表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お前が犯人だ

 ――あー、あー、テステス。

 お、大丈夫だ。ちゃんと書きこめているな。

 いやー、これが繋がらないとかなりピンチだったから本当に助かったぜ。

 おっとすまん、焦ってしまって自己紹介がまだだったな。

 俺の名は「ングヴァシュラ・キュヴァィァオ」だ。


 え、読みにくい? それに呼びにくいだと?  

 そんなことは分かっているよ。

 だからこれまでも、そして今だって苦労しているんじゃないか。

 でも小声でいいから一回俺の名前を声に出してくれないか。実際にやってみると案外簡単な発音だし、それが俺の助けになるんだから。

 な、騙されたと思って一回だけでも試してくれないか?

 そうそう、ゆっくりでいいから出来るだけ正確にな。


 ――へえ、お前は発音が上手いな。もう一回頼むぜ。

 なんてまるで声が聞こえたみたいに言ってるけれど、みんな一回ぐらいは試したよな? 

 これだけ下手に出れば誰か一人ぐらいは俺の名前を発音できる滑舌がいい人間もいるはずだ。そうじゃないとまるで馬鹿みたいじゃないか。

 頼むぞ、もうこっち世界では呼んでくれる奴は残っていないんだから。


 ああ、別に俺がとてつもないボッチってわけじゃない。

 ただ人類が絶滅しただけさ。

 だから、助けると思って――ああ名前が難しすぎて発音できないなら、俺が健康で長生きできるように願ってくれるだけでもいい、それだけでもちゃんと力になる。


 ん? ああ、そうだ。

 さっきも言ったが俺がこの世界で最後の生き残りだ。

 他に生きている奴は誰も――人っ子一人どころか動物もいない。ついでに植物さえもな。


 分かった分かった、総興奮するなって。最初から説明してやるよ。

 

 山田っていう小太りの少年に俺が呼ばれたのが事件の発端だった。

 依頼としてはごくありふれたもので復讐さ。

 自分を馬鹿にしてイジメているクラスメイト達を酷い目に会わせてくれってものだ。

 こんなチンケな仕事にわざわざ手間暇をかけて俺を呼び出すなよと思いつつ、一応俺は年長としてやめておけと忠告した。


 標的が沢山いるとちまちま復讐してもなかなか終わらないし、やっている途中でスクールカースト最下層の山田が指示しているとバレたら尋常じゃない恨みを買うことになる。

 次はこれまでの比じゃないぐらい残酷なイジメにあうぞってな。

 それに標的にも友達や親兄弟がいるだろうし、そいつらに復讐が見つかってもまた面倒なことになっちまう。

 クラスメイト達は優等生なんだから、こっちをイジメたことは無視して被害者面で謝罪や損害賠償を求めてくるに決まっている。

 そうなると裁判になっても、学校の面子を守ろうとする教師や同級生なんかは向こう側の証言をするだろうしこっちが不利になってしまう。

 そいつらごとまとめて一掃するぐらいじゃないと完全にイジメから逃げるのは難しい。


 だったら、これまで通りでいいじゃないか。

 クラスメイトが山田のことを馬鹿にしたり殴ったりお金を取ったりするぐらい我慢すればいい。

 復讐するよりプライドを捨てて、卒業するまでの後一年をじっと這いつくばって相手の靴を舐めている方が利口だってな。


 ところが俺の説得は功を奏するどころか、なぜか山田は激高して「だったらそいつら全員血祭りだ!」と叫ぶ始末。


 説得の仕方を間違えたかもしれないが、そこまではっきりと命令されれば仕方がない。依頼主の願いに反するのは俺達の業界では許されてないんだ。

 願い通りにするには幾つか方法があったけれど、俺はその中でも最もコストパフォーマンスが高く好みに合った方法を選んだ。

 

 バイオテロ。

 早い話が標的にウイルスを感染させた。

  

 三日後にめでたく発病、体中の神経にヤスリをかけられたような激痛が襲うという謎の症状で山田のクラスメイト全員が病院行きだ。

 閉鎖されたクラスの中で一人だけピンピンしていた山田は最初は嬉しそうだったが、周囲の教師や生徒から奇異の目で見られて引き篭ってしまった。

 いや、それぐらいは我慢してくれよ。


 さて標的のクラスメイトは苦しみ抜いた末、一週間後には全員がお亡くなりになった。でも、現在に至るまで未だ葬式が行われるどころか火葬場でお骨にすらされていない。かわいそうに。

 なぜかって?

 その頃には日本どころかとっくに世界中が突如流行した奇病でパニックになっていたからさ。


 なにしろ特別凶悪で新種のウイルスを使ったんだから、政府や医療機関の対応が追いつかないのは想定通り。

 人間どころか生物全てで発病し、伝染性と致死率の高さと痛みを与えることだけを追い求めたリスクについては考慮外のやば過ぎるものだ。

 どんなに優秀な医学者でも研究にとりかかるより早く自分自身に死の足音が聞こえてくる。


 ――というわけで山田を馬鹿にしたり憎んでいた奴は綺麗さっぱりいなくなった。標的の親族や友達から恨まれるといった後腐れの心配もゼロだ。

 うん、さすが俺。仕事が速い。しかも丁寧。

 巻き込まれて死んだ人間も70億ほどいたが、まあ誤差の範囲だよな。


 ん? 後悔したかって? ああ、そりゃもちろんさ。まさかこんなスピードで人類どころか生物が死滅するなんて。

 感染率、致死率ともに100%の魔のウイルスなんて使うんじゃなかった。

 もう少し遊びの要素をいれて95%ぐらいにした方が、生き残った人間同士の泥沼な争いでもっと楽しめたのに惜しいことをしたなーって。

 まあそんな些細なミスはあったが、ドンマイだ。

 次はもっと上手くやるさ。


 そんな反省している最中に山田が恩知らずにも俺のことを罵ってきたんだ。

 酷いだろ?

 山田の願いを100%達成した上に、おまけとして人類を絶滅させる大仕事を成し遂げたのに、感謝の一言もないどころか逆恨みして逆ギレするとは。

 しかも復讐の結果をじっくり鑑賞させるために、こいつにはウイルスに耐性を持たせておくという万全のアフターサービスぶりだぞ。


 そこまでフォローしたのに暴言を吐きまくったあげくに自殺するんだから、本当にどうしようもない奴だった。

 俺が「人類を滅ぼした犯人はお前だ」って指摘したぐらいで罪悪感に押しつぶされるなんて、だから最近の学生はひ弱だって批判されるんだ。

 まったく山田には自分が70億以上の人間を殺した犯人という自覚が足りなかったな。


 ん? 違うだろうって? 話が本当なら山田のせいじゃなく全責任が俺のせいで、犯人も俺だと? 

 違うね。

 俺は銃弾みたいなもんさ。

 責任は銃弾にじゃなく引き金を引いた人間にある。

 ということで間違いなく犯人は山田さ。

 第一俺では「犯人」の範疇に入らないからな。


 ――ああ、すまない。言い忘れていたが俺は悪魔なんだ。しかもかなり上級の。


 だいたい人間にしては妙な名前だとお前も思っただろう?

 それに悪魔でもなければ、他に生命がない世界で悠長に書き込みなんかしていられるはずがないじゃないか。

 これでお前の疑問が解けてすっきりしたかな。


 ではこっちの疑問も解いてくれ。

 お前は悪魔の名を口に出すと現れるって格言を聞いたことがないか? 悪魔の名を呼ぶのはその場へ悪魔を呼び出す簡易召還になるんだってことも。

 日本語のことわざなら「噂をすれば影が差す」だっけ?

 英語ならもっと直接的、かつ的確なことわざがあるぞ。「Speak of the devil and he will appear.」つまり悪魔のことを話せば悪魔が現れるってこった。

 ふーん、そうか聞いたことがなかったのか。だんだん人間ってのは愚かになっていくもんだな。

 だからこっちからの働きかけが簡単に成功したのか。


 ん? なんだか顔色が悪いぞ、大丈夫か?

 ああ、まるで俺と実際に会話ができてるみたいで気持ち悪いって、そりゃ当然だろ。

 今はちゃんと画面を覗き込んでいるお前の顔だって確認できているさ。なにしろ俺の名前を口に出してそっちの世界へ呼び出すゲートを開いてくれた大事な契約主だからな。

 願いもすでに受け付けたし、しっかりと実行してやるよ。

 ええと、確か最初の方で俺の長寿と健康を祈ってくれていたんだな。

 はい承りました、俺はいつまでも元気で長生きしますよっと。

 うん、召喚するのに生贄や魔道書を自前で用意しなければならなかった山田に比べれば凄い優待しているな。


 まあなんだ、こっちの世界は全部滅ぼしちまったし魔界にも戻れない。魔力はだんだんと減っていくし、あんまり退屈すぎて死にそうだと八方塞がりだった。

 そこで近いパラレルワールドで脱出手段を探してたんだが、このインターネットってのは実に便利だな。

 発音が難しい俺の名前を呼んで簡易召還してくれる奴も、応援して力をくれる奴も、長生きしろと契約してくれる奴もすぐ見つかった。

 それに読者が無意識でも俺の名を記憶して同情してくれればちゃんと魔力に変換できる。

 お前だって初めの内は世界で一人ぼっちな「ングヴァシュラ・キュヴァィァオ」君、かわいそうだと思ってくれただろう。


 これならあと数分でそっちの世界に行けそうだ。

 まあ俺がやることはこっちと変わらないけど。 

 うん、そう。

 世界を破滅させるだけの簡単なお仕事を続けるだけさ。こいつは悪魔としては趣味と実益を兼ねている実に楽しい活動だから止めるつもりはまったくないぞ。

 こっちでの失敗を生かして、今度はじっくりと遊びの要素も入れてプロデュースしよう。

 泥沼な争いの末に訪れる救いのない滅亡を、どこまで悲惨にできるかが腕の見せどころだ。

 悪魔として一番没頭できる仕事を継続できるのも、全部ここまで読んで、そして呼んでくれたお前らのおかげだ。

 本当に助かった。


 ああ、そうだ。

 感謝を込めて、一つだけ指摘しておかなきゃ。

 山田がなんで最後まで納得してくれなかったのか考えていたんだが、あれは指摘するタイミングが遅かったせいじゃないかと思い当たったんだ。

 だから今度は、仕事に取り掛かる前にちゃんと話そうって決めていた。

 いいか、しっかり自覚してくれよ。


 そっちの世界が滅んだら――



 犯人はお前だ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なかなか見事な落とし方です。 パラレルワールドの使い方が美味い短編です。 星進一短編集の一作のようです。 [一言] 名前が読みにくいと、私は読み飛ばすので、悪魔の名前は呼びませんでした。
[一言] すごくよかった。
[良い点] 物語の結末、凄い面白かったです! [一言] さ、最後が怖かった(´・ω・`) 思いっきり名前を呼んでしまいました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ