五二話 死と前世
部屋に転移すると、アルレの服が置いてあった。
何故か霧が発生して、裸の姿を見ている訳では無い。
すぐに部屋の端っこに移動し、三角座りをする。
良かった。面倒臭いことにはならないだろう。多分。……きっと。
「どうしたの? リュウ君」
よし、話掛け方的には怒っていない。
「精神を集中させてました」
嘘? いや、見たい気持ちを抑えることは精神を鍛えることに入るはず。
アルレの方を見る。……そして、そっと壁に視線を戻す。
「そうなんだ。すごいね。朝から」
下のズボンを穿いていない。
なんで、こんなに無防備なんだ?
そうか。今の俺は七歳児だ。
子供に対してそんなに注意する必要が無いということなのだろう。
「とりあえず。服を着て下さい。お願いします」
「私に魅力が無いのかな?」
駄目だ。こりゃ。
「僕は男なんで、いつ獣になるか分かりませんよ」
「リュウ君だったら、私は受け入れるよ」
もしかして、昨日の勝手に繋がった会話が何か影響しているのだろうか?
だー! もういい!
「服を着ろ。命令だ」
「はい。分かりました」
お、素直に聞いてくれた。
「ふう。それじゃ。飯を食べに行きましょうか」
「はいはい」
いつもの小さい方の食堂へと向かう。
何故か手を繋いだ状態だが。
歩いているとユミナに出会った。
「アルレさん。ここからは私がお連れするので、あなたは兵士の方々と共に大食堂に行って貰ってもいいですか?」
「護衛は……」
「大丈夫です。剣聖のロイ様が居ますから」
「分かりましたよー」
俺の貴族らしくない食べ方を見られると屈辱的なので丁度良かった。
その後は特に問題なく食堂に着いた。
「よし、みんな揃ったな」
「兄さん。遅いよ。早く食べよ」
シュウが待ちくたびれていたみたいだ。
今日のメニューは新鮮な野菜のスープとパン。
思い出した。塩を竜人の里から貰っていたんだ。
大体はベットの下に隠したが、少量を小さな袋に入れて【アイテムボックス】の中に入れていたんだ。
「遅れて悪かった。お詫びというか、これ」
手の平で持てるほどの袋を机に置く。
「ユミナの実家から貰った塩だ」
「リュウ!」
ロイに呼ばれた。
「なんでしょう。お父様」
「どうやって手に入れた?」
「……ああ。そういうことですね。変な奴らに襲われていた所を助けたお礼です」
「なら。いい」
忘れかけていたが、竜人の里に行くときの約束の一つ
『貴族であると言って、威張って村の人に迷惑を掛けないこと』を守って塩を入手したか聞きたかったのだろう。
「この袋十個分ぐらいあるんで、食べましょう」
全員のスープに塩を一つまみ入れる。
「じゃあ。いただきます」
パンを千切り、スープの中に入れる。
少し時間を置き、スプーンを使いパンを食べる。
美味いな。
素材は元から良かった事もあるお陰もあるな。
俺以外の口にもあっていたみたいで、驚きの表情を浮かべている。
いいことをしたな。
速攻で食べる。
「ごちそうさまでした」
さて、部屋に戻りますか。
廊下を歩いている途中で咳をした。
最近、寒くなってきたな。
摩擦熱を起こすために手を擦り合わせる。
なんか、べとべとするな。
手を見ると真っ赤に染まっていた。
「!?」
口の中に鉄の味がする。
あれ、なんか意識も朦朧としてきた。
「クソが! 《自己解析》」
体の中を調べる魔法を使い、血の原因を探す。
「ウイルス性の猛毒。それも超遅延性。そうゆうことか」
これはドクが【憤怒】を使った時に出した毒だ。
このままだと俺は一時間もせずに死ぬだろう。
「でも、まだマシな状況だ」
毒が未知の存在が盛った物だったり、他人に感染するものだったら、追加で家族を失う所だった。
どうしようか? 《毒解除》を使っても、ウイルス性の毒。例えば風邪を治すことはできない。
転生してからは初めて味わう死の感覚。
死にたくない。……とは特に思わない。
死後の世界がどうであろうと面倒なことが無ければ俺にはどうでもいいことだ。
「せめて、〈嫉妬〉の崖から落ちてみるか」
死ぬという結果が同じなら、死に方なんて関係が無い。
首を飛ばされようが、全身を火で焼かれようともすべては同じ死。
なら、心残りが無いように死んでやる。
『クウ。頼む』
『はい。……分かりました』
約一年ぶりにやって来た。
安全を取ろうとして、今まで放置していた。なんでも飲み込むように開いている崖。
あと少しで、俺の目の前もあの崖の底みたいに真っ黒になるだろう。
血を吐きながら考える。
――今世は誰も信じることができなかった。
橋から崖に落ちた。
――――――
落ち行く感覚の中。前世の光景を思い出した。
初めはただの走馬燈かと考えたが違うみたいだ。
前世のすべて、人の名前や顔。自分の存在について一気に入力されている。
俺がなぜクズを異常に嫌っているか?
他人に対していい性格をしていたのか?
すべて分かった。
……だが、今から死ぬみたいだ。
感覚的に高低差が三千メートルは落ちている。
等加速度直線運動によって落下速度も速い。
それに体と魔力の自由が利かない。
ステータスがかなり高くても魔法による防御が無いとトマトを潰したようなものになってしまう。
これが俺の最後か。
二回目の人生をくれたプラハスには感謝しても感謝しきれないな。
死の時間は確実に一刻ずつ近づいている。
「こ……し…て。や……」
喋る事すらできない。
今回はダンジョンに食べられて死体は残らない。
アンデットになって働かされる可能性が無いのはまだ幸運だな。
視界が本当の闇に包まれた。
――――――
リュウを転移させた後、クウは白い空間に居た。
「ああ。私はなんと惜しい人を無くしてしまったんでしょう」
クウは誰もいない空間に呟く。
「折角、面白そうな契約主を見つけたのに。ここ十年間、私は失ってばかりですね。あの人なら我が友の暴走も止められたかもしれないのに」
弱い精霊には心は無い。
「空間の精霊王と言われて、かつては変な事を一緒にやる仲間がいた時が懐かしい」
精霊王。各属性の長に君臨する精霊。
百年に一体召喚されるかされないか位のレア度。そして、その絶大な力から契約したものはほとんどが英雄になった。
「他の精霊王は生きていますね。!?。水と氷が動きそうですね。更に火も。これは面白い時代になりそうですね」
クウは早速、元契約主の事を忘れたみたいだ。
「はあ。次に私に相応しい方が来るのは何百年後ですかね」
光の球は何もせず、そこに留まった。




