三七話 道場
微グロ注意です(血は出ません)
ダンジョン〈龍の巣〉五層目、腕を一回振れば終わりの竜が現れる階層だ。
ユミナの【最適ルート】のお陰もあり、次の階層への階段を発見した。
「今日はもう帰ろうか」
「はい。分かりました」
手を繋ぎ、クウに転移をお願いした。
『家まで、頼む』
『分かりました。《短距離転移》
浮遊感があった後には、ダンジョンの洞窟から、部屋の中に転移が完了していた。
「これから、何をしますか?」
「本当は子供たちと遊びたいけど、流石に訓練をしないとな」
今日まで忘れていたが、俺は屋敷を出るときに、いくつか条件を出されている。その一つに訓練をさぼるなよ。というものがある。
七歳児に対して、自主訓練を求める親も親だが、剣聖の息子だと思って割り切るしかないな。
何より、約束を守れないのは人間としてどうかと思っている。
「それでしたら、老人どもを張り倒してみませんか?」
老人を張り倒す。完全に老人虐待じゃないか! いや、意外に老人の方が強いってパターンもあるかもしれない。大昔の暗殺拳的な。
模擬戦をする事については賛成なのだ。
「老人って、戦ってくれるのか?」
「道場に行けば、暇人の何人かは、簡単に挑めますよ。リュウ様の今のお体は子供。老人どもは軽く了承しますよ。今すぐ、行きましょう」
やけにユミナが、連れて行こうとする。そんなに老人に恨みがあるのだろうか? 長老については会った竜人のほとんどが、いい印象を持っていないことを知っていたが。
「よし、行って見ようか」
「はい。あの老人どもの鼻をへし折りましょう」
反対する必要も無いので、道場とやらに行くことにした。
――――――
昨日行った、田んぼとは反対方向の道を進んだ。
同じような家を眺めながら、歩いていると家を二つ繋げたサイズの家が見えた。
「あそこが道場です」
「僕のイメージとあっていて、良かったよ」
「異界の勇者様が教えて下さった建て方なので、リュウに取って分かり安いと思います」
「僕以外は相当、暇だったんですね」
外にいる間は俺はユミナに拾われている子供を演じている。この設定はユミナが考えたので乗っているだけだ。俺は一切考えていない。
それにしても、他の勇者は異世界に技術を伝えたのか。俺だって、暇だったら、現代知識チート……出来ないな。あまり、頭良くないし。
「私が話をつけますのでリュウは思いっきり戦って下さいね」
正直、勝てるか、分からない。剣なら、五百年前の剣聖ガイゼルに教えて貰ったが、格闘はあいつに教えて貰った位だ。
なので、自信が無い。まあ、やってみないと分からないな。
道場の扉を俺が開け、入った。この時「たのもー!」とか、言ってみたかったが、後で恥ずかしくなるのは分かっているので、止めておいた。
「お、誰かと思ったら、真面目なユミナじゃないか」
「久しぶりです。ジャイロさん」
少し薄い白髪としわのあるジャイロと言われた爺さんが道場の真ん中に立っていた。道場着を着ていることもあり、見た目からして武術の達人なのかもしれない。
他の爺さん達は壁際により掛かっていた。
ユミナ靴を脱ぎ、道場に入り、ジャイロに近づいた。こいつ—―。
すぐに俺も靴を脱ぎ、《身体能力強化》を使い走った。
そして、ジャイロとユミナの間に割って入り、構えた。
別に今すぐ戦いたいと思って行動した訳ではない。右足を前に出して、体勢を崩し、思いっきり地面に叩きつけた。
投げた先を見ると、ジャイロが倒れていた。
この爺さん。ユミナに襲いかかろうとしたのだ。不意打ちは戦場では全く構わないが、道場に不意打ちは似合わないし、気に入らない。
「なんだ。この坊主。俺の攻撃を予測しただと。ははは、まさかな」
まだまだ。余裕そうで、良かった。
「すいません。僕はリュウです。ユミナお姉ちゃんに拾われた人族です」
「噂で聞いていたけど、まさかここまでとは」
なんと、俺の事は噂になっているらしい。子供たちから流出したのか? まあ、いいか、その方が説明も省ける。
「模擬戦お願いします」
「もしかして、この俺とか? 嬉しいね。最近のガキどもは腰抜けで、威勢が無いんだよ。トシもいい線いっていたが、今はダンジョンに浮気しやがった」
「ということは」
「いいぜ、少し、揉んでやる」
正直、俺に倒されている形じゃなければ、それなりにオーラみたいなのが出ていたんだろうな。
ジャイロが立ち上がり、少し離れた所に立った。
俺はジャイロと少し距離が離れた所に《身体能力強化》を解除し、移動した。対等な条件にするためだ。
そして、一礼をし、構えた。
「私が審判をします。両者とも……始め」
少々、審判が雑な気もするが、気にすることでは無い。
相手の目を見て、次の行動を予測する。分かりやすく眼球が動いてくれているので、予想が立てやすい。しかし、ジャイロは一切動かない。多分、待ちの姿勢だろう。
もう一回相手の目を観察した。やけに下の方に視線がいっている。そういうことか。
一回、右足を左前に出した。瞬間、ジャイロが動いた。
予想通りに動いてくれて、助かる。
簡単にジャイロがしようとしている事は想像出来る。俺が投げた時のお返しだ。
進もうとした俺を投げようとしている。あくまで予想だが、ここまでの行動で確信した。
ここまでと言っても、戦いが始まってからではない。出会った時からのジャイロの言動から、性格を割り出す所からだ。
試合中の行動は確実性を少し後押しした位になっている。
『戦う前から戦いが始まっている』 鍛えてくれた、あいつが言っていたことだが、全くその通りだ。
右足を滑るように左に移動させた。確か、フェイントと言った技だ。
戦争中は滅多にはこんな手先の技を使わなかったが、こんな所で役に立つとはな。
覚えていて良かった。
ジャイロは少し、驚いた顔をしているが、そのまま、直進をしている。ここで、止まっても意味が無いと思ったのだろうが俺の策に見事に嵌ってくれただけだ。
投げ技を使ってもいいが、また同じ行動だと面白くない。
ジャイロが攻撃の素振りを見せるまで待ち、腕を振りかぶって、殴りかかって来た。体格差があるお陰で、下の方を殴ってくれている。
左手で殴って来たので、ジャイロの左側に回転しながら、回避をした。
回転は隙を晒す代わりに、次の動作に繋げやすい。回転の威力を生かしたまま、蹴りを放った。
今の足の長さでは、まだ、ジャイロの体に届かない。それなら、手に放つまでだ。
伸びきった腕を引っ込むのと俺の回し蹴りでは、俺の方に軍配が上がり、蹴りが命中した。
これで、ジャイロの腕は顔を隠すように飛んでいったはずだ。すなわち、俺の小さい体が死角になっている。
俺はもう一回転をして、蹴った足を一歩前に出して、空いた足を使って、がら空きの横腹を全力で、回し蹴りを放った。
《身体能力強化》を使っていない状態なので、全力でも大丈夫な……ハズ。
骨の固い感触がした後に、ジャイロが少しだけ飛んだ。
「いやぁ。まさか、攻撃をもろに食らうなんてな。鱗がある所じゃないと、あの威力はやばかった」
クソ。骨じゃなくて、鱗だったのか。俺の盲点だ。
「投げのお返しをしてやろうと思っていたが、こんなに簡単にやられてしまうと示しが付かないな」
「まだ、試合は終わっていませんよ」
「この勝負は、俺の負けだ。お前に鱗なんて無いしな、もし、鱗以外に当たっていたら、こんな会話が出来そうにない力だったしな」
審判が何も言っていないのに戦いをやめていいのかは疑問だが、相手が降参をしてくれたと考えればいいだろう。
「握手でもしようじゃないか」
ジャイロが手を差し出して来た。普通なら、快く握手をするだろうが、この爺さん理由は無いが、なんか、怪しい。
自分を信じて、警戒をしながら、手を受け取った。
「掛かったな小僧! 俺の勝ちだ」
体が浮いた感じがする。勢いよく振り上げてから、落とす気らしい。
戦場での不意打ちはいくらでもやって構わないが、道場でやるのは気に食わない。久しぶりにムカついて来た。空手と柔道の区別すらつかないが、俺は怒っている。
振りあがる際の遠心力で、足が天井の方を向きそうになるのを筋力で無視をし、捕まれている手に絡めた。これで、この勝負はほぼ俺の勝ちだ。
そして、ジャイロの腕を曲がってはいけない所に曲げれるようにした。
地面に叩きつけられた衝撃と同時に腕を曲げた。俺もまあまあ痛かったが、それよりも。
「が! あー! お、俺の腕が!」
向こうの方が痛そうだ。関節を曲げれない方向に曲げたので当然痛い。痛みのせいで立っているだけで、やっとだろう。
でも、俺は悪魔じゃない。精々、普通の人間でも全治一か月も無いレベルのダメージだろう。
「これは、あなたが戦場では無く。道場で不意打ちを仕掛けた代償です。審判、判定を」
流石にこの状態の相手を攻撃するなんて、道場ではしたくない。
「勝者、リュウ」
ユミナの判定も出たので、道場を去ろうとしたら、聞いたことのある声が聞こえて来た。
「そっか、リュウは格闘も出るんだね」
ドクが老人に混ざって、壁際に座っていた。




