五十話 専属護衛
二時間ほど柱の上にいると結界に反応があった。
『クウ。結界の内側に転移頼む』
『分かりました』
一瞬にして、地面に転移する。
クウは無詠唱をできる様になったらしい。
一体、いつ練習しているんだ? 今はどうでもいい。
結界の外にいる人達を見る。
全員が鉄の兜を被り、それ以外は一切の防具をつけていない。
そして、見覚えのある軍服。
思い出した。アーツ王国の兵士の制服だ。
「これは、ローゼン家のご子息のリュウ様ではありませんか。なぜかここから進めないのですが、どうすれば」
先頭に立っていた男が代表で話かけてきた。
俺。顔バレしているんだな。
「今なら通れますよ」
《結界》の一部に穴を開ける。
「ありがとうございます」
ざっと五十人の兵士が結界の中に入ってくる。
「私はこのあたりでのんびりします。あと、あの柱は私が作ったものなんで気にしないで下さい」
この喋り方は疲れる。
しかし、いつも通りの話し方だと公爵家としての品格が問われる。俺だけが評価を受けるのはどうでもいいが、育ててくれた親や可愛い弟と妹にまで、恥をかかせてしまうのは嫌だ。
「これはわざわざありがとうございます」
兵士たちが家に向かって、歩いて行く。
「あんなでかい柱を一瞬にして作るなんて化け物かよ」
「おい! 聞こえるだろ」
一部の兵士の会話が聞こえてくる。
化け物……か。まあ、人の評価を一々気にしては身が持たないな。
《大地操作》を使い、柱を地面に潜りこませるように壊す。
急に沈んだ柱に何人かの兵士は尻もちをついている。
この程度で驚くなんて、ちゃんと兵士をやっているんだろうか? 少なくとも家の使用人よリ強そうな奴はいない。
「俺も家に戻るか」
やる事も無くなったし、屋敷に戻ってベッドで寝るか。
ゆっくり歩いていると声が聞こえた。
「おーい! ちょっと待って下さい」
振り向くと、魔族特有の角が生えている少女が走ってきた。
《結界》の穴を閉じようとしたが、少女が着ている真っ黒の服を見て止めた。
あれは俺が亡命させた五番隊の軍服だ。
「はあはあ。あれ? 君どうしたの?」
呼吸を整えながら、俺に質問をしてくる。
正直、俺の方が質問したい状況だ。
ラマ達、五番隊を転移させたのはほんの数日前の話だ。それなのにもう軍に入っているのか。
「僕はあそこの家の住人です」
質問したい衝動を抑え、適当に回答する。
「そうなの。この辺は危ないって聞いたから、私と一緒に行きましょうね」
少女が手を差し出してくる。
見た目の年齢はユミナと同じ高校生ぐらいで、胸はあまり無い。
髪の色は白色でもみあげが少し長いが多分ショートカットと言われる髪型でかわいい系の美少女だ。
分析もこの辺にして、出された手を受け取る。
見た目は七歳児だから、少女と手を繋いでも何も変ではない。
「君の名前は? あ。私はアルレ。魔族だよ」
「僕はリュウっていいます。よろしくお願いしますアルレさん」
「よろしくね」
特に問題が起こる訳がなく。屋敷にたどり着いた。
「あれ。誰もいないね」
「僕が案内しますよ」
扉を開けるとまた殺気が飛んで来た。
何度やるつもりだよ。
ロイが剣を振る。
!?。
アルレが俺を庇うように抱きついてきた。
『クウ!』
『分かりました』
一瞬の浮遊感と共に転移が発動する。
「切られて……ない」
ロイの後ろに俺たちはいる。
「リュウすげえな。何が起こったか分からなかった。次はどんな方法を使うか気になったが」
この野郎。今すぐにでも反抗期に入ってやろうか?
今の攻撃は間違いでは無く。故意的なものだったような口ぶりだ。
「またですね。前は誤解だって分かりますけど、今回はワザとですよね」
「いや。すまんかった。息子の成長が気になっただけで」
「はあ。もういいです。お母様の所に行ってきます」
アルレの手を引っ張るようにして大食堂に連れていく。
「君の父親凄いね」
「なぜですか?」
「私が本気を出しても勝てる気が全然しなかったよ」
「じゃあ。僕はどうですか?」
アルレが俺の手を強く握る。
打ち合いで相手の実力を知る事はよくあるが、手を握っただけで実力を知ることも可能だ。
「君は相当努力をしてるね。でも、なんだろう。私には感じられないほどの大きな力を隠し持っている。私は君みたいな少年にも勝てないのね」
下を向いて落胆している。
手を触っただけでかなり、分析された。スキル【龍纏】についても若干掠っている。
「そうですか? でも気にしないで下さい。ただ僕は化け物なんで――」
「それは違うよ」
冷たい声色でアルレが話始めた。
「君の力は化け物と言われてもおかしくないよ。でも、それはあくまで他人の……凡人の評価なの。君は君。それは絶対なんだ。決して化け物じゃない」
「あ、はあ」
哲学的? な事を言われたが、ため息しか出ない。
「ごめんね。偉そうな事を言って」
「いいですよ」
変な会話をしているとあっという間に大食堂前に着いた。
俺が開ける前にアルレが先に開けた。
部屋の中ではさっき先頭で話した代表の兵士と母親のクレアが話をしている。
状況を見ていると手の感触が入れ替わった。
「お帰りなさいませリュウ様」
ユミナが俺の手をアルレから奪うように握っていた。
「ただいま」
手を引っ張られ柔らかい感覚が体を包んだ。
どうやら抱きしめられたみたいだ。
数十秒ほどで開放された。いや違う。引っ張られたのだ。
ユミナから離れる。
「子供に抱きつくメイドなんて聞いた事ないですね」
アルレにによって引っ張られたみたいだ。
「おい。あの新入りやばくねえか。リュウ様に普通に触れているぞ」
一人の兵士が小声で隣の兵士に話しかけた。
「土の柱を一瞬で作って、一瞬で崩す能力を持っている方だぞ。怒らせたら」
更に隣。そしてそのまた隣に兵士たちが話始め、少しずつ声が大きくなっていく。
最終的にはクレアの耳に聞こえるほどの声になった。
なんで、聞こえているか分かるって? クレアが笑顔なのだ。とにかく笑顔。狂気を感じそうになる。
そして、ゆっくりと俺の方に近づいてきた。
どうしよう。結界でも張って、来れなくするか?
それとも、転移で竜人の里あたりまで逃げるか?
頭がパニックになる。
「リュウくーん」
体が震えた。
「その魔族の子と仲良くなったのかな?」
「イエス! マイ マザー」
恐怖で変な答えをしてしまった。
落ち着け俺。大丈夫。毛虫の存在に比べればこの位の恐怖は羽虫以下だ。
――そろそろ、逃げていいかな?
『クウ。助けてくれ』
『お自分でどうにかする問題かと』
裏切りだ! なんて叫びたくなる。
一時間? 二時間? ぐらいが経った気がする。
極限状態で音が一切ないしないと。時間って長くなるんだな。
クレアが口を開く。
「なら良かった。あなた。リュウ君の専属護衛をお願いね」
「私ですか?」
「はい」
全身から力が抜ける。
どうしようもない恐怖があったが、特に問題にならなかった。
「とりあえず、帝国との会談が終わるまでね」
「分かりました。命に代えても守ります」
「これで警備についての会議は終わり、みんな解散!」
使用人や兵士が部屋から出ていく。
一つ疑問を思い出したので、適当に男の使用人を捕まえる。
「ちょっといい?」
「どうかなさいましたか? リュウ様」
俺が気になる事。それは—―
「なんでシュウが殺されかけてたのに助けなかった?」
「!?。そのことは」
「お前たちの実力があれば十分シュウを援護できたはずだ」
千体いたモンスターの大群をすべてシュウ一人で倒していた。
協力していれば消耗も少なかったはずだ。
男が決心した顔をする。
「気付いてましたか。お話します。これは剣聖の歴史から始まります……」
驚きの事実を知った。
そして、冷静に考える。
俺は面白そうな家に生まれたな。
そう結論付けた。




