前に剣聖のスト―。いえ、お世話になるまでは吸血鬼狩りとかよくあってビクビクしましたよ」
「それはご苦労様」
人それぞれ苦労があるもんだな。
「私の話を聞いても面白くないでしょう。暇な時にでも聞いて下されば私は嬉しいですけどね」
「暇な時に聞こう」
他人の人生談は面白い場合もかなりあったりする。
しかし、長話は本当に暇な時にしか聞かない方がいい。
貴族のパーティーに着ていく服で家族がいる小さい食堂へ向かった。




