第一章:白と黒の双子の人形
〈……この、人形……〉
〈恐らくお前人形だろう。これらからお前と同じ魂の波長を感じる。
お前がこの場に“生まれた”時、共に現れた人形達だ〉
それは、誰しもの目を惹き付ける程に美しく、精巧過ぎるが故に愛らしくもありどこか怪しさすらも醸し出す、儚げな表情の人形だった。
一体は長い銀髪を惜しげもなく流し、もう一体は艶やかな黒髪を後ろで結わえている。
ぱっちりと開いた双眸は赤い宝石を嵌め込んだかのように透き通った輝きを放ち、滑らかそうな白皙に淡い桃色の頬は非常に愛らしい。
一目見ただけで双子と解る同じ顔は、あどけない幼さを宿していた。
揃いの深緑のコートは白いレースで繊細に飾り付けられ、首もとの大きなリボンや指先しか見えない袖口が、より幼さを強調する。
そんな天使のように愛らしく、魔性のような妖しさを併せ持つ人形達は、ちょこんとお行儀良く寄り添ってお座りしていた。
美しく、本当の人間のように見えるほど精巧に作られているが、言ってしまえばただの人形だ。
しかし、白靄にとっては“ただの人形”だと言えない“何か”が確かにあった。
自分と共に、この世界に“生まれた”人形。ずっと傍らに控え続けてくれていた、白と黒の双子の人形。
しかし、それ以上に大切な事を、唐突に思い出した。
そして問題が解決すると知って喜色が浮かんだ。
が、またもや爆弾が落とされる。
〈お前は俺以上に魂が欠けているようだからな、うまく器に馴染んでも、すぐには動けんかも知れんが…〉
〈ボクも魂欠けてんの!?全く自覚なかったんスけど!?〉
つーか上げて落とすねキミ!?とわめけば、クラルヴァインは真実を言っただけとサラリと受け流す。
実に良い性格をしたあんちくしょうだ。
〈魂欠けてるとか良く解んないけど、動けないんじゃ意味ないじゃん……〉
もう何度挫折感を味わった事か…。
己の新たな人(?)生は、初っぱなから躓いてばかりだと、嘆きたくなるのも当然だった。
〈だから提案だと言っているだろう?
その人形を俺の器として使わせてもらう代わりに、俺がお前を外に連れ出し、必要とあらば守ってやる。
お前は生まれたばかりだから、これから先いくらでも成長出来る。
魂を鍛えれば欠けた部分を補完する事も出来るだろうし、魔力が上がれば器を媒介に人化する事も可能だ。
どうだ?悪い話ではあるまい?〉
俺が共にいればなんの心配もあるまい、と胸を張るクラルヴァインに、自信家だなと思いつつ『そうかも』と考える。
しかし、これまで散々上げて落とされて来たためか、白靄は慎重だった。
〈でも、キミ力奪われたんじゃなかったっけ?〉
〈奪われたのは一部…。魔剣としての力だけで、生来の力は残っている。
別に隠居魔王や悪魔を討つつもりなどないのだから、それで十分事足りる。俺は元々強いからな!〉
確かに、白靄にもそんな事を生きる目的にする気はない。
新たに始まった“異世界”生活を、自分らしく楽しく謳歌したいだけなのだ。
しかし、その“相棒”となり得る相手は、魔剣……。
封印されなければならないような事をしでかした人物(?)である。
油断はしてはいけない。
白靄の慎重を警戒と取ったのか、針の莚に晒されたかのようにたじろいでいた。
〈…な、なんだ?不満なのか?器を得れば外に出ても消滅の心配ないし、いずれは動けるようになるだろう。
その上、俺と言う優秀な庇護者までいるのだ。なんの不満がある?〉
〈それは良いけど、それ以前にキミ封印されてんじゃん〉
〈先にも封印が弱まっていると言っただろう?
今のままでは自殺行為だからやらんが、これ程までに弱まり綻んだ封印など破るのは容易い。
この神殿を丸ごと封印として使ったのも、元々の俺の力が強かったからだろう。
魔剣としても最強と称されていたからな〉
ふふん、と笑ってクラルヴァインは胸を張る。
じゃあ何で最強の癖に封印された挙げ句、力まで奪われてんだ、魂盗られてんだ、魔核壊されたんだ。
…何て疑問が三度矢継ぎ早に浮かんだが、クラルヴァインはどこ吹く風だ。
大方相手が姑息だったとか、タイミングが悪かったとか言い訳するのだろう。
強ち間違ってもなさそうなので、ここはスルーしてあげた。
〈じゃあキミは外に出て何がやりたいのさ〉
〈…む?外に出て…か。特に考えていなかったが、そうだな。
あえて目的とするなら、奪われた力は取り戻したいな。あれは元々魔剣として培った俺の力。
何者かは覚えとらんが、他者に俺の力を使われるのは、何となくだが腹に据えかねるのでな〉
何となく思った通りの言葉が帰ってきて、しかしどこか二の次、三の次的な目的にも聞こえて訝る。
もしかして本当に特別な目的何てないのかも、と思いつつも油断はせず、一番聞くべき事を問うた。
〈落とされる前に訊いとく。ズバリ封印された理由と力を取り戻したい理由は何?
力取り戻して何する気なのさ?言っとくけど悪巧みには協力しないよ?〉
生まれてすぐに悪者サイドに仲間入りとか、流石に許容出来ない。
自我が芽生えていく過程でそれを知るのなら何とも感じないだろうが、己の意識は善良な一市民(多分)の物を引き継いでいるのだ。
相変わらず矢継ぎ早な質問だったが、今回は文句は言われなかった。
その代わりのように、クラルヴァインの言葉が吃る。
特に『封印された理由』について、口をまごつかせていた。
〈……あぁ、その事な……。力を取り戻したいのは先にも言った通りだし、それで何かしようとも思わん。
ただ“魔剣”と呼ばれるモノは、俺も含めて多くの被害と災いを生み出す。
悪用するしか使い途のない力ばかりだ。別に無くなったところで俺としては特に問題はない。
なんなら奪い返した力だけ抹消しても構わん。ただ利用されているだけと言う現状が気に入らんだけだ〉
〈まぁ、魔剣っつったら良い印象はないもんねぇ…。
そういう力を盗られて解放しちゃた“ツケ”を払うために取り返したい、って事で良い?〉
〈ふむ、そんな所だな。
と言っても俺の力は制御の難しいものだから、生半かな実力では使いこなせんだろうがな〉
〈で、何で封印されたのさ?何かやらかしたん?〉
再びフフンと胸を張ったクラルヴァインだったが、間髪入れずに問われた内容にそのままの体勢で固まる。
無心で見つめ続ければ、白靄の無言の圧力を感じたのかクラルヴァインの黒靄が不安げに、その体積が若干縮こまって見えた。
〈……話さなきゃ駄目か……?正直聞いても面白い内容ではないし、お前絶対引くぞ〉
踏ん反り返った胡座の体制から、こぢんまりとした体育座りになったクラルヴァインは、何かいじけているようにも見える。
悪魔とのハーフで、魔人で、元魔剣で災いを呼ぶ力を持っていて、厳重に封印されていた。
…と、ここまで聞けば相応の覚悟など出来るものだ。
引くと言うのなら封印されている、という事実を聞いた時点で引いている。
先程の話も本心からのものだと解ったし、ここまで言葉を交わしてきて根本から悪い奴ではないとも感じたのか。
今更、実は元魔王でしたと言われても驚かない自信ある。
そこまで伝えればクラルヴァインは、どこか呆気に取られたような様子で固まっていた。
〈それに、そっちだってボクの“秘密”読み取ってんでしょ?
これから一緒に行動するんなら、運命共同体みたいなもんじゃん。
お互い隠し事はなしにしよーぜ?〉
〈!秘密……。お前が“異世界”からの転生者だと言う事か?〉
〈ほら、やっぱり読んでる〉
ヒトの心ん中どこまで読んでんだ、と文句つきで言えば、クラルヴァインはばつの悪そうに頭をかいた。
〈それに関しては読まずとも、お前の言葉や態度からも何となく察せられる。
お前はこの世界の事を何も“知らなさ過ぎる”からな〉
実際の話、生まれて間もない内に自我を持ち、成人と変わらない意識を持つ者がいないわけではない。
そういう存在は悪魔や精霊、魔人族として生まれた者になる。
だが、そう言った者達でもエレオスの理は、生まれながらに理解しているものなのだ。
それは生命の源であるマナに刻まれている情報なのか、改めて学ばなくもと誰もが知っている、絶対の常識。
〈それにお前が話した魂の輪廻は、このエレオスには存在しない考えだ。
だとすれば、この世界とは異なる理を持つ世界…異世界から来たと考える方が納得出来る〉
〈おぉ、名推理ですな〉
茶化すな、と怒られたがその推理は白靄の考えと全く同じものだった。
聞き覚えのない言葉、現実のものだと言う空想だと認識していた者達。
知らない筈なのに、“知っている”様々な事柄、理…。
知らないのは意識の“元”が別の世界にあったものだったからであり、“知っている”のもすんなり理解出来たのも、この世界に“生まれた生命”だから。
だが、別の世界で生きていた者の意識を引き継いだからこそ、今の自分は、何も知らず世界の事を知らなければならない。
それが口にするのも憚られるような、凄惨な過去であろうと…。
〈どうしても話したくないって言うなら、無理にとは言わないけど…〉
〈いや、お前の言うことも一理あるし、そこまでの覚悟があるのなら俺も覚悟を決めねばな…〉
言いにくそうにではあるがそう決意すると、クラルヴァインはついでにエレオスの事も少し教えてやる、と付け足して話し始めた。