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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
27/30

第二章:生命の護り手

長かったので二つに分けた、後半部分です。





「追わずとも良い。今はな」

「それより、この人の治療の方が先だよ!」



剣を鞘に戻したアークが淡々と告げると、ノアも逃げた妖鬼より怪我人が優先と紫呉を促す。


ノアにも促されれば紫呉に異論など出る筈もなく、アークと同様に大太刀を仕舞い戻ってきた。


それと同時に身を起こしていた黒い翼の青年が、力尽きたように倒れる。


血で汚れた手で口許を覆えば、苦しげな咳と共に血が吐き出された。



彩風(アヤカジ)!!おいッ、しっかりしろ!!」



派手な喀血を見て、紫呉の顔が蒼白になる。


彩風と呼ばれた青年の傍らに片膝をついた紫呉を、青年は濁った琥珀の瞳で見上げた。


虫の息なのか吐き出される呼吸は非常なか細く、空気が抜けるような音も混じっている。


斬り裂かれた腹部からは止まる事なく血が流れているが、最早それを押さえる力もないのか、彼の腕は力なく地面に落ちていた。



「待っていろ!今治療薬を…っ」

「……無駄、だ…。この、傷は…、あらゆる…治癒を、はじく…」



血を吐くような吐息と共に、黒翼の青年の口からとんでもない事が告げられる。


何を馬鹿なと一蹴に伏し、紫呉は亜空間ボックスと呼ばれる収納用の空間制御術式から、淡い緑色の液体が入った球状の小瓶を取り出した。


それは候鳥支援ギルドが開発、販売を行っている治療薬で、どんな傷でも…とまでは行かないまでも、ある程度ならたちどころに治せると言う。


こういった普通の傷薬では間に合わない重症でも、生体マナに直接働きかけて傷を治す治療薬なら助けられる。


エイダ達曰くかなり高価なそれを、紫呉は惜しげもなく青年の腹部へと振りかける。


流れ出る血を洗い流しながら無惨にも斬り裂かれた腹の傷が、少しずつ塞がっていく、筈だった。


だが、一瞬淡い光が傷を覆ったかと思えば、それらはすぐに消えてしまう。


結局、治療薬は何の効果も生まず、少し血を洗い流しただけだった。



「な…っ!?そんな、馬鹿な…」



余りの事に紫呉の声音に絶望の色が混じる。


その後ろで様子を見ていたノアの目には、なぜ治療薬が効かなかったのか、その原因が見えていた。



────いま、あの黒い“何か”が薬の効果を打ち消した…のかな?

この黒いものがこの人の躯を、命を蝕んでる…。でも、これって、一体……。



「…………呪詛か」



ノアの内なる疑問に答えるような形で、アークの小さな呟きが耳に届いた。


それには紫呉も弾かれたように顔を上げ、黒翼の青年は諦めたように目を閉じた。



「……そう、だ…。奴ら…は、呪詛…そのもの、だ…。同胞も、里の…民も、その、殆どが、この…呪詛に…」



途切れ途切れに告げられた言葉に、紫呉の表情が強張っていく。


里の仲間、幼馴染みである青年からもたらされた情報は、紫呉を打ちのめすには十分すぎた。



「……っ、エイダッ!」

「は、はいっ!?」

「お前、術式の解析が得意なのだろう!?呪詛を解析して解呪出来るか!?」

「や、やってみます!!」



いつの間に来ていたのか、紫呉に頼まれたエイダは慌てて茂みの奥から飛び出してきた。


普通の術式と呪詛は全く別ものなのだが、そんな事は言っていられないと、エイダは素早く青年の傍らに膝をついた。


紫呉が持っているものと色違いの、赤いミーディアムを取り出し、手早く操作して解析陣と言う術式を呼び出す。


空中に緑色の光で円が描かれ、その両サイドにグリッドのようなものが出現する。


それらがキーのようなもので、エイダは円の中に表示された情報を見て目を丸くした。



「な、何コレッ!?こんな複雑なの初めて見たッ!」



正直ノアが見ても何が何を示しているのか解らない。


しかし、解析に自信のあるエイダには青年を蝕んでいる呪詛がどれ程複雑且つ難解なのかが理解出来たのだろう。



それでもキーを押して解析を始めたが、青年の容態は確実に悪くなっていった。



「アーク。呪詛を解除する方法とか、何かないの!?それと、傷を癒す魔術とか…」



いてもたってもいられなくなり、ノアもアークに問い詰める。


呪詛のせいで薬が効かないなら、それを解除すれば良い。


それに様々な魔術があるのなら、治癒系もある筈。


そう考えて聞いたのだが、アークは渋い顔で首を横に振った。



「あるにはあるが、呪詛を解析しない事には始まらん。

それに、元より解呪術は俺も知らんし、治癒術に関しては俺には使えん」

「そんな…。じゃあ、どうすれば……」



打つ手無し。


そんな言葉が脳裏を過る。


周囲に痛い程の沈黙が落ち、エイダがキーを押す音だけが耳に入る。


その横では紫呉が強く拳を握り、エイダの作業を睨むように見つめている。


一番悔しいのは間違いなく紫呉だ。


同じ里の住人が、幼馴染みが目の前で死に瀕しているのに、何もしてやれないのだから…。



────このままじゃ、本当に死んでしまう…。でも、どうすれば…。

呪詛さえ解除できれば助かる?でも外傷だって酷い。腹部の傷、内臓まで傷つけてるかも…。

それに出血も多い。例え呪詛を解除できても、治療薬一本じゃ間に合わない……。



どうすれば助けられる。何をすれば良い、何が出来る。


確実に死に向かっている青年を前に、ノアはひたすら思考を巡らせる。


何とかしなければ。助けなければ。


……死なせてはいけない。



そんな強い思いに刈られて、ノアはただどうすれば、と頭の中で繰り返した。



────呪詛と傷の治療、これを同時にやれば、或いは…。

でも、そんな術ある?普通に考えて高ランク魔術になるだろうし、アークでさえ治癒術は使えないって…。



あるかどうかも解らない上に、使えるかどうかも解らない。


けれど、このまま何もしないでいるわけには…。


ノアの頭の中で同じ言葉が堂々巡りを繰り返す。


そんな時に、その声は聞こえた。





─────君なら────…。





────ボクなら……出来る……?



そう脳裏で呟いた瞬間、頭の中で“何か”が弾けたようなそんな感覚がした。


それと同時に、魔術を教わり始めた頃に言われた、アークの言葉を思い出す。



『魔術の構築式はかかせないし決まり事のようにも見えるが、元来魔術とは術者のイメージで効果がいくらでも変わるのだ。

同じ術でもイメージ次第で様々な効果を生み作用する。

だからイメージがちゃんと出来ていないと、いくら構築式を用いても術は失敗する。

逆にこのイメージが固まっていれば、完全にオリジナルの術を新たに作る事も可能だ。

まぁ今のお前にはまだ─────』



────新しい術……。

そうか、無いなら新しく作れば良い。

彼の命を完璧に救う、そんな術を…。



〈────紫呉、奴らの狙いは、俺と…お前が持つ魂…。そのために、里は、襲われ……俺は、御館様に…逃がされた……〉



不意にノアの思考を遮るように、思念が一方的に送り付けられる。


紫呉だけに向けられている思念をアークが察知し、回線を開いて傍受してノアにも送っているのだ。


青年は最早口を開く気力もないらしく、それでも情報を紫呉に知らせようと、念話で伝えてきたようだ。


その内容に紫呉が無言ではを食い縛り、握り締めた拳を震わせる。


紫呉の魂。


その言葉が持つ意味をすでに知っているアークはその真紅の瞳を鋭利にし、ノアは改めて目を閉じた。


意識を集中するために…。



〈だが、…この通り、不覚をとった……。…紫呉、俺が死んだ後…、この躯を、焼き尽くして、くれ…。俺は同胞を……、お前を襲いたく、ない……〉



その間も、青年の言葉が脳裏に響く。


その思念すらか細く、今にも途切れそうな程だ。


そして、遺言のような言葉とそのないように、紫呉は激昂した。



「お前…、何をふざけた事を…!勝手に死んだらとか言ってんじゃねぇ!!

こんなところで死ぬとか、らしくねぇ事言うな!馬鹿野郎!!」



激情のままに怒鳴り付けても、手の施しようがない事は紫呉も理解しているのだ。


その叫びには胸が痛くなる程の悲痛さと、嘆く程の無力さに支配されていた。



〈頼む……。おまえ、だけ、でも…に…げろ……〉



その思念を最後に、青年の声は聞こえなくなる。


意識も落ち、まだ息はあっても、それが止まってしまうのは時間の問題だった。


意識は失っても、まだ息はある。


──────まだ、生きているのだ。



「──────死なせない」



小さく、しかしはっきりと告げられた声に、全員の視線がその主に向く。


驚きと戸惑いの視線を向けられたノアは、目をスッと開いて、もう一度告げた。



「─────死なせないよ。……絶対に」



小さくとも力強く、ノアは言い切る。


真っ直ぐ前を…青年を見つめるその双眸には、かつてない程の強い意志と輝きを秘めていた。



「ノア…お前……」



アークが双呟いた直後、両手を祈るように組んだノアの銀糸がふわりと揺れた。


それは魔力の流れ。


そしてアークと紫呉の目に映る程の濃密なマナ。


それらが結び付き、莫大にして純粋なる力の本流となる。


それはアークですら目を見開いて驚愕する程の力であり、エイダ達ですら気付く程強く、しかしそれ以上に優しいものだった。


そしてやがて、ノアは“意思ある言葉”を紡いだ。



「────統べての生命(いのち)を育むもの。生命を護る恵愛なる光。

生命を蝕む統べてのものより、その生命を護りたまえ────」



その言霊に応えるように、倒れた青年を中心に周囲に大きな陣が展開し始める。


強い心が言の葉に意志を持たせ、その意志が構築式を形作っていく。


その呪文の内容に、エイダが驚愕した。



「なに…この呪文……。あたしも知らない術を、何で姫さんが…?」

「術の、新構築…だと?」



それも、術式の規模からかなり高ランクの。


内心で呟いて、アークはノアの小さな躯を見つめる。



言葉は更に続いた。



「────生命蝕むもの、活力を奪うもの、御霊を穢すもの、生命を奪うもの、彼の者より消えよ。

そしてその光以て、彼の者の力と為せ」



ふわふわと漂っていた白い光が、倒れた青年の躯を包み込んでいく。


それはとても強い光を放っているのに眩しさを感じず、暖かみを感じるものだった。



それはまさに、生命を慈しむ、癒しの光………。



「─────“生命の護り手(リザレクション)”」



起爆言と共に光は一層強さを増し、周囲を完全に包み込む。


その術式陣の中にいたアーク達も、その光に包み込まれ恩恵を受ける。


光が躯の中に溶け込むように浸透していき、やんわりと活力がみなぎってきた。


僅か数秒の後、光が消えて周囲に森の薄暗さが戻ってくる。


その場に残ったのは、驚きに固まる者達と、静寂だった。



「今……のは……?」

「治癒術……」



ポツリと零したスヴェンの言葉に、アークが答えるように小さく呟く。


呆気にとられていた一同はアークの言葉で我に返り、青年の方に意識を戻した。



「彩風!?」



全員の視線の中、黒い翼の青年は穏やかな表情で眠っていた。


紫呉が口許に手を添えて呼吸を確認し、ついで腹部に目を向ける。


血はこびりついているがそこに傷はなく、他の傷も綺麗に塞がっていた。


血の気が失せていた顔にも赤みが戻り、ボロボロになっていた翼すら、濡れたような光沢を持つ美しい漆黒の羽を取り戻している。



「─────えぇっ!?うそ!?呪詛も消えてる!?」

「何…!?」



開いたままだった解析陣に目を向けて、エイダがすっ頓狂な声を出す。


アークも改めて青年を見て、呪詛の靄が完全に消えているのを確認して、更に驚愕した。



「…傷を癒したのみならず、生体マナを安定させた上、更に呪詛まで解除したのか…?

なんと言う術を創作したんだ、お前は……」

「創作って、じゃやっぱり今のは…」

「あぁ、今のは完全にノアが新たに構築した術だ。

それも治癒術など…、とんでもない事だぞ…」



あまりの事にアークはそう告げて、小さく一息吐いた。


相応の力を秘めているだろうと思っていたがこれ程とは、と驚きを通り越して少々呆れてしまう。


しかし、とうの本人はとてつもない事をしでかしたなど気付いていないようで、青年が無事かどうか確認していた。



「もう、大丈夫なんだよ……ね。───────よかった……」



術が上手くいった事にか、青年が無事だと解ったからか。


恐らく両方の意味がこもった吐息のような安堵の声が零れる。


その小さな躯がフラリと傾いたのは、その直後だった。


咄嗟に反応した紫呉よりも早く傍らにいたアークが抱き止めたが、その腕の中でノアは目蓋を完全に閉じていた。



休眠状態(スリープモード)に入ったな…。

治癒術の新構築など、俺でも出来ん高等技術をやってのけたのだ。負担がかかるのは当然だな」



全く…、と呆れを含んだ声と共に溜め息を零すと、ノアをそっと抱き上げた。


無茶をする奴だ、とは内心で零しつつ、それでもその無茶がなければ青年は助からなかった。


ノアの言葉を借りるならこれも必然、なのかも知れない。



「一命は取り留めたとは言え、休ませる必要はあるだろう。神殿に戻るぞ」

「はい」

「お前らは先に戻って部屋を準備しろ」

「「「了解です!!」」」



アークの指示を聞いて全員がバタバタと動き出す。


紫呉は眠ったままの青年を背に担ぎ上げ、スヴェンがそれに手を貸している。


エイダは指示通り一足早く神殿に向かって駆け出していた。



「そういやアークの旦那?“あれ”はどうするんスか…?」

「あれ?」



ヤンに恐々とした様子で問われ、アークは柳眉を顰める。


“あれ、あれ”とヤンが視線で指し示したのは、先程紫呉が消し炭に変えた鬼の死骸だった。


それを見てアークは「あぁ…」と小さく呟く。


確かに死骸を放置しておくのは、その土地にとって良い事はない。


人であれ動物や魔獣であれ、死骸を見つけたら火で浄化するなり、ある程度処理をするのが通例である。


或いは候鳥支援ギルドや教会等に報告し、相応の方法、手順で処理するのだが、今回は例外中の例外だった。



「お前。呪詛を持った死体を処理する方法や手段を知っているのか?つか出来るのか?」

「で、出来ないし、知らないッス…」

「そういう事だ」



さっさと行け、と付け足して顎で指示を出せば、ヤンはエイダの後を追うように駆け出したスヴェンに続いた。


階段トリオから少し遅れて、青年を背負った紫呉も歩き出す。


それにアークも続いたが、不意に足を止め何かを確認するように例の死骸を見つめる。


鋭い真紅の瞳で暫し睨んだ後、改めて歩き出しその場を後にした。





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