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side 元勇者の弟 七

 力を手に入れてから一か月が経った。兄さんが来るまであと一か月。

 今、僕は殺されかけていた。


「なんの冗談ですかね。こんな雑魚が師匠の弟? マクロが弟と言われた方がいい気分です」


 丁寧な口調ながらえげつない事を言ってくる少女。

 マクロが連れてきたコンという兄さんの弟子の一人らしい。


 コンは身長は僕より少し低い。多分、同い年だろう。しかし、纏っているオーラが桁違いなのだ。

 まるで、手加減を忘れた兄さんを相手にしているような気持ちになる。


「師匠からクズ以外は殺さない様に教育されているので、殺しはしませんが。この程度の力で師匠の弟を名乗らないで下さい」


 コンの言っている事が僕の心に深く突き刺さる。

 確かに僕は何をしても本気の兄さんに傷一つも付けれないかもしれない。現に弟子のコンにすら攻撃がかすりもしなかった。


 弟として相応しくないと判断されても文句は言えない。


「ちょっと力の差でも見せてあげますか」


 急に体の痛みが無くなり、魔力も回復した。

 もしかして……。


「私がやりました。あなたの気力が持つ限り相手をしてあげましょう」


 笑顔で話かけられたのに体が震えた。


 雰囲気だけでも分かる。この人相当、狂った性格をしている。

 モンスターの方がまだいい感性をしてる。死以上の恐ろしさを感じた。


 後退りながら、マクロが兄さんの弟子の中で一番弱い事を深く理解した。

 心臓が煩くなるほど鼓動する。顔からは冷たい汗が顔に線を引くように頬を伝った。


「は、ひ……」


 言葉をまともに話す事すら出来ない。こんな事になるのなら、初めに倒された時に死んだふりをすればよかった。

 僕の弱さが全力で逃げることを進める。


 !?。幻覚が見え始めた。

 コンが十人に増えたように見えた。恐怖に支配されるとこんな物まで見てしまうなんて、自分の無力感を痛感する。


「弟分から聞きましたよ。あなたは人族じゃないんですよね。その自慢の翼を奪ったらどんな声で鳴いてくれますかね」


 死よりも恐ろしい存在が目の前にいる。今すぐ腰にある魔剣で自分の首を切断して楽になりたい。

 体の中の悪魔と天使が一切喋らない。奴らは恐怖で逃げたんだろう。


 翼は普段の生活で邪魔なので、体の中に隠している。なので、引っこ抜かれる事はない。

 まだ、何もされていないのに背中に痛みが走る。


 兄さん曰く、ファントムペインという症状で実際にダメージが無いのに緊張などの要因で痛んだと思い込む状態。

 思い込みだけで、背中の皮を剥がれて傷口を乱暴に触られた様な痛みが襲ってくるなんて。


 もし、目の前の化け物と戦えば、殺されることなく更なる痛みを味わう。想像しただけで吐き気がする。


「まあ、こんな物ですね。師匠に教えて貰った死恐怖(デス・フィアー)の味はどうでしたか?」

「……あ」


 突然、恐怖から解放され無残にも地面に膝を付けてしまった。


 意識は何とか失わなかったけど、今朝食べた物が地面に広がった。

 まさか、これほどまでに力の差があるとは。これが、兄さんの弟子。今の僕なら勝てなくとも傷は与えられると思っていたのに。


「別にあなたが、私の義理の弟になっても悪い気はしないです。これからコン義姉(ねえ)さんと呼んで下さい」


 この子は何を言っているのだろうか?

 兄さんの嫁にでもなれるとでも考えているのだろうか? もし、そうなら声を出して笑ってやりたい。


 コンは見た目は可愛い代わりに心が醜い。兄さんは人間の外見よりも心を優先する人だ。


「それでは、私たちは帰る事にします。次に会う時はお義姉さんですからね」


 コンが消えたと錯覚するほどの速さで移動した。


「シュウ。ごめんね。あれでも、ただ師匠の事が好きなだけの人なんだ」


 マクロが小さな声で、「盲目的だけど……」と呟いていた。

 二人が居なくなり、いつもより広く見える庭だけが残った。


『あれは本当に人間か? 悪魔の俺ですら勝てる気がしなかったぞ』

『どうにかして、魔界に招待したいですね。あの方も気に入ることでしょう』


 天使と悪魔が変な事を言っている。正直、やる気がなくなった。

 弟子でこんなレベルの違いがあるのに、師匠である兄さんの力はどんなに高いのだろうか?


 今まで僕が見ていた兄さんの強さはほんの一部だけだったんだ。

 兄さんが言う所の『氷山の一角』。もう、戦いたくもない。


 自分の努力なんて……意味ないんだ。


 とりあえず、今日の所は寝よう。明日からは日々を適当に過ごそう。

 地面を這いつくばりながら屋敷を目指す。


「シュウ。ちょっと待って。私と戦いませんか」


 精霊王を二体連れたシーが久ぶりに外に出てきた。

 兄さんが居なくなってからは病気になったかのように机に座っていたのに。今更何をするのだろうか?


「ごめん。今は……」

「主様の命令だぞ!」


 冷気が漂い、芝生の草に白い霜が降りている。

 氷の精霊王の目的は僕が吐いた嘔吐物を凍らせて匂いが出ることを防ぐこと。特に敵意は感じない。


「悩んでいても仕方がないので、魔導だけで模擬戦しましょうね」

「僕に拒む権利は無いんでしょ」

「勿論。それに、闘争心がひしひしと伝わってきます」


 流石にバレてしまったみたいだ。

 しばらく、屈辱的に負け続けてイライラしていた。そんな時に倒せる可能性が高い人間が来た。逃がす訳がないだろう。


「じゃあ、行きますか。二人とも武器を生成」

「承知致しました。《氷の女王(フリーズクイーン)》」

「《水の女王(アクアクイーン)》」


 シーの体に氷の鎧が纏われ、その氷の上に水の鎧が纏われる。

 僕がヴェリトラと内部で一体化するのなら、シーは外部で合わさっているとでも言える。


 勿論、さっきまでいたコンやマクロに比べれば、圧倒的な差がある。


 魔剣を取り出し、本気で踏み込む。

 反応されていない。試しに露出している顔を切りつけた。


 ゆっくりと驚きに顔を歪めるシーを見て確信した。

 はは、僕が早すぎるんだ。やっぱり、僕は弱くない。兄さんを気にしなければ負ける事は無い。


 鎧が一番厚そうな背中を狙って蹴り上げる。

 シーの体からパリッという音と共に木に吹っ飛んでいった。


 二人の精霊王は瞬時に怒りを露わにしているのか、周囲に無数の水と氷の球を浮かばせた。

 まあ、すぐに無数の球は消えることとなるのだが。


「なんだ、この化け物は」


 魔導をすべて破壊し、精霊王たちの頭を殴った。


 圧勝。これが、いつもの僕とは反対側の世界から見た景色。

 最高の気分とは、今の事をいうのだろう。


「ははは、やったぞ! これが、僕の力だ!」


 そうだ。僕の上には兄さんたちがいるけど、下を見ればいくらでも人はいる。


()()はお前で決まったみたいだな』

『おめでとうございます』


 不思議と力が漲ってくる。

 天使と悪魔の話だと、僕は傲慢になったらしい。何の事かは分からないけど、何故か嬉しい。


『聞こえるだろ。俺は傲慢の邪神だ。力は勝手に使っていい。命令を出す時に従え。それだけだ』


 邪神()に能力を授かり、更なる力を手に入れた。

 これで、また兄さんに一歩近づけた。でも、まだ足りない。もっともっと力が欲しい。


『ああ、早速だが指示を出させてもらう。振り向いてそのまま、進め。お前の仲間? 大罪スキル持ちと会えるぞ』

「分かりました」


 邪神様の命令に従い、森の中に歩いて行った。


 ――――――


 森を中で僕を含めた七人が集結した。

 それぞれ、種族はバラバラで獣人もいれば、魔族やエルフ等のこの辺りには絶対に居ないような種族までいた。


 一応、何の邪神様と契約したかの自己紹介は終わっている。

 僕は新参者で知らなかったけど、僕らは邪神様の使途になっているらしい。


「さて、我々は集まった訳だけど、何をするか聞いた?」


 憤怒の使途の紫髪の少女が現在、七人の中で最強だと全員が出会った時に分かった。

 なので、仕切りは彼女に任せている。


「邪神様の存在を世に広める為に、国を作るのはどうでしょうか?」

「いいねえ。平和的で差別を無くせば、更にいい活動になるねえ」


 顔を手で隠した強欲の男の提案に美形エルフの暴食の男が賛成した。

 まあ、僕はクズ以外を殺さないのなら悪くない意見だと思う。


「色欲は賛成で」

「嫉妬も賛成の方向で」

「た……い……だ……も」


 女性三人も賛成した。


「傲慢もそれに賛成します」

「これで、我々の目標が決まりました。しばらくは自由行動で、合流は適当で。じゃあ、解散で」


 散っていくように憤怒と僕以外は帰って行った。

 僕も帰ろうと踏み出そうとした時に憤怒に話しかけられた。


「ちょっと、気になったんだけど。いいかな?」

「はい。なんでしょう?」

「リュウって人族を知らない? 私よりとっても強いんだけど」

「!?。なんで、兄さんの事を知っているの?」


 つい、兄さんの事だと断定してしまった。

 強い。その言葉だけで、あの人を想像してしまうとは。


「ふーん。傲慢の兄弟だったんだ。じゃあ、会ったら伝えておいて『私は過去を乗り越えた』ってね」


 憤怒の髪が逆立ったと感じた時には、圧倒的な熱が僕を襲っていた。

 とても生物が出せる温度を超えている。


 そして、少女は姿をみるみる内に変えていき竜。いや、伝説に出てきそうな龍になった。

 紫の龍を見ていると、ユミナさんの雰囲気によく似ていると気付いた。


 龍は高速で空に上昇し、去って行った。


 彼女は強い。強さの秘密は多分、過去を乗り越えた事だろう。

 僕だって、それなりに過去を乗り越えたはずなのに彼女に勝てない。


 理由は一瞬で分かった。


「兄さんを倒せばいいんだ」


 【傲慢(ハティネス)】の能力は単純で、上の存在に対する強い渇望によって自分の全能力を引き上げる。代償は思考がクズ寄りに傾くこと。

 現に今、僕がやろうと考えたことが、兄さんと関わりが強い人間を殺し動揺させること。


 勿論、クズに成り下がる程の下賤なプライドは持ち合わせていない。

 戦闘上、必要な作戦はどんな事でも、いくつか実行する。


 さて、今から兄さんを倒す手順を考えると心が躍った。


 ――――――


 日は進み、兄さんとの決戦になった。


 途中まで作戦通りに進んだ。

 兄さんは魔剣の能力で視界に現れた時計に動揺している。


 能力の説明をしたい気持ちを抑えて、最終章まで進んだ。


 兄さんの最後の足掻きである。花々が光を集めて空は暗くなっている。

 一体、どんな規模の攻撃かは分からないけど、翼を広げ、力を貯める。……これで最後だ。


 心臓を狙った一撃が時の止まった兄さんに迫る。

 勝ちを確信したその時。急に剣の軌道が変わり、兄さんの四肢を切断するだけに終わった。


 最終章が終わり、兄さんが地面に倒れた。

 止めを刺す為に近寄るとすぐに消えていった。


「チッ! 仕留め損なった」


 舌打ちをしながら、事実を確認した。

 これは、兄さんが逃げた。状況的に僕の勝ちだ。


「やった! やったよ。これで、僕は過去を乗り越えたんだ」


 やっと、倒せた。いつも、兄さんに対する憧れを【傲慢(ハティネス)】で力に変え続けた成果だ。


「シュウ。その姿は」


 父さんが僕の翼を見て、何か言ってきた。


「兄さんにやられたんだ」


 不可解な事は大抵兄さんのせいにしておけば、この親は騙せる。


 しばらくは、のんびり生活をしよう。

 僕は邪神様のお陰で強くなれたんだ。なら、次は恩を帰す必要がある。


 (きた)る時まで力を隠していよう。



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