side 堕天使 傲慢 二
魔界には、悪魔が多く居るが、大抵が天使と同じ戦力だ。俺にとってはザコだ。
しかし、俺と同等に戦える悪魔は何体かいる。
血を塗った様に赤い髪を腰まで伸ばし、髪で目も隠した女性が俺の目の前に現れた。
「……久しぶり」
暗く怠そうな声で、俺に話しかけて来た。こいつは憤怒の悪魔サター。
対等に戦ってくる悪魔の一体だ。
「まあ、……こっち来て」
のそのそと歩いて行く、彼女の後をついていった。
魔界は空が黒い。しかし、何故か、落ち着く。神界は空が真っ白で気持ち悪かった。
地面には黒い草が生えている。太陽(光)が無い影響で変異したのだろうか? そんなことは今はどうでもいい。
黒い草原の中に一軒の家がひっそり建っていた。
「あそこを……拠点にするといい。あと、私もあそこに住んでいるから、変なこと……しないでよ」
同じレベルの奴が守ってくれるのはありがたい。神の復讐はひどい場合は魔界でもついてくるレベルらしいので、ここも絶対に安全ではない。
家の中に入った。
特に汚れも無くて、暮らすには何の問題も無い。
「適当に使っていいから、じゃあ、私は仕事に戻るから」
あいつが家から出て行った。
部屋を探索して、真っ黒いベッドを見つけたので横になった。
初めて精神体になるが、幽体離脱だっけな。そんなんに似ていた。
自分の姿が下にある。相変わらず変な顔をしているな。
魔界から下界に行こうとしても、やはり結界がある。確か、創造神の合作らしい。
実体を持ったままでは到底通れない結界だが、精神体ならすり抜けられる。
そうして、俺は初めて下界に行った。
――――――
下界の様子を見たことは何度もあるが、実際に人間視点で見ると全然違うな。
空は青く、所々に白い綿っぽいものが浮かんでいる。そんな事はどうでもいい。
とりあえず、現在位置の確認だ。
一本道がある、以上。
他は木ばっかりだ。
まあ、森の真ん中に来てしまうよりは、マシだな。
それにしても、運がいい。
この道には覚えがある。確か、目的の転生者の住んでいる家に続いていたはずだ。
のんびり歩いていると、緑色で人型のモンスターを見つけた。
しかし、モンスターは俺に気付く様子もなく通り過ぎて行った。
普通、モンスターは自分たちの種族を襲う習性がある。
今の俺は精神体だ。この形態体は分かりやすく言うと幽霊になるみたいなものだ。
物理的な干渉が出来なくなるという欠点があるが、その分、気付かれないという利点もある。
モンスターになんとなくムカついたのでちょっとしたいたずらをした。
適当に歩いていると、十歳にも満たない男とメイド服を着た見た目は少女の二人が歩いて来た。
なんて、運がいいんだ。探している奴がすぐに見つかった。
男の方の精神に入り込んだ。いや、取り憑いたと言った方がいいな。
転生者、リュウの生活を観察した。
結論からいうと俺の予想とは全然違った。
勇者というものは大抵、傲慢になる。
自分にしかない力に溺れるせいだ。しかし、リュウは普通に生きている。
更に他者を見下すことは少ない。
特にガキ共に殺意を持って蹴られていた時に反撃したかったのは本当に勇者だったのかを疑った。
こいつ、本当に人族か?
頭は狂っているが普通の生活をしていると言える。
それも、今日が最後になるがな。今の俺の状態で出来ることは精神の誘導だ。
自分が他者より優れていることを自覚させて、更なる力を求めさせる。簡単なことだ。
――――――
精神誘導を始めたが、あまり効き目が無いように見える。
精々、今、毛虫を殺すのに本気を出させた位だ。なかなかしぶとい。
紫髪の少女が暴走した時に少しだけ、自分の立場を上に見ていたが、まだ、普通の範囲だ。
このままでは、俺の玩具が手に入らない。いつの時代に召喚された勇者だよあいつは。
考えても無駄なので、作戦を新たに作った。
――――――
真っ黒な空間が広がっている。しかし、ここは魔界では無い。他人の夢の中だ。
正直、この方法はやりたくない。
足元に手を突っ込んだ。そして、手を掴む感覚がしたので、引き上げる。
見た感じ、十八歳を超えている少年が出て来た。
夢は無意識のイメージで作られる。勿論、自分の姿は慣れている体が出てくる。
七年間使っている体のイメージと約十八年間使っていた体。どっちを考えるかは俺でも分かる。
この方法をやりたくなかった理由は勇者だった時の姿を見てしまうからだ。
「マジか。道理で、俺の精神誘導が効かなかった訳だ」
この勇者は五百年前に見たことがある。名前を完全に忘れていたが、姿を見て思い出した。
俺が殺した神と共にこいつの冒険を見ていた。
普通に見ると、勇者が激戦をして魔族を倒していっただけだが。
神が勇者の心を読んで、字幕を入れた記録を見てみると、面白かった。
面倒臭いと思いながら、問題に手を出したり、盗賊行為などのクズは容赦なく殺すくせに、普通の戦闘員の魔族を殺す時には心の中で、弔いを入れていた。
そして、興味のあることに対する執着心。興味の無いことへの無関心。
まさに俺にとっての先生の様な勇者だった。
「あれ、寝たはずなのになんだ、この空間。真っ白の次は真っ黒か」
「ここはあんたの夢の中です」
俺は神相手でも自分を上に見て大抵考えるが、この人に対してはその考えにするつもりは無い。
相手は先生、しかも尊敬出来る人だ。
「すいません。今日、愚かにもあなたの精神を誘導しようとしてました」
「え、何? どうした。いきなり、理解が追い付かないけど」
それもそうだ。急に真っ黒な空間に連れて来られたら、流石の彼でも戸惑うだろう。
「今日、何か変な思想になりませんでしたか?」
「そうだな、俺の考えが少し可笑しくなったな」
「それ、俺が誘導しました」
良かった。一応、効果はあったみたいだ。何も感じていなかったら、自信を失う所だった。
「それで、あんたは誰だ?」
「もっと楽な話し方でいいぞ。俺もいつも通りでやるから。ああ、俺は神を殺した堕天使と名乗る予定の者だ」
「予定なのね。神とか天使とかはよく分からんけど、別にいい。それで、目的は?」
—―あんたを玩具にする事だ。
なんて言えない。
「頼むから、面倒臭いことには巻き込むなよ。神とか出てきたら、俺には手に負えないし止めてくれよ」
「大丈夫だ。もう用事は済んだし、後はあんたが俺と出会った記憶を消してくれればすべて解決だ」
適当な嘘をついた。早く、体に戻って、玩具にしようとした自分に罰を与えたい。
「どうせ、嘘だろうが、早く終わらせるためにも乗ってやるか。《記憶消去》」
彼が自分に魔法を放った。
俺ももうこの夢の中にいる必要が無いので、出た。
――――――
魔界に戻った。
目的は達成出来なかったが、まあいい。
「意識……戻ったみたいだね。あと、ここ私の所」
サターが寝ている俺の隣に立っていた。このベットか。
「すまない」
「あなたが……謝ると……変ね。何か……変な物食べた?」
俺はあの人に出会って、少し、自分の考えを振り返ってみた。
立場がいくら上で合っても、面倒臭いことを避けるには何でもする。
今回の謝罪も喧嘩を避けるためだ。
出ていけなんて言われたら、他の場所を探すのが面倒だ。
「そうだな。変な人には出会った」
「へえ、傲慢なあなたを変える人ね。……それは確かに可笑しい」
上から考える性格は変わってない。
「で、あなたはなんで、そこから移動しないの?」
「今、動きたい気分じゃない」
寝起きの時の感覚だ。今すぐにでも眠たい。
「誘って……いるのかしら? こんな暗そうな女」
そんな気は一切ないが、眠たいので、無言で返し、壁の方向を向いて寝た。




