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九九話 記憶の破片

 侵入者に逃げられてから自分の過去というものに興味を持った。


 昔を思い出せないのに懐かしさを感じた。根拠はなく感覚的なものだけだったが、それでも俺は確信していた。多分、あいつは俺にとって大切な者だという事を。


 十日間の内に魔王様主導で新たな体勢が組まれた。俺は魔王城の警備になり、五番隊は汚れ仕事をする必要は無くなった。

 最近大罪を冠した七人と正体不明の六人が魔王城近くで戦うと情報が流れて来た。


 正体不明の六人は俺の元弟子の集まりらしく、コンが他が知らない情報も教えてくれた。

 戦う理由から魔王城前で行う理由まで。俺としては面倒な事じゃなければなんでもいい。


 この面倒くさいと思う事も増えて来た。やる気や使命感は衰えているものの忠誠心だけは変わらない。前の自分も同じだったのだろうか? 記憶はともかく性格は変わらないのかもしれない。


「俺は慕う相手を慕うだけだ」


 記憶を失う前にどんな人を慕っていたかを知りたい。


 ――――――


 十日が過ぎた。根拠はないが今日は長くなる気がする。


 とにかく警備をすることが今の使命。ならそれを全うするだけだ。どんな奴が来ても魔王の所まで行かせない。


「そろそろ、戦いが始まるな」


 七大罪とかいう奴らと弟子たちの戦い。お互いが攻撃をする為に魔力を変化させ始めた。実際に見なくとも肌が感じ取っている。スキルというのは便利だな。

 こっちには危害を加えることはないらしいから無視でいいだろう。


 しかし、事情を知らない他の隊はそうはいかず。爆発音が響いた辺りから魔王城を出て行った。警備は俺一人であっても十分に間に合う。


 魔王城の警備が薄くなった所を狙ったのか侵入者が現れた。


 五番隊の服を着ている魔族の男とどこか見覚えのある少女。この二人だった。

 魔族の方は見逃してもいいか。怪しいが殺意を感じない。


 少女と対峙する。こいつは俺の過去を知っている口ぶりだった。向こうも対話したがっている。なら少し気になる事でも聞いてみるか。


 回答は曖昧なものだった。これ以上時間を使う必要もない。さっさと片付けるか。


 正面から向かうと見せかけての背後へのワープ。流石に読めないと踏んでいたのに完全に読まれていた。転移の魔法は前にも使ったせいで相手も分かってしまっているのだろう。

 なら、今度は腕のみを転移させる。多分、読まれるだろうが意識を別の角度に向けた瞬間に攻撃を仕掛ければいい。


 すると相手は袋に入った物体を投げた。一部分のみを転移させている以上動いたら攻撃が成立しなくなる。ここは受けるしかない。毒でも麻痺薬でも今の体なら余裕で耐えてくれるはずだ。


 袋の中身は針の塊だった。ほとんどは皮膚の硬さによって防げたが体がチクチクする。


 そして、相手が瓶の中に入っている生物を見せつけて来た。あれは忘れるはずもない。


 思い出した事であの生物の危険性や相手の狙いが分かった。針が入った場所が異常なまでに痒くなり始めた。我慢できずにひたすらに掻いた。

 肉体が異常なまでに頑丈で刃物すら通さない。しかし、自分で自分を傷つければ血が噴き出ていた。


 血で真っ赤になった指先を見ることでようやく冷静さを取り戻した。

 既視感のある光景に疑問を抱きつつ敵を睨む。


「過去の事を思い出したか?」


 この光景を今はない記憶の中にあるのだろうか? もし、そうだとしてもこれは確実にトラウマや恐怖などの負の記憶だろう。

 せいぜい思い出しただけでも毛虫の事しか……


「思い出したぜ。ク(・)ソ(・)女(・)」

「なっ!」


 魔法で地面を変形させ串刺しにしようとしたが避けられた。

 まだ、全ての記憶が戻ったわけではない。それだけでも分かる。この女は殺さないといけない。


「おい。なんでいきなり殺す気になった?」

「お前のせいで俺の人生は滅茶苦茶になった事を覚えていないのか?」

「そ、それは」


 当然、本人も覚えている。加害者とはいえあれほどの事をすれば嫌でも記憶するだろう。


「とりあえず、死ね」


 《水流し》とは逆に周囲から水を一点に集める魔法を使う。魔法で殺すよりも素手で確実に殺してやる。

 

 あの女がバランスを崩し倒れ、こちらに近づいて来る。しかし、魔法に問題点があった。俺の方に向かってくる水をどう消すかを一瞬、迷い水を浴びてしまった。

 集中力が切れたことで魔法は自動消滅した。


 火を使った魔法の方が殺傷能力は高いが、下手に使えば魔王城を傷つけることになるかもしれない。


「クソ! お前のせいで俺は」

「確かに私が悪い点もあるが、クソったれた神共の方が悪い!」

「神? 何言ってんだ? とうとう可笑しくなったか」


 俺は一人しか神を信じていない。

 ……それは誰かは分からないが。


「もういい。私だって命は惜しい。全力で抵抗させて貰う」

「今の俺に勝てる訳がない」


 どんな攻撃も通さない強靭な肉体と遠距離でも使える魔法。この二つに加え、不気味だったから使わなかったが、あれを使えばどんな敵でも倒せる。


 あの女はどうゆう訳か魔法の発動タイミングを完全に理解している。遠くからちまちまやっていてもきりがない。接近戦の方が面倒くさくない。

 無言で急接近する。今度は転移などの小細工は使わない。


 腕を大きく振りかぶる。奴はこの予備動作を察し、確実に避けるだろう。そして、隙を見せた瞬間背後に回りカウンターをしてくるばずだ。


 避けられると同時に体を軸に一回転する。これであの女が予想通りの行動をしてくれていれば……


「チッ。そんな単純にはいかないか」


 距離を取られていた。あいつは俺の心が読めているのかもしれない。異世界に来ているという事はチートを持っていても変ではない。

 なら、今度は考えを変えながら行くしかない。


 右。右。左。心の中ではこの三つの繰り返しをイメージし、体は考え無しの出鱈目に動かした。

 残念ながら結果は躱され、流されと有効打に至っていなかった。


 身体能力や魔法の存在から考えると絶対に俺の方が強いはずなのに一向に勝負が決まらない。まるであの女に未来予知の能力でも備わっているかのように一歩先を見透かされている気分だ。

 多分、ただの攻撃程度ではあの女は倒れない。なら、少し気味が悪いあの力を使うしなかない。


 踏み込んで地面を抉り、塊の一つを蹴り上げる。そして、左手で触れる。


「消えた!?」


 俺が左手を向け強く念じることであらゆる物体を消すことが出来る。

 使用制限や代償は分からない。それに中二臭く恥ずかしい。得体の知れないせいで使うつもりはなかったが、あいつを殺せるならそれでいい。


「こい」


 こちらの挑発にあの女は拳を見せつけてくるという行動に出た。どんな事をしようが消してやる。

 左手の狙いを定め能力を発動させた。


 不可視の攻撃。回避は出来ない。目の前に大量の障害物がない限りは防御も不可能。


「うりゃああああ!」


 馬鹿みたいに叫び何もない空間を殴った。そんな事をしても腕が先に消えるだけで致命傷は避けられない。しかし、俺の想像とは裏腹にあの女に変化が訪れなかった。

 不発だった可能性もある。なにせ得体の知れない能力だ。


 気付いたら相手との距離は縮まっていた。空間を消した影響だろうか? ってことは消滅させる力は発動していたはず……。


「は?」


 あいつの拳が鳩尾に食い込んでいた。

 一瞬の油断。いや、油断はしていなかったかもしれない。それは時間が止められたかのように一瞬だった。


 痛みは感じない。それでもお腹を押さえ塞ぎこんでしまった。形容し難い何(・)か(・)を殴られた。ただただどうしようもない恐怖が襲ってくる。


「悪いな。お前の存在自体を殴った」

「はあ? 冗談きついな」


 唾液の様な透明な液体を吐き出しながら、笑顔を作る。虚勢でも見せないと心が持たない。


 敵が近距離にいれば、打撃でも殺せるし魔法も当たる。

 逆転することは十分可能だと分かっているにも関わらず体が思い通りに動いてくれない。


「今回は本気で撃った。だから、そう簡単には動けないはずだ」

「それはど(・)の(・)尺(・)度(・)で量った?」

「誰でも同じ結果になる」

「そうか。そうか」


 今まで元の世界に対する未練を一切考えてこなかった自分が異常だと思っていたが、ちゃんと普通の所もあって安心した。

 心の中で大きなため息を吐き、改めて考える。


「お前は俺の性格を捻じ曲げたことは知っているが、それ以外に何かしたか?」

「性格の改変以外は特にやっていないはずだ」

「なんで、俺はお前に怒っているんだ?」

「私がいなければこの世界に来る事もなかった。それに死ぬ事だって」

「俺って死んでるのか?」


 不自然な記憶喪失はそういうことだったのか。確かにこれなら生前の記憶が薄いというのには納得がいく。でも、それは神の戯れとかであってあいつのせいではない。


「リュウが死んだのは異世界から戻ってすぐだ。魔王だった私を殺してすぐに死んだ」

「魔王?」

「ああ、五百年前の魔王は私で勇者がリュウだ」

「リュウって誰だ? 話の流れ的には俺だと思うが」


 五百年前と言えば、魔王も勇者も歴代最強と言われている。別次元の存在として魔族の間では語られていたはずだ。そして勇者の名前はどの文献にも表記されていない。それが持っている情報だ。

 それにリュウという名前にも引っかかりがある。


「リュウ。いや今はナナシと名乗っていたか。ややこしいよな、本名が名無龍之介(ななしりゅうのすけ)という事はどっちで呼んでも正しくなる」

「本名……うっ。なんだこの感覚は」


 断片しか思い出せない記憶が徐々に繋がっていく。新たなピースが湧き出て組みあがる記憶という名のパズルは色を付け始める。

 正しいかどうかは分からないでも、俺はそれをすんなり信じることが出来た。


「マクロ。なんか悪かったな」


 俺は誤解をしていたみたいだ。

 性格を変えたのは事実だが元を辿れば俺を異世界に転移させた神が悪い。


「良かった。これで本題を話せる」

「本題?」

「ああ、元の世界に戻る話だ」


 元の世界。帰ることなんて不可能だと思い込んで諦めていたがそんなことが可能なのだろうか?


「勇者である私が魔(・)王(・)を(・)殺(・)せ(・)ば、すぐに戻れる」

「魔王様(・)を殺す……だと」

「殺しなんて勇者だった頃のリュウなら簡単だろ」


 体が勝手に動き、マクロを殴っていた。

 予想外の攻撃に避けることは間に合わず後ろに跳び威力を流す事しか出来ていなかった。


「いきなり……」

「体が動かない!」


 体の操作権を奪われた。いくら動かそうとしても動かない。


「ハハハハハ! ハァ。全く君は妄信的だなあ」


 俺たちを見下すように階段の上に魔王が現れた。



次話は二週間ほど後になります。

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