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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
14/30

第一章:悪辣冒険者の悪巧み

※第三者視点

昼日中を僅かに越えた時間帯、多くの人で賑わう商店街でも最も落ち着いた空気を纏う。

店舗の中には昼の営業を終えて休憩のために店を閉めていたり、更には店を開けたまま堂々と昼寝している店主もいる。


殆どの店舗が夕方の最も忙しい時間に備える中でも、フラリと立ち寄る候鳥(=旅人)のために営業を続ける店も目立つ。

町に定住する者達と生活リズムが若干異なる候鳥にとっては、今の時間方がゆっくり買い出しができるのだ。


それ故に商店街を歩く人々の姿は旅装束である事が多く、武器を携帯した冒険者の姿も目立っている。

そんな中を、最も目立つ風体の少女が、これまた人の目を奇異の意味で集めながら歩いてた。


腰に帯びた二本の短剣に胸を守るなめし革の軽鎧。

明るい茶色のショートボブに勝ち気な橙色の双眸。

その顔立ちは決して整っているとは言えないが不細工もまでもいかず、平凡と称して丁度良いボーイッシュ系だ。


どこからどう見ても冒険者といった風体は、ともすれば十分街に溶け込むもの。

少女の顔立ちも人目を引く程のものでもない。


では何故行き交う人や軒先で商売する人、露店商などの視線を集めているかというと、その纏う空気と髪や服が濡れている事に他ならない。

頭から水を被ったのか茶色の髪からポタポタと水滴が落ちていた。

そして何より“少女”の割に気持ち太めの眉を吊りに吊り上げ、橙色の眸にも炎のような怒りが揺らめいて見える。

どすどすと石畳を踏み鳴らして歩く様子は、まさに猛り狂った猪のよう。


今にも歯軋りしそうな程歯を食い縛っている彼女に、奇異なものを見たと怪訝な目が集まるのは当然の事だった。


しかし、同業者である他の冒険者達は、誰一人として少女に話しかけない。


無論近寄り難い怒りのオーラ全開なのが最大の理由だが、大半のものは彼女の姿を見ただけで顔を背ける。

決まって嫌悪を剥き出しにして。



彼女の名はイルザ・リュッケルト。

宝探しを生業とするトレジャーハンターにして、真っ当な冒険者達からトラブルメーカーとして嫌悪されている候鳥。

そしてつい先程高級宝飾店バルトレッティ商会で一悶着起こし、文字通り店から放り出され聖水まで浴びせられた冒険者である。


あの後、店から閉め出されたイルザは暫く店の前で喚いていたのだが、そこは高級店が立ち並ぶ区域の一画。

それ故に街中を常に憲兵が巡回しており、不審者として捕まらないようにと、仕方なく引き返してきたところだった。


当然イルザが纏う怒りオーラの原因は店での一件だが、それに輪をかけて気に入らないことがある。



────あーもぅ!ンのクソ成金貴族もどき奇人変人金奴隷クズドブネズミ野郎!!

あいつさえ余計な事しなけりゃ、今ごろあの人形も宝も、全部あたいのモンになってたってのに!!



本当は喚きちらしたいところだが、流石に唯我独尊なイルザでも自重する。

この商店街で“カモ”にした、お間抜け冒険者と口論になってから、まだ日は浅いのだ。


その冒険者は暴行罪をでっちあげて翌日には憲兵に捕まったが、あの一件で少々目立ちすぎたらしい。


巡回の憲兵やうざったい正義感を振りかざす他の冒険者の目に付かないうちにと、イルザは終始無言で通りを抜ける。


何故自分が、あんなうざったらしい連中に糾弾されなければならないのか。

それもまたイルザのイライラに拍車をかける。


イルザはとにかく、己の思い通りに物事が進まないと気がすまない性分だった。

そんなイルザにとって今の状況は己が全く思い描いていなかったものだ。

その原因が何かと考えれば、真っ先に先程まで罵っていた男の顔が浮かんだ。


そのせいでさらに増したイライラに背を押されるように歩を早めると、裏路地に入って少し進んだところにある民家に駆け込む。

そこはイルザが勝手に(ねぐら)にしている空き家。

今回の“計画”は少々時間がかかりすぎたため、計画開始から半月経過した頃塒にしたのだ。



「あぁ、腹立つ!!大体あの低能冒険者共が神殿の封印解除に一月以上かけるから、あんなクズ野郎がでしゃばってきたんじゃないかっ!

ったく、このイルザ様が人選をミスるなんてね…」



少し埃っぽいベッドにどすんと腰を下ろし、件の冒険者三人組の間の抜けた顔を思い出してぼやく。

人選ミス、といってもイルザの話に食いついたのがやたらド派手な格好をした、魔術師風の女冒険者だけだったのだ。


頭悪そうなお間抜け冒険者とは言え、今回ばかりはその女冒険者に頼るしかなかった。

それがこんな結果を招くなど、考えれば考える程腹の中が煮えたぎるように熱くなる。



「元はといえば、あの森の中の神殿を見つけたのはあたいなんだよ!?

そのお宝をあんな強突くジジイに横取りされるなんて…。絶対許さない!!」



イルザはそう怒鳴って、ベッドに拳を叩きつけた。


イルザが件の神殿、アーリアス山岳岩窟神殿を発見したのは、約二月前の事だ。


エレオスにおいてトレジャーハンターという職種の人物は、周囲から良い印象を持たれないことが多い。

それと言うのも彼らが狙うお宝の殆どが、遺跡に眠る古代の遺産になるからだ。


先述した通り、世界各地にある遺跡は全て、世界規模の組織である遺跡調査団体により管理されている。


歴史的にも重要な遺跡にもなればその管理も徹底しており、調査団体に所属する者でも立ち入る事が許されない。


遺跡周辺には侵入防止の結界が施される。

無理に侵入すれば団体本部に一報が届き、いかなる理由があろうと拘束、投獄される。

その上調査員が定期的に見回りを行っており、遺跡荒しを徹底的に排除しているのだ。


これ程までに厳重に封鎖しても、巡回の目を掻い潜り、結界をこじ開け時に解除し。

侵入を悟らせないよう姿くらましの術式まで使って侵入し、内部を荒らしては遺産を盗み出す。

それがトレジャーハンターでなのある。


トレジャーハンターからすれば調査団体は『古代の宝を管理と言う大義名分を振りかざして独占する強突く』共。

調査団体から見たトレジャーハンターは『欲にかられて古の遺産を持ち出し、世界の歴史を踏み荒らす無法者』という認識だ。

双方はまさに水と油、互いに互いを敵と見做している。


とは言え、一般的認識ではトレジャーハンター側に非があり、彼らも自覚している。

そこで多くのトレジャーハンターが目をつけたのが、“まだ発見されていない遺跡”である。


調査団体の見解によれば、世界にはまだ多くの遺跡が眠っている、との事。

そういった手付かずの遺跡を発見出来れば、自分が独占できる。

…とは言え、調査団体に気付かれれば、折角発見した遺跡も宝も取り上げられ、結局は投獄されるのだが。


トレジャーハンター個人と世界的組織。

どちらに力があるかなど、火を見るより明らかだろう。

それでもトレジャーハンターという職種が途絶えないのは、一山当てたい、という強い願望、欲求が途絶えないからである。


イルザも、一攫千金を夢見て遺跡探しに邁進する、悪く言えば現実を見ていないトレジャーハンターの一人だ。

そんな彼女が岩窟神殿を発見したのは正に僥倖であった。


その神殿には調査団体が使用する結界が張られておらず、団体が発表している調査報告書にも記載されていなかった。

正に夢にまで見た未発見の遺跡を見つけ、イルザは歓喜した。


が、イルザの快進撃はそこまでだった。

早速内部を検分しようと中に入ろうとして、入り口の封印術式に阻まれたのだ。


魔術…魔法技術が今より発達していた古の時代の建造物には、時として古い形の術式により入り口が封鎖されている事が多い。

そのためトレジャーハンターの多くは、ある程度術式の解除方法を知っている。


こんなの良くある事、と解除に乗り出したのだが、すぐに根を上げる事になった。

元々術式や罠の解除が苦手だったのだが、それ以前に神殿の封印がこれまで見てきたどの術式よりも複雑だったのだ。


それでも半月近く粘ってみたが、まともに解析すら出来ず、生来の面倒臭がり且つ短気な性分により丸投げした。


だからといって、折角見つけた『管理』されていない遺跡。

中に入る事すら出来ずに諦めるなど、イルザの頭の中には微塵も浮かんでいなかった。


しかし、他に入り口がないかと探し回ったが、生憎と窓すらなく裏口のようなものもない。

中に入るには、やはり入り口の封印術式を解除するより他に手はないようで、イルザは頭を抱えた。


イルザが途方に暮れていたのは、わずか数分だった。


自力で解けないなら別の誰かに解かせればいい。だからといって同業者は駄目だ。

発見した宝を山分けなんて冗談じゃないし、最悪持ち逃げされたり、もっと悪ければ封印を解いたのは自分なのだから、と所有権を奪うかも知れない。


そんな事になったら憤死する。故に同業者にはここの存在を知られてはならなかった。


同業者ではないが遺跡に興味があり、術式の解析に精通していて、───容易く出し抜けるような間の抜けた冒険者。

その条件にピッタリ合致したのが、エイダ・ワーズワースと名乗るアクセサリーをごてごてとつけた女冒険者だった。


他にも何人か候補がいて、彼らの耳に入るように岩窟神殿の情報を噂として流したのだ。


宝が眠っているのではなく、伝説の魔剣や古代の魔術書が封印されている。

そう彼らの琴線に触れそうな噂を添えて。

その嘘の一部が図らずも真実だったのだが、宝にしか興味のないイルザには知る由もない。


結局、その噂を信じて森へ赴いたのは、エイダとその仲間(下僕?)の二人だけだった。


その三人組、階段トリオのお間抜けっぷりに少々不安を抱いたものの、イルザの目論見は成功した。

エイダはイルザが半月かけても解析すら出来なかった封印術式を、わずか一週間で解除して見せたのだ。


あとはお宝を抱えて戻ってきた三人組を始末してしまえば、晴れて財宝と遺跡は全て己一人のもの。……に、なる筈だった。


入り口が開いてから一週間、二週間と経っても、三人は毎回完全なる手ぶらで戻ってくるのだ。

毎回アホな茶番を繰り広げる色々とイタイ連中だが、“表のギルド”に属する“いい子ちゃん”な候鳥だから、宝には興味を持たず手を付けていないのかも知れない。


そう考えたイルザは、三人が街に戻っている隙を見て神殿に入ろうとした。

が、エイダはあれで意外と警戒心が強かったようで、自分達が神殿を開けている間は他者の侵入を恐れて封印術式を再起動させていたのだ。


解析は得意というのは嘘ではなかったようだが、また侵入を拒まれイルザの苛立ちが積み重なった。


ラトニスにいる時こっそりと話を聞いて解ったのは、内部にも強力な封印が施されていると言う事。

その解析に時間がかかっていると言う事で、結局当初の計画通り三人組が宝を見つけて出てくるのを待つしかなかった。


いい加減イライラがピークに達し、三人の中で最もドン臭そうな小人族もどきを人質にしようかと考え始めた頃だった。

とうとう三人組が、神殿から何かを手にして戻ってきたのだ。


あの時の衝撃は、今でも忘れられない。


神殿発見から二月もかかった苛立ちも全て吹っ飛ぶほど、イルザは“それ”に意識も思考も、そして心も奪われていた。


エイダが抱えていた、白銀の髪を持ったとても美しい人形に…。


背後の犬族の男が担ぐ荷物からはみ出している金細工のネックレスにも目もくれず、イルザは木の影からただただ人形を見つめた。

財宝にしか興味を抱けなかった己の心すら虜にする、そんな美しい人形にイルザの目は釘付けになっていた。


が、それが災いしたと言っていいだろう。

イルザが呆けているうちに第三者が横入りし、人形と財宝を奪い取っていったのだ。

その第三者こそ、先程派手にやりあった自称大商人、バルトレッティとその配下である。


当然、イルザのイライラと怒りは限界に達した。

既に己の頭の中で自分の物にしてしまっている人形を奪われ、イルザは憤慨のまま何事が騒いでいる三人組を放置して、バルトレッティの馬車を追う。

この時には神殿の所有権だの残りの財宝だのの事は、完全に頭から抜け落ちていた。


ただ一つあるのは、“あの人形が欲しい”と言う願望それのみ。


その願望に突き動かされるままバルトレッティ商会に乗り込み、…結果はご承知の通りである。


全くと言っていい程思い通りにならない展開に、イルザのイライラと怒りは限界点を軽く突き抜けていた。


元はといえば他力本願なのが悪い、とかそもそも人類の遺産を独り占めしようとするのが悪いとか言えるのだ。

が、根っから性根がひねくれまくっているイルザの中には、自分が悪いと言う意識は微塵もない。


悪いのは、全て封印解除に手間取って、バルトレッティに目をつけられた三人組。

そして宝を横からかっさらって我が物顔している強突く商人が悪いのであって、自分は宝を盗まれた被害者。

そう認識しているのだ。


その上であんな手酷い方法で店から追い出されたのだ。

身勝手な事とは言え、イルザの怒りが収まらないのも仕方のないことだった。


無論、ここで引き下がるような殊勝さなど、イルザは持ち合わせていない。

無限に沸き上がるイライラを拳に変えてベッドに叩きつけながら、イルザはどうやって人形を手に入れる(取り返す)かを思案する。


ただ取り返すだけでは気がすまない。

バルトレッティに“ぎゃふん”と言わせるような仕返しをしなければ、このイライラも怒りも治まらない。

それこそ、己にあんな尊大な態度をとり、要らぬ恥をかかせた事を激しく後悔するくらいには。


さてどうしてやろうかと考え始めた時、薄汚れた壁の向こう側から、数人の男の声が聞こえてきた。


壁の向こうはちょうど裏路地に当たり、そこをその男達が歩いているらしい。

この空き家の壁は非常に薄いので、中の様子も外の様子も互いに筒抜けだ。


会話の内容から男達が二人連れのならず者のようで、どこかに儲け話でも転がってやしないかとぼやいていた。

金儲けのためなら、延いては自分達が楽に暮らせるなら犯罪も辞さない。

そんなタイプのようだ。


どこぞの貴族の家にでも忍び込んで金目のものでも盗んでとんずらするか、と笑いながらも真剣な様子で話していた。



「……いい事思い付いちゃった♪」



立てた人差し指を頬に当ててにんまりと笑う。正直その仕種は似合わない。

その笑った顔はいかにも悪巧みしてます、と言えるもので、どう考えても良からぬ事を考えていると解る。


人形(とついでにお宝)入手のための計画を脳内で組み立てると、イルザは即座に行動を開始した。


外に出て空を見れば、陽が西側に傾いている。

日の入りまであまり時間がない。



「急がないとね。……フフフ、待っててね、お人形ちゃん。すぐにあたいが強欲ジジイの汚い手から助け出して上げる……!」



そう独り言を雫すと、イルザは計画実行のため走り出す

その黄昏色の瞳には、何とも言えない狂気が宿っていた。




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