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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
16/30

第一章:紫電との出会い

ちょっとだけ、戦闘シーン入ります。



────一体全体何でどうしてこうなるの?



これまでに何度か繰り返し呟いて来た言葉を、若干変えて呟く。


ここに至るまでの状況と言うか、展開が目まぐるしすぎて、訳が解らない。


と言うか、たかが人形を巡ってこうも傷害事件が発生するのか…。


はっきり言って理解に苦しむ。


今現在、ノアは全身を黒い外套で覆った男に、片手で抱えられている。


男の足元には、イルザ・リュッケルトと言う名の冒険者少女が倒れており、何とも締まりのない表情のまま気を失っていた。


無論、この状況を作り出したのは外套の男だ。


少女の背後の茂みから飛び出してきて、一瞬で間合いを詰めると、軽い動作で手刀を落としたのだ。


そして少女の手から離れた人形は、地面に落ちる前に男が素早く抱え上げる。


その手際は実に鮮やかで、少女何も解らぬまま気絶し、その間に策を労して手に入れた人形を奪われる事になるのだった。


外套の人物が男だと解ったのは、その身長にある。


倒れた少女よりも頭一つ分は高く、その体格も少女に比べて一回り大きいものだった。


何より落ちかけたノアを抱き止める際に咄嗟に雫れた声は低く、少女が作ったそれとは明らかに異なるものだった。



────何だってこんな状況になってんのボク。なんか今日一日(?)で何人にたらい回しにされるわけ?

いやそりゃあんな悪徳商人の金儲けの道具にされるのも、この子の持ち物になるのも本気でヤだけどね。

だからってこう何度もヒトの手を渡り歩くとか、どこの呪われた宝石だよ…。



正体不明の男に抱えられたまま、どうせ聞こえないだろうからと愚痴を雫す。


今日ここに至るまで何度も誰にも反応してもらえず、歯がゆい思いをして来たのだ。


ちょっと気持ちが荒んだって仕方がない。


大体、目が覚めてからと言うもの、ろくなもんじゃないのだ。


目が覚めたのにしゃべれないは動けないわ、…って、これは事前に教えられていたからまぁ良い。


良くないのは、いきなり見知らぬ場所にいた事だ。


その上相棒はいないし、一人だし、目の前にいるのは悪徳商人だし。


何回も同じ違法取引見させられるは、同族(悪辣)同士の醜い喧嘩のネタにされるわ。


地下に運ばれりゃ財宝と並べられるし夜になるし。


いくら考えてもどれだけ叫んでも待っても、しゃべれないし動けないしどうする事も出来ず。


落ち込んでりゃ今度は傷害事件、後に誘拐されるし。


…まぁそれであの悪徳商人の下から出てこれたし、商人も捕まったから良いけど。


その代わりに、所有権を宣言した少女冒険者の方がより凶悪な人物だなんて、目も当てられない。


その挙げ句が第二の傷害事件勃発………。


何でこんなにただの──実際は違うけど──人形の奪い合いが発生するんだ、と呆れを通り越して気分は荒んでしまった。


しかも、先程から人と思しき気配のようなものが、周りの茂みに潜んでいる………ような気がする。


大体二人分…だろうか。


はっきりとした事は言えないが、どちらもこちらの様子をじっと窺っているように感じる。


さらに大分離れたところにも二つ、“何か”の気配を感じた。


それらはかなりスピードで、間違いなくこちらに近づいていた。



────ま、まさか、あの商人が差し向けた追っ手!?それとも街の憲兵さん!?

どっちにしろまた物扱い確定じゃんそんなの嫌すぎるぅぅぅ!!



もうこちらの意思を無視した取り合いのただ中に置かれるのなんて真っ平だ!!


…と言ったノアの祈り(?)が届いたのか、黒マントの男は無言で周囲を見やると、ややあってその場から走り出した。


今も接近中の気配から遠ざかろうとするように。



「あぁあっ!ちょ、待つっス!!」

「人形をお返し!!」



突然走り出した外套の男の後を追う形で、潜んでいた二人も飛び出してくる。


…と言っても茂みを掻き分ける音と声で判断しただけで、その姿は直接見てはいない。


声からして、潜んでいたのは男女一人ずつか。


その口調を聞いて思ったのは、“商人の追っ手にしては妙に小物臭い”だった。


むしろ気絶したまま放置された少女冒険者の仲間、と言った方が正しい気がする。



「ちょ、早いっス!見失ったっス!!」

「このグズ!!いいから早く捜すんだよ!!

やっと見つけたってのにここで見失ったりしたら、旦那になんて言えば……」



そこから先は茂みを掻き分けて走り抜ける音で、殆ど掻き消されてしまった。


しかし、“旦那”と言う言葉と、彼らも気絶した少女を放置して追って来た事から、彼女の仲間の線は完全に消える。



────ってことはやっぱりあの悪徳商人からの追っ手!?

や、でもあのおっさん捕まってたし、じゃあ裏取引してた貴族の誰か!?

どっちにしろあんな人達のところで物扱いされ続けるなんて嫌すぎるってかマジ勘弁!!



相変わらず矢継ぎ早に疑問と意見を捲し立てる。


誰にも聞いてもらえないなど解ってはいるが、それでも言わずにはいられなかった。


自己主張大事。


主張したところで聞こえてなかったら意味ないけどね!…と、半分むくれた気分で呟いた。



「───大丈夫だ。誰が来ようと必ず俺が守るから、安心してくれ」



低く、良く通る男の声が、これまでとは全く違う形で語りかけて来た。


これまでの一方的に語りかけられる物とは違い、ノアの心の声に答える形で向けられた言葉に、思わず思考が停止した。



〈…もしかして、ボクの声聞こえてる!?てかお兄さん念話使えるんですか!?

ボクがただの人形じゃないって解ってて助けてくれたって事!?〉

「あぁ。少し苦手だが使えるし、お前の声も聞こえる。

それに、あんな悲痛な声で助けを求められたら、放っておけないだろ?

なんかあの女冒険者、異常だったし」



いつものように矢継ぎ早に問い詰めてしまったが、黒マントの男は特に嫌がる様子もなく全ての問いに答えてくれた。


それは随分と久方ぶりにすら感じる会話で、ちゃんと言葉が通じると言う事実に胸の奥がきゅうっと締め付けられる感じがする。


泣けないけど泣きたくなった。



〈よ、よかったぁ…!やっと会話できる人と会えたよぅ…!〉

「その様子だと色々あったみたいだな。とりあえず後ろの連中を撒くから、詳しい話はあとでいいか?」

〈って、まだ追って来てるんだっけ。しつこ……。……お願いします〉



後方に先程追跡してきた二人組の気配があり、声も僅かに聞こえている。


他の人間と言葉が通じない以上この男性の協力を得て、離れ離れになったアークを捜さなければならない。


そのためには事情も話さなければならないし、それにはゆっくり落ち着ける状態の方が良い。


とりあえず追跡は躱す、と言う事で双方の意見が一致した。



「了解。少し速度上げるぞ」



言うや否や、男はノアを片腕で支えたまま、道なき道を更にスピードを上げて疾走する。


まるで森が己の庭であるかのように、乱立する木々をひょいひょい避けながら走り抜けていく。


木を躱す時も茂みを飛び越える時も走る速度は一切変わらず、男はあっという間に追っ手を振り切ってしまった。


念話が出来る事と言い、この身体能力と言い、この男性はもしかしたら“人間”ではないのかも知れない。


まだ見たことはないが、この世界には人間以外にも亜人と呼ばれる種族が多く生息している。


その中には人間を遥かに凌駕する種族もいるだろう。


それこそ、アークの生来の種である、魔人族のように…。


しかし、自身も人間以外になっているからか、この男が例え魔人族…あるいは魔族であったとしても、嫌な感じはしない。


それは言葉が通じ、会話が成立する、という事柄が大きく関係しているのかも知れない。


今は寧ろ人間の方が怖い、とか思ってしまった。



「……この辺りで良いか」



時間にして4、5分は走っただろうか。



男は森の中でぽっかりと開いた、広い場所に出ると、周囲を見回して呟いた。


どうやらこの周辺には何の気配もしないようで、男は小さく頷くといくつかある切り株の上にノアを座らせた。


表面の砂埃を払う徹底ぶりだ。なかなかに紳士である。



〈あー、なんかやっと人心地ついたよー。どこのどなたかは存じませんが、助けてくれてありがとー〉



気持ちの上では安堵を多分に含んだ溜め息を吐いて、ノアは改めて男に礼を言う。


が、男はノアを座らせた後、一応の警戒のように周囲を見渡している。


その様子は、これまでも何度も体験した、完全に聞こえていない状態と同じで、一気にヒヤッとした。



〈あれ?何で?さっきはちゃんと会話出来たのに!?

おーい、お兄さーん!聞こえてますかー!?〉

「…っと!あ、あぁ、すまん。聞こえてるよ。

ちょっと念話の回線閉じてたんだ」

〈あぁ、良かった…!会話出来たって勘違いしたのかと思った…!〉



二度目の呼び掛けで応答があり、盛大に安堵する。


どうやらアークとは違い、彼の念話は相手の思考を一方的に読んでいるわけではないらしい。


本来念話とは、思念の送受信が自力で出来るもの同士が使用する、連絡手段である。


そういった者には念話に必要な回線が、──恐らく頭の中に──構築される。


思念を受信するとその回線に軽く刺激が入り、回線を開く事で通話が可能になると言う。


手っ取り早く且つ解りやすく例えれば、頭の中に通信機器を持っているようなものか。


そう聞いてみたら、解りやすい上に適切だと感心された。


しかし、ノアは念話が使えるわけではないので、これには該当しない。


その場合、念話が使える側が回線を開き、相手の思念を読み取る必要がある。


アークがやったのがこれだ。



「俺はちょっと念話が苦手でさ。

回線の微調整にてこずってな。流石に思考全部読まれたくないだろ?」

〈あ、そのための調整?一方的に読まれるばっかりかと思ってた〉

「それは流石に相手に失礼だろ?まぁ、俺がそれやるとどの思念かはっきり解らなくなって、話しにくくなりそうだからな」



相手、というのは、この場合当然ノアの事である。


なんとも紳士的な配慮である。


どこぞの元魔剣な黒靄さんとは、合流後に“お話”する必要がありそうだ。



〈じゃあ、お兄さんはさっきまで誰かと念話してて、ボクの声を拾ったって事…ですか?〉

「あぁ、俺の事は紫呉(シグレ)で良いよ。

お兄さんなんて柄じゃねぇし、敬称も敬語も必要ないから」



目深く被っていたフードを少し持ち上げながら、黒マントの男…紫呉はフッと微笑んだ。


周囲は鬱蒼とした森だし夜中だしで普通なら見える筈もないのだが、何故だかしっかりとその顔が確認できる。


暗闇の中でも見えるその顔は、一瞬思考を奪われそうになる程整ったものだった。


フードの下から覗く髪は薄い灰色で、毛先が僅かに肩にかかっている。


切れ長の目は若干吊り気味ながら涼やかで鋭利な印象を抱かせるが、その紫紺の瞳には穏やかさが宿っていた。


中性的な美貌の中にも男らしさがあり、男女共に人の関心を惹き付ける。


そんな文句なしの美形顔がそこにあった。


おぉ、イケメンさんだ、ん?“イケメン”ってなんだっけ?イケてる面でイケメンで良かったっけ?


などと脳裏の片隅で考えつつ、表では冷静に解ったと告げる。


本当に全ての思考を読んでいる訳ではないらしく、“イケメン”と言う耳慣れない言葉に対する反応は何もなかった。


変わりにノアも簡単に名乗ると、紫呉は改めてここまでの経緯を話してくれた。



「俺は候鳥であちこちの国を旅しているんだが、ちょっと気になる事があって故郷がある森に戻ってきたんだよ。

それで仲間の一人と連絡を取ろうと回線を開いたら、ノアの声が聞こえたんだよ」



少し離れたところにいたのにその切羽詰まった様子まで、はっきり解るくらいしっかり聞こえて来て、流石に放置できないと判断したらしい。


その上森の中は妙に人の気配が多く、身を隠すようにこそこそしている怪しい気配もあった。


それで声の方に駆けつけてみれば、妙な気配を纏った少女に捕まっているノアを見つけたのだ。


少女はノアを完全に人形だと思っていたようだが、紫呉の目には人形が憑依人形(ゴーレム)であると解った。


それと同時に少女の狂気をも垣間見て、このまま放置するのは良くないと判断し、救出に乗り出したと言う。



〈うわぁ~。その判断マジありがたい…!

あのままあの子の所有物でいるのは苦痛しかないって思ってたんだよ。

何か怖かったし…〉

「確かにな。同じ候鳥として良い噂聞かない奴だったしな」

〈あ~。そうらしいね。

ボクをあの悪徳商人の所から連れ出すのに、不法侵入に傷害、窃盗、詐欺とこれでもかってくらいやらかしたし…〉

「……噂以上だな…」



己の判断に間違いがなかった事に、紫呉はノアの呆れを多分に含んだ話にそう返しながら安堵した。


その整った顔に柔らかい微笑を浮かべている。


しかし、すぐに自身が気絶させた少女の悪辣ぶりに呆れ果てた。


そして、その表情はノアのここまでの経緯を聞くにつれて険しくなり、最終的には哀れみに近い感情が向けられてしまった。



「身動きも取れず言葉も通じないんじゃ、気付いてもらえないだろうな。

まず人間の中(・・・・)には念話が出来る奴は殆どいないから、気付かれずにそのままだったかもな」



そうなっていた可能性が高かったと考えると、本当にゾッとしてくる。


うわー嫌だー、と悲壮感たっぷりに呟けば、気付いて良かったと苦笑を浮かべた。


目覚めてからと言うもの悪徳商人だとか悪辣貴族とか、悪逆冒険者とか、悪人としか遭遇していない気がする。


…否、気のせいなどではなく、間違いない。


気さくで温厚篤実な紫呉と出会えた事に、ノアは心底から感謝していた。


それと同時に、彼の言葉には一部分気になるところがあった。


余談だが、“候鳥”と言う聞き慣れない言葉に対する問いで、一度話の腰が折れた事は明記しておく。


閑話休題。



〈ところでさ、“人間の中には”何て言い方すると、紫呉は人間じゃない(・・・・・・)って聞こえるんだけど…?〉

「────っ」



ノアが指摘すると、紫呉が小さく息を飲む声が聞こえた。


どうやら当たっていたらしく、ノアは続けてフォローした。



〈あ、人間じゃないからって気にしなくて良いよ。

ボク自身人間じゃないし、今離れ離れになってる相棒もボクと同じ憑依人形(ゴーレム)だしそれ以上にとんでもな経歴持ちだし。

それこそ魔人族とか魔族だったとしても、それだけで色眼鏡で見たりしないし〉

「…あぁ、いや、大丈夫だ。流石に魔族じゃないよ」



とんとんと告げられたノアからのフォローの言葉に、紫呉は数秒浮かべた喫驚(きっきょう)の表情をすぐに微笑に戻した。


そしてこう返しながら額や顔にかかった灰色の髪を軽く払う。


それを見て思い出したのは、魔族の最大の特徴。


確かに彼の顔や首には、刺青のようなものは何もなかった。



「…そうだな。ノアになら良いか」



ごく僅かな俊巡の後、紫呉はそう言ってフードに手をかける。


躊躇う事なくフードを外して正体を晒そうとした直後、一瞬でその紫紺の双眸に鋭い光が疾った。


ノアがその変化に驚くよりも早く、

夜の闇の中から僅かな月光を反射して、白銀に煌めく“何か”が紫呉の背後で翻る。


それが一振りの剣だとノアが理解したのは、甲高い金属音が森の静寂を引き裂いた後だった。



〈は?え!?い、いいい一体何事!?〉



解りやすくパニクったノアの問いには、残念ながら答える者はいなかった。


寧ろ、どちらも(・・・・)そんな余裕がなかったのだ。


ノアの目の前では、突如二人の人物による鍔迫り合いが繰り広げられ始めた。


一人は先程まで穏やかな表情で、ノアと話していた紫呉だ。


外そうとしていたフードを改めて目深く被り、高く振り上げ右手には、一体どこに持ちいつ抜いたのか、かなり大振りの刀を握っている。


僅かな光を受けて鋭利な光を放つ大太刀は、刀身の刃紋がとても美しく、素人目で見てもかなりの業物だと解る。


しかし、ノアをもっとも驚かせたのは、もう一人の人物だった。


上から叩き付ける形で振り降ろされたのは、その人物の体格に見合わない幅広の大剣だ。


月光を受けて鈍色の光を放つそれは、お世辞にも業物だとは言えない代物だとノアにも解る。


そして何より、ノアと剣を受けた紫呉を驚かせたのは、その人物の姿そのものだった。


腰よりも長い黒銀の髪を後ろでポニーテールに結い、髪と共に純白のリボンがヒラリと宙を踊る。


夜闇に溶け込むような漆黒のジャケットに同色の腰布が躯の右側で翻る。


全てを黒で覆われたその肌は磁器のように白く、紫呉を見つめるその顔ははっとするほど美しく、そして冷たい。


その白い顔の中で、鋭利さを宿した双眸だけが、血のように紅かった。


どこかノアに似た面差しの美貌を持った、12~3歳程度の少年だった。



〈あれ?この顔…〉

「子供……!?」



ノアと紫呉が驚いたポイントは、若干異なっていた。


しかしその度合いは紫呉の方が大きく、少年の剣を受け止めている右手が徐々に震え出す。


右腕に残る軽い痺れを振り払おうとするように、紫呉は大太刀を上へと力任せに振り上げた。


あわよくば一太刀浴びせるか、剣を弾き落とせないかと狙ったが、少年はそれよりも早く一瞬で間合いから離れていく。


その反応速度も然る事ながら、その身軽さと大剣を軽々と片手で振る姿に更に驚かされた。



「…いきなり背後から問答無用で斬り付けるとは、礼儀の知らぬ奴だな」



己の身長よりも長い大太刀を脇に構えながら、鋭さを孕んだ低く冷たい声で紫呉は告げる。


声音のみならず口調も硬さを含み、先程までの柔和な空気が一瞬で張り詰める。


そこからは少年に対する警戒心と敵愾心が、はっきりと読み取れた。


一方の少年もそれは同様で、重そうな大剣を肩に担ぎながら紫呉の言葉を「フンッ」と一蹴した。



「黙れ盗人が。ヒトのモノ(・・)を横から奪い取るような卑怯者に対する礼儀など、持ち合わせておらんわ!」



真紅の瞳で紫呉を睨み付けながら、少年はその美しい顔を嫌悪に歪めて良い放つ。


その口調は少年のものとは思えないほど古風な印象を抱かせ、その声にはどこか聞き覚えがあった。



〈あれ?あれれ?何か既視感っつーか、聞いた事あるぞ、この声〉



どこだ、どこだった?とうんうん考え込むノアを余所に、盗人呼ばわりされた紫呉の纏う空気が更なる刺を孕む。


一瞬、張り詰めた空気に、パリッと火花が散った気がした。



「盗人猛々しいとはこの事か…。

元よりこの者は誰のものでもなかろう?諦めて去れ」



若干の怒りを滲ませつつ、紫呉が威圧も込めて少年に告げる。


さりげない人扱いにひっそり感動していると、奥の少年からも怒りのオーラが漂ってきた。



「盗人に盗人呼ばわりされるとは、………実に不愉快だ。

大人しく返す気がないとあらば、まず貴様から排除してやる!!」



言うや否や、少年は大剣を派手に振り払って走り出す。


身の丈よりも長い剣の切っ先が地面に軌道を描き、間合いを詰めると真横に振り抜いた。


再び、森林の空気を大きな金属音が震わせる。


その音と衝撃は先程のものより大きく、紫呉の表情がより一層険を増した。



「問答無用か…。ならばこちらも、遠慮も容赦もせん!!」



少年の怒りに呼応するように、紫呉もまた応戦の意を示す。


横に薙ぐように大太刀を振り払い少年に間合いを空けさせると、一瞬でそれを埋めつつ袈裟懸けに斬り付けた。


白い軌跡を残しながら振り降ろされた大太刀の斬撃は、見た目に反して早く鋭い。


が、少年は一切慌てる事なく大太刀を受け止める。


今度は嫌に耳障りな音が響いた。



「ほう…。ただの盗人風情ではないか。……面白い!」

「お前もただの人間の子供ではあるまい。

誰の差し金かは知らんが、歯向かうならば斬り捨てる!」

「はっ!出来るものならやってみるが良い!!」

〈うぇぇぇぇぇぇ!?何なにナニ!?何なのさこの展開は!?

何でイキナリバトル勃発!?まずは普通に話し合いから始めるもんじゃないの!?〉



完全に火の着いた二人は、ノアの目の前で激しい剣戟を繰り広げる。


斬り付けては弾き、弾かれては斬り結び、素早くも最小限の動きで互いの剣を躱してまた斬り結ぶ。


双方の腕は完全に拮抗していた。


その一方で、大慌てに慌てているが、当然のごとくノアである。


これもまた自分、…と言うより人形を巡っての争いなのかと思うと、その苛烈さに嘆きたくなった。


イルザと言う少女がしでかした捕り物騒ぎや傷害事件など、目の前の攻防と比べたら茶番に過ぎない。


排除とか斬り捨てるとか、二人は最早互いを敵と見做して殺し合っているようだった。


これにノアが半ばパニクって慌てるのも当然である。


そして何より、現在紫呉と本気の斬り合いを繰り広げている黒髪の少年に注目していた。


始めて見る人間の少年の筈なのに、何故か見覚えがあるのだ。


見覚えのある顔、聞き覚えのある声、尊大な口調…。



────ん?待てよ、あの顔って、まさか…。


〈─────────アーク…?〉



不意に浮かんだのは、己と同じ顔、容姿を持った、相棒の姿。


目の前で大剣を振り回して、楽しそうに戦っている少年の姿は、正しく黒銀の人形が人間となったそのものの姿だった。


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