二人
リュウとマクロが別空間で戦う前。
不死騎士は魔王城から遠く離れた場所に吹き飛ばされていた。
「あーあ。これは一分はかかるなあ」
「グル?」
「まあ、私は死ねないしデンシが無事ならそれでいいよ」
不死騎士の足が両方千切れており、切り口からは血が源泉のように溢れ出ていた。
付与狼のデンシが寄り添うように隣にいる。
「そういえば、痛みを感じなくなったのは百年? いや十年前位かな? ねえねえ。デンシはこれから何したい?」
「グルル」
「いっそのことお父さんのいた世界とやらでも行ってみようかな」
「そこの両足の無いお姉さんどうされましたか?」
一人と一匹の場所に一人の少年が近寄って来た。彼の頭には人間には生えていないふさふさの耳があった。すぐに相手の種族は獣人だと分かる
「ん? 君どこかで会ったっけ? うーん。薄っすらとしか思い出せないね」
「何分ぐらいで治りますか?」
「あと二分程度だね。君の狙いは何か分からないけど私の事を知っているみたいだけど、帝国の暗部とか……はないよね。今頃、革命で私の事なんて気にしている暇なんてないからね。じゃあ、君は一体誰だろうね? うーんうーん」
少年がナイフを地面に突き刺した。
「時間稼ぎは無駄ですよ。イオンさん」
「はは。バレちゃった。いいよ。殺したいのならその小さなナイフで顔でも心臓でも刺せばいい」
「お姉さんみたいに美しい女性の顔を傷つけませんよ」
地面に刺さったナイフを引き抜き、少年は不死騎士の周りをナイフを空中で回しながら歩く。
「君の目的を教えてくれるかな?」
「やっぱり僕の事を覚えていないんですね。分かりました。僕の目的を教えてあげますよ」
次の瞬間。デンシの目が赤く光った。
「うおっと危ないですね。僕の再生能力ではその炎は致命傷ですから」
デンシの攻撃は相手に属性を付与するという一見弱そうに見えるが、火が付与されれば消火は不可能である。しかし、一応対処する方法はある。
それは高速再生によって皮膚に付与された属性を強引に剥がすというやり方。勿論そんなことが出来るのは【超高速再生】のスキルがあるか、もしくは不死身の存在にしか出来ない芸当である。
「デンシって言いましたね。こんな場所で戦うよりも遠くに行きませんか? ほら、巻き込みたくないですよね」
デンシは周辺に別の敵がいないかを確認する。嗅覚や気配を感じる感覚は獣という事もあり非常に強い。デンシ自身も己の感覚を信じていた。
誰もいない事を確認してから倒れている不死騎士に目を向けた。
「いいよ。デンシが負けるはずないもんね」
「とにかく分かってくれたようで良かったです。これで僕達の計画は……」
喋り終わる前にデンシが襲い掛かり遠くに移動した。
「あの口ぶりだと複数人いるのかな?」
イオンはほとんど治った足を確認し立ち上がった。
「あら。まだ動けたのですね」
「棺桶? なんで地面から」
声と共に棺桶が地面から生えた。
「これからあなたの能力を頂きます」
中から現れたのは少女だった。しかし、その容姿はモザイクが掛かったように見えなくなっていた。
「あなたが誰かは知らないけど、私に勝てると思っているの?」
「慢心は感心しませんね。妹弟子にここまで飛ばされおいて。ふふ」
「そんな挑発は通用しないよ」
「あなたのお父さんも優秀な方が好きじゃないんですかね?」
あの人はそんな事で優劣をつけないとイオンは信じたかった。しかしながら根拠が一切ない。それに長居時を生きて来たイオンにとっては人の心の変わり易さは知っていた。
そして、イオンの一瞬の動揺を少女が見逃さなかった
「あれほどの男ならあなたなんて見なくとも女はいくらでも寄ってくるでしょうね。それに不死身の女なんて不気味過ぎて軽蔑しているはずですね。結局はそこら辺にいる人間と変わりはありませんよ」
「は?」
イオンの中で何かが切れた。
「あなたがいくら私を貶した所でいいけど、お父さんを貶されたら私だって許さない」
「おお。怖いですね。土の精霊よ……」
魔導の詠唱を始めているがそんな暇を与えるほど今のイオンは優しくなかった。
「省略二五」
本来魔導の詠唱は数十秒かかるはずなのに少女は謎の方法で詠唱を省略した。
発動した魔法は少し離れた土を針上に変え背後から相手を刺すというものだった。
「その程度じゃ掠り傷にもならないよ」
体を貫通しているが関係なしに迫った。
「あなたが教えて貰えていない技を見せてあげますよ」
少女は重心を落とし構えた。筋力でイオンに勝てるはずはないことは重々承知での行動。いや、圧倒的に差があるからこそ取った行動だった。
「……え?」
イオンにはこの瞬間に起こったことが分からなかった。それも景色が一瞬で変化したのだから仕方がない。
地面に強く叩きつけられるかと身構えたものの当たったのは柔らかくふかふかしている場所だった。
「柔よく剛を制す。マク君があなたのいうお父さんから教えて貰ったらしいですよ。それにしても強い攻撃でしたね」
「この程度……」
「ごめんなさいね。私の目的はあなたの能力を奪うであって殺す事じゃないの」
「ここは!?」
イオンは今自分がいる場所について疑問を抱きすぐに逃げようとした。しかし、その思いは虚しく真っ暗闇に閉ざされた場所に連れ去れた。
「私の棺桶はどんな相手の能力でも奪えるの。最近は竜人の子の隠れるスキルを奪ったわ。一点だけ文句があるとすればスキル名が分からないって所かな?」
「出せ!」
「叩いても無駄ですよ。それは私のチートですから壊せませんし、すぐに修復しますよ。でも、ちゃんとスキルを奪えばあなたには用は無いので出してあげますよ」
イオンは抵抗をしたものの棺桶を壊すことは叶わず徐々に失われていく意識の中焦る事しか出来なかった。
「ふう。こっちは終わりました」
マクの声と共に何か重く柔らかい物が地面に投げ出された。
「この付与狼はやっぱり師匠のペットなだけあって強かったですね。何とか適応出来たので倒せましたよ」
「ご苦労様。こっちも後少しで終わるよ」
イオンは声を出す気力すら残っていなかった。これから自分がどうなるかが想像できない。五百年生きてやっとあの人と再会出来たのに死にたくない。
「私たちは優しいからね。殺したりはしないよ。ただあなたの不死のスキルとこの狼の付与するスキル。この二つが欲しいだけなの」
「あと、師匠を倒すために記憶の一部も頂きます」
混濁する意識の中。敵が言ったことを疑う事すら出来ず意識を失った。
――――――
「まだ倒れないのかよ」
「お前こそそろそろ限界なんじゃないか?」
白い空間の中でリュウとマクロが戦って。いや、喧嘩をしていた。
「こんな地味な戦いは初めてかもな」
「お互いレベル一でしかも、魔法を使わない戦いなんてこの世界じゃ考えられないな」
「デフレにも程があるな」
「だが、私たちは本気だ!」
少しの会話を挟みつつも二人は殴り合った。
この地味な光景を繰り広げるのが一つ前の人生で歴代最強と謳われた魔王と勇者だという事は誰も信じないだろう。
お互いが本気で喧嘩したのはこれが初めてであり、心の奥底でこの喧嘩を楽しんでいた。
「おらよ!」
マクロの攻撃を躱したリュウが思いっきり蹴りを入れた。
「痛いな」
「ふ。ガードした上に足を攻撃しといてよく言ったもんだな」
リュウは右足をマクロは左腕をお互い骨を砕かれぶら下げていた。
機動力を失ったリュウにマクロはスピードの乗った拳を振るった。しかし、片手しか動かせないのは致命的で両手で受け流された。
「甘いぞ!」
マクロは足払いをした。片方しか足を使えない相手を転ばせるのは簡単でリュウは地面に体を当てた。そして倒れている状態のリュウの両腕を完全に固定する様にマクロが馬乗りになった。
首に右腕を押し付け、首を絞める体形になる。
「これで終わりだな」
「残念ながら誰も魔法を使っちゃいけないって言ってないよな!」
リュウはマクロに両腕を封じられる前に《魔装》で踏まれる場所を予想し守っていた。これにより両腕が完全に自由になった。
マクロも油断はしていなかった。攻撃されるまえに体重を掛け落としに掛かる。
リュウは攻撃も防御もしなかった。自由になった手でマクロの肩を掴む。マクロはその行動の意味が分からず驚きつつも手を緩めることは無かった。
「アアアアァァ!」
潰される喉で全力の咆哮を上げながら、思いっきり両腕を閉じた。これでは自ら相手に体重を掛け窒息を加速させているだけ。
しかし、リュウには勝利の手立てが見えていた。
「こ、これは締め付け!?」
マクロは驚愕の声を上げた。それは全身を使い抱きしめるという行為だった。あまりに可笑しい行動にマクロは笑みを浮かべていた。
「これでこそ勇者だ!」
全身を圧迫される痛みに追加で折れた片腕の痛みが体を駆け巡り発狂するレベルだったが興奮によりあまりアドレナリンが過剰分泌され目を大きく見開くだけで耐えた。
リュウも意識が飛び掛けていたが、根性で耐えていた。
お互いがお互いの顔を見つめた。
「あ、諦めてわ、私と帰ろう……」
先に意識を落としたのはマクロの方だった。絞首が緩んだことに気付いたリュウはすぐにマクロを開放しレベルワンを外した。
「《回復》」
圧倒的な魔力によってマクロの傷は一瞬で癒えた。
「ハアハア。この世界で本気で戦えるなんてな」
リュウは満足していた。
勇者の時に手加減をしていた魔王。その魔王の全力を己の全力で倒した。
そして、この世界に自由に生きる為にノーチートで転生したのにも関わらず未来の方が退化しており自由に生きようにもつまらなかった。それも今回の戦いで何か新しい楽しみを見つけた気がした。
マクロが目を覚ました。
「私は負けたのか」
「俺の勝ちだ」
白い地面に二人仰向けに寝そべっている。
「これが本気で戦って負けた時の感情か。なんか悔しさすらないな」
「勝った方は凄い嬉しいけどな」
「そうか。そんな事より私の負けという事は連れ帰る事は出来ないんだな」
元々、勝負は元の世界に帰るか帰らないかを決める為にやっていた。
「いや、白黒つける必要ないなって思うんだ」
「一体どうするんだ?」
「俺さ。創造龍と消滅龍と仲がいいんだ。だから、世界の行き来も頼めば行ける気がするんだ」
「ああ、あの気持ち悪い神か」
マクロはこの世界に来る直前に話した創造神の名前がそんな感じだったのを思い出していた。
「ん? 今から呼ぼうと思っていたのにもう俺たちの近くにいるらしいぞ」
リュウの元に《念話》で声が届いた。
「やっほー。仲良しお二人さん!」
元気な少女が二人の頭上に突然現れた。
「相変わらず元気だな」
「これが私の特徴だからね」
「消滅龍は?」
「あの子は抜け駆けしちゃったよ。私はあっちの方はあんまり好みじゃないからいいけどね。今のリュウさえ居ればいいんだよ」
創造龍はリュウの顔を覗き込み更に頬を両手で包み込むように持った。
「なあ……」
「『なあ、そんなことより。元の世界とこの世界を行き来する方法はないのか?』って。うん。いいよ」
「本当か!?」
心を読まれた不快感よりも要求がすんなり通った事に驚いていた。
「向こうの創造神とは既に話はついているからね。……特にリュウ君の魂に帰る場所については特にね」
最後の方は小声で聞こえなかったものの戻れることを知り、二人はほっとため息を吐いた。
「それじゃあ好きな時に声を掛けてね」
創造龍は消えて行った。
「なんか怪しい気もするがこれで良かったんだよな」
「そうだな。これでこれからは親友として一緒に居られるな」
体力を戻した二人は立ち上がり白い空間から出て行った。