五六話 嫉妬の邪神
第百層を進んだ先には大きな扉があった。
ダンジョンボスの部屋の前だ。
「これでやっと家に戻れる」
扉の奥の奴を倒したら、〈嫉妬〉を攻略したことになる。
「スキル発動【龍纏】」
速攻で倒すために扉の前で宣言の必要があるスキルを使っておく。
体が変わる。
右腕が白い鱗に覆われ、左腕が黒い鱗に覆われる。
鱗の数が多くなった気がするな。
疑問に感じつつも二本の魔剣を抜くために触る。
……!?。
静電気が流れた時の痛みが腕を襲った。
なにが何だか分からない。
白い右腕に黒のボールト。黒の左腕に白のポネスト。
もしかして――。
腕をクロスさせ、右でポネスト。左でボールトを触る。
「なんだ。この力は」
【龍纏】で上がった身体能力が更に二倍以上いや、まだ増している。
普通の状態で魔剣を使っても何も変化が無かったのにどうしてだ。
両腕の鱗を【鑑定】した。
創造の鱗――天界に住む創造龍の力を持つ鱗。渾沌と交わることが無いが、秩序と交わると力が解放される。
消滅の鱗――魔界に住む消滅龍の力を持つ鱗。秩序と交わることは無いが、渾沌と交わると力が解放される。
なんか、言葉が壮絶すぎる。
こんな時はボッチの数。素数を数えて落ち着けばいいと聞いた事がある。
一、二、三、五、七、十一、十三、十七、十九……
百までの素数を数えた。
「諦めるか」
すごい力を手に入れたが、これはチートではない。
すべて、俺が努力して手に入れた力だ。
覚悟を決めて、ドアを押した。
部屋の中は真っ暗だが【夜目】で昼間のように見える。
「最後はオールスター。やってやるよ!」
今まで戦った魔物が勢ぞろいで待っていた。
総勢九九体。俺の姿をしたドッペルゲンガーもいる。
渾沌魔剣ボールトを本気で一回振る。
一瞬にして、ドッペルゲンガー以外の魔物が真っ二つに切れた。
「ドッペルゲンガー。お前だけはなかなか倒せなかった」
「俺はお前。何も変わりやしないさ」
今までなら苦戦した魔物。
「!?。使えない」
魔物の体がスキルを使っていない状態の俺に変わる。
秩序魔剣ポネストの能力【節制】で俺の戦闘に関係ないスキルを封印した。
俺が封印したことにより、相手はランダムにスキルを封印される。
その一つに【龍纏】があったのだろう。
ドッペルゲンガーが弱くなった隙を見て首を跳ねた。
実はまだ倒しきれていない魔物が一体いる。
「兄さん酷いじゃないか」
シュウの形をした肉だ。
だが、こいつも【節制】を使い、スキルを封印し、首を飛ばすとそれきり再生しなかった。
【復活】的なスキルを持っていたんだろう。
封じればただの肉だ。
「これで全部だな――っておっとっと」
急に地面が揺れ始めたがすぐに収まった。
「階段が出たとかだろうな」
降りる階段を探し出した。
何もドロップしてないようなので下に降りた。
――――――
降りた先は〈龍の巣〉の時みたいに小さい部屋があるのではなく、財宝が大量に置かれた大きな部屋があった。
金の延べ棒や宝石で装飾された武具。
正直、俺はそこまで金には興味が無いので無視をする。
「俺はさっさと帰るんだ」
独り言を呟きながら、速足で歩いて行く。
一分間歩いていると、金で作られた扉を見つけた。
扉を開けた先には〈龍の巣〉のダンジョンコアがあった部屋より、二回り大きい部屋があった。
中心には豆電球のようなダンジョンコアがある。
触れようと近寄ると見えない壁に阻まれた。
奈落から出ようとして邪魔された壁に似ているな。
【節制】を使い解除する。
正体が分からなくても、スキルによるものだと何であろうと消す。
【暴食】に劣らない能力だ。
ダンジョンコアに近づく。
「待って! いや、待って下さいお願いします」
目の前の地面から長いエメラルドグリーンの髪をした美少女の半身が急に生えた。
恐れていたことが起きないことを願う。
「〈嫉妬〉完全攻略おめでとう。私はこのダンジョンを作った嫉妬の邪神レヴィータン。気軽にレヴィタンでもレヴィっても呼んでもいいよ」
良かった。最悪の事態にならなくて。
もし、この子が封印やらなんやらだったら絶対に面倒臭いことなっていた。
安堵のため息をつく。
「あれ? 邪神って名乗ったのに全然驚いていないの? 安心した所から見ると私たち邪神の信仰しゃ……」
「違う!」
強く否定する。
「なら良かった。たまに見るけどあいつ等キモイよ。レヴィはもっと面白い子から信仰されたいな」
「そうですか? んで、私に何か用でも?」
相手は邪神。少なくとも神の名がついている事から俺よりは強いだろう。
さっきは仕方がないが、相手の気分を害するのは得策ではない。
「素の話し方でいいよ。それにしてもレヴィが作ったダンジョンをよく攻略したね」
「魔剣があったからな」
「渾沌と秩序。凄い剣だね。レヴィでもこんな凄いもの見たことが無いよ」
「そうなのか?」
神ですら見たことが無い剣。
持っていると面倒臭いことになるならとっとと捨てよう。
「君を魔界にお持ち帰りしたいけど。厄介なものがあるから……。よし、諦めよう」
「そうしてくれ」
半身しか出てなかった少女が動き全身を地面から出した。
そして、俺に近づいた。
「さて、本題に入ろうか君は誰に落とされたの?」
「自分で落ちた」
変な質問をされた。
確かにクラス転移では奈落はお馴染みだが、俺は今は勇者じゃない。
「凄いね。もしかして、レヴィに会いに来たのかな?」
「違うな。それより早く地上に返してくれ」
まだダンジョンコアに触れていないが、いつでもこのダンジョンは攻略できる。
今すぐ帰れば、ただ森に迷っていただけで話は済む。
「ノリ悪いなー。そんなんじゃ女の子にもてないよ」
レヴィが頬を膨らませて文句を言ってきた。
「時間が惜しい。早くしてくれ」
「ふーん。そういうことね。君の事情は大体把握したよ。この空間は時間の流れが下界とは少し違うから大体向こうの一秒がここでは一日位。だからね」
笑顔で首を傾げてくる。
急いでいる理由が無ければここに長居しても大丈夫だよね? ゆっくり話そうよ。と暗に言われている。
「そうだな。ダンジョンを作った理由についても気になるし、ここにいてもいいか」
「ありがとー。私にとっては人間と話せる貴重な機会だからね」
時間の縛りが無ければ、目の前にいるのは神。
今まで疑問に思ったことを全部聞こう。
――――――
三日間テンションの高い嫉妬の邪神に質問し時には質問されを繰り返した。
最終的には俺が元勇者で転生者であることを話した。
「リュウがあの有名な勇者だったんだ。レヴィも見てたけど君の冒険が一番面白かった。他の勇者って欲にまみれ過ぎて楽しさの欠片もなかったよ」
「有名ってなんだ?」
神の中で有名?
喧嘩を売った記憶は無いが。
「ああ。人間は知らないんだった。召喚される勇者と魔王はね。神の玩具って言ったら誇張しているけど人気な娯楽なんだ」
「そうなのか」
「驚かないね。神に復讐とかしないの?」
「復讐? そんな面倒臭いことするわけ無いだろう」
面倒臭いを上回る復讐心なんて、今は持っていない。
「私は嫉妬の邪神だけど、今のリュウなら怠惰の邪神に推薦したくなるね」
「そりゃどうも」
「つれないなー。ほら神だよ。邪神だよ」
「嫉妬って言っときながらレヴィは何を妬んでるんだ?」
俺が面倒臭がりだから、怠惰になるのは分かる。
なら、レヴィは何を嫉妬したのだろう?
「リュウの知り合いにに何回も変身した魔物が居ると思うけど」
「ああ、居たな」
第九九層にいた肉の事だな。
「あれ、レヴィの海のようにある暴走した力をほんの一滴入れて作ったんだ。結構、厄介だったでしょ」
「あれがレヴィの本性か」
「そうだね。邪神であるレヴィは完全に制御しているけどね」
「そろそろ帰らせて貰ってもいいか?」
ここでレヴィと話す事は楽しいがそろそろ眠たい。
五日も寝てないと流石に体が睡眠を欲する。
「本当はもっと話したいけど、仕方がないね。……よし、リュウの事は気に入ったしレヴィの部下の悪魔を派遣しよう」
「なんでだ?」
俺の頭を撫でながら言葉を発した。
「いつでも監視をするためだよ」
レヴィの言葉と笑顔に真っ黒い狂気を感じた。
狂気を感じたのに俺の心は異常なまでに正常だ。
「そうなのか。で、どんな悪魔が来るんだ?」
「そうだね。美少女タイプも美少年タイプもあるよ。他にもモンスターみたいな形もいるよ」
「憑依してくる奴はいるか?」
「それはかなり上位の悪魔だね。あ! 適任の方がいるからちょっと待ってね」
レヴィが地面に消えていった。
――なんでさっき憑依なんて言葉を使ったんだ?
別にいいか。
数分後、レヴィが地面から生えてきた。
「派遣してきたよー」
「そうか」
「どんなのが来るか説明するね」
害がある奴が来たら、一発殴ろうと決めて説明を聞く。
「なんと消滅龍さんが来てくれることになりました。私よりも格が上の神がくるなんて、プレミアムだね」
「はあ!?」
「大丈夫。リュウの話をすると二つ返事で了解を貰えたから、悪いようにはならないはずだよ」
消滅龍。
【龍纏】の時に俺の左腕を【鑑定】した時に出たやばそうな龍だ。
「まるでリュウの事を知っているかのように聞いていたけどね。あ、そろそろ来るっぽいよ」
体の中に何かが入り込む感覚。
『どうも……』
頭の中に内気な少女のような声が響いた。




