最強の転生者と敵
リュウとマクロが戻って来た。
あの空間では時間の経過が遅く、二人の戦いは周りから見れば一瞬の出来事に見えた。
「なあ、これからどうする?」
「好みの女性でもいれば会いに行けばいいんじゃないか」
「俺にそんな度胸があればそうしたいけどな」
先ほどまでの険悪な雰囲気が一転し、親友との会話を想像させるような自然なものを感じさせた。
「とりあえず、この場所をどうにかしないとな」
「分かった。《大地操作》」
戦闘で大幅に変わった地形を一瞬にして平らに戻した。圧倒的魔力の量と操作技術が可能にした光景を前にほとんどの人間が唖然とするしかなかった。
『戦いたい足りない奴はいるか? いるなら俺が相手をしてやる』
広範囲に【念話】の声が響いた。リュウと戦おうとする者が出ることなかった。それも、実力差が明確な相手にわざわざ戦いを挑もうとするのは無謀でしかない。
誰も名乗り出ない事を確認し、二人が切り上げようとした瞬間。上空から槍が落ち地面に突き刺さった。
「誰だ?」
リュウは周りを確認したが誰もいなかった。槍には微かな魔力が纏われていたが、転移を使えるのは空間の精霊を従えているリュウしかいない。そこには誰もいなかった。
いたずらをした犯人を捜したものの誰もが首を振り知らない事を主張していた。
「一体……」
「どうも。師匠。僕です!」
槍から手品のように人が現れた。
「お前は誰だ?」
「やっぱり忘れてますか。でもいいです。僕と戦いましょう」
現れたのは黒髪で頭の部分に獣の耳が付いていた。リュウは何処かで見た記憶を必死で探したものの思い出せなかった。
「僕の名前はマク。確か師匠のお友達の名前から来ているらしいですよね」
「マク……! お前はマクなのか!?」
「思い出してくれたようで」
リュウの弟子は本来七人いるはずだった。しかし、ここで戦っていたのは六人。その違和感を誰も抱いていなかった。
「僕は聖剣を持ち使いこなせています」
「使いこなす? 嘘だろ。あの剣は俺でも扱いに苦労したのに」
「これが証拠です。来てください」
マクは右手を振ると元から握られていたかのように純白の剣が出現した。
「最終解放。これで戦ってくれますよね」
「それが使えるのか。ああ、いつでも来い」
「それでは」
瞬間。マクはリュウの目の前に移動していた。あまりの速さに一部の者にしか移動中の彼らの姿を目視出来ていなかった。
「やりますね」
リュウの手には漆黒の魔剣ボールトが握られており、聖剣と火花を散らしていた。
膠着状態でマクは【並列思考】を使い魔法を複数展開した。
「《渾沌の矢》!」
複数の属性が精密に混ざる事により威力を大場に増加させた。それによって誰もが想像していなかったほどの威力を実現させることに成功していた。
リュウは魔法を回避するか防御するかの選択肢を迫られた。
「悪いが同じ魔法を返させて貰う」
マクの作った魔法と全く同じ量の魔力と属性配合分をもって完全に同じ魔法で相殺させた。高威力の魔法同士が衝突し、爆発を引き起こした。
「この程度の魔法で死ぬなんて考えていませんよ!」
二人が煙幕を突き破りジャンプしていた。そして、すぐに複数の斬撃が一瞬のうちに交わり合った。
「それでマクの目的はなんだ?」
「僕の目的はあなたを倒す事ですよ!」
マクのスピードが上がり、それに合わせてリュウも攻撃のスピードを上げた。
「残念だが、それじゃあ俺には勝てない」
落下を始めるかの時にリュウはマクの腕と足を切断した。やり過ぎの様に見えるが切れた腕があればリュウはすぐに癒すことが出来る為一思いに切ったのだ。
マクの方が空気抵抗が少なくリュウより先に煙幕で曇った地面に落ちた。
リュウは腕を治す為にマクの着地した場所に近づく。
「い、いない?」
煙幕が晴れた場所には切り落とされた腕と足以外に誰もいなかった。
「こっちですよ」
聖剣がリュウの腕を掠った。
「心臓を狙ったはずなのによく躱しましたね」
「そっちこそどうやったんだ? その腕と足は?」
負傷部から血を流しながら質問をした。その質問の真意は『元の手足を使わずにどう治したのか』というものである。
あの一瞬で欠損部位を治すのにはそこに転がっている手足をくっつける以外に方法は無いのだ。
「ついさっき不死身になりましてね。聖剣の能力も使えばすぐに修理されます」
「『全スキルを一段階上の存在に引き上げる』だったか?」
「ええ。不死身の再生能力が格段に上がります。それも血の一滴からでも再生可能ですよ」
リュウは面倒くさそうに眼を細めた。殺す気まではなかったが、どんなに攻撃をしても向こうが向かって来るのなら勝負が決まらない。
しかも欠損部位を一瞬で回復させるとなると更に泥沼化する。
マクが魔法を使おうとした一瞬の隙を狙い、蹴りを入れた。腹部に綺麗に入りマクは血を吐き軽い体は遥か遠くへ吹き飛ばされた。
彼方まで飛んだ事を確認してから魔剣を消した。
「ふう。元からこうすれば良かったんだ。あそこまで飛べば諦めを着くだろう……な。はあァ」
リュウは大きなため息を吐いた。
その原因はマクが出した血が怪しく動き始めた事だ。
普通、体外に排出された血液のそれではない動きを見ながら嫌な予想を建ててしまった。
「まさか、本当に血の一滴から再生できるとはな」
それは徐々に人の形を取り大きくなっていく。そして、ものの数秒で完全に体が出来上がっていた。
「どうも、こんにちは。また会いましたね」
「最悪だよ。どんな今まで戦ってきた誰よりも嫌な敵だよ」
「お褒めの言葉をありがとうございます」
犬耳を揺らしながらお辞儀をした。
「少し種明かしをしますと、さっき飛んで行った体はもう無くなっています。流石に同じ人間が二人いるなんて事は過去を改変しない限りできませんからね」
「自殺好きなのか?」
「いや、苦しいですよ。骨の一辺も血の一滴すら蒸発させないといけないですからね。でも、あなたを倒すためなら僕はなんだってやりますよ!」
再び聖剣と魔剣が交じり合った。
「……今です」
マクが小さな声を発した。
それと同時に棺桶が地面から現れ、リュウを閉じ込めようとその口を大きく開いていた。
「何!?」
「誰が一人で戦うと言いましたか?」
全く予想も感知もしていなかった突然の伏兵にリュウの頭はどうするべきかを悩んだ。
「邪魔は止めて貰おうか」
棺桶を蹴り飛ばされた。
「こいつは私に任せろ」
「任せた」
リュウは少し離れた場所に移動し、戦い始めた。
「マクロさんですよね」
「顔にモザイク? 変な女性だな」
棺桶から出て来た少女にマクロは挑発する様に声を掛けた。
「あなたの事は知ってますよ。リュウさんのお友達なようで、とても変人らしいですね」
「いやいや、あなたに比べればまだまだ一般的な範囲ですよ」
「口調が安定しませんね。本当に女性なんですか?」
ネチネチした悪口の言い合いはすぐに終わった。棺桶が不意打ち気味にマクロを捕らえに来ていた。
「真の卑怯は卑怯を卑怯で返す事だ」
棺桶がマクロに触れた瞬間、霧の様にマクロが消えた。
「何処に!?」
「ここだ」
少女の頬を指で軽く突いた。まるで姉が妹にちょっかいを出すように遊びも含まれた一撃だった。
「別に殺すつもりはないし、傷を負わせる訳じゃないさ。ただ邪魔はして欲しくないんだよ」
次の瞬間。空から高速で何かが落ちて来た。
土煙が晴れるとそこに居たのには四肢を石の杭で固定されたマクだった。
「こうすれば良かったんだ。んでそっちも終わったな」
マクは杭を外そうと必死にもがき、少女は動けない。
「どうする? 別に殺す気は元から無いってさっきから言っているように逃がしてやってもいいんだが」
「僕があなたを倒す為ならなんでもしますよ」
「その覚悟は十分俺以上だ」
魔法で己の腕を切ろうとしているマクにリュウも同じ威力の魔法で完全に相殺した。
「クソ! なんなんだよ。僕がなにやってもあいつを超えられないのか。いやそんなことはない。ナイナイナイナイ!」
マクは更に暴れた。それでも杭が抜けることは無く拘束されたままだった。その血走った目は誰にでも噛み付く狂犬のようだった。
「マク君……」
少女は興奮するマクを見て、心配する様に名前を呟いた。
「私たちの負けです」
少女が負けを認めた。これ以上壊れていくマクを見たくなかったのか。単純に勝機が完全にないと分かって諦めたのかは分からないが負けを口にした。
「マク君。行くよ」
棺桶がマクを食べた。杭に埋まっている四肢は切り捨てられ、モザイクが必要なほどの光景になった。そして、少女も棺桶の中に入り地中に消えた。
リュウは聖剣につけられた傷が癒えるのを確認してから、再び大勢の方を向いた。
「戦いたい奴はもういないよな?」
その場に戦う意志が残っている者はいなかった。