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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
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第一章:覚醒と共に災難はやって来る

────一体全体何がどうしてこうなった?



目に痛い程に煌びやかで、品が悪く感じられる程豪勢な室内を前に、ノアは何度目とも知らない言葉を内心で呟いた。


現在、ノアの目の前にはやたらと豪勢できらきらしい装飾が施された、どこかの店内にいた。


意識が覚醒したのは凡そ2、3時間程前だっただろうか。

ふわふわと波間を漂うような感覚がなくなり、己の躯がすうっと水底に沈むような感覚と共に目の前の暗闇が開けたのだ。


その途端に視界一杯に広がったのは、この無駄にきらきらしい店内だった。

店だと理解出来たのは、室内の壁や机の上、棚などに様々な宝飾品が所狭しと並べられていたからだ。


その部屋の中では、無駄に豪華な出で立ちの茶髪のおっさんと、やはり宝飾品過多で豪勢な女が、宝飾品の売買をしていたのだ。


どうせ他にやる事もないからと店主と思しき派手な男を観察して解ったのは、店主の名と客層、そして自分がここにいる理由。

前者二つは知らなくてもいい事ではあったが、そうやって観察した事で冷静になれたので良しとする。


…といっても、それまでに軽く小一時間はかかったのだが…。


まず、男の名はバルトレッティ卿。

“卿”何て呼ばれているし見た目もそれっぽいが、貴族ではないらしい。

が、本人曰く、金さえあれば爵位くらい簡単に手に入る、との事。

早い話が成金貴族一歩手前、といった商人らしい。


その貴族もどきが経営しているこの店は、見ての通り宝飾品を扱う、所謂宝石店と言ったところか。

ただし、貴族御用達の高級店のようだ。


観察を始めて相応の時間が経っているが、その間で店に来たのはいかにも貴族と言った風体の男女ばかりだった。


観察中に来たのは貴族夫婦と父娘連れだけではあったが、それでも彼らの様子から商品の品質は認められているらしい。

…正直、店主の人柄はどうかと思うのだが、貴族の方々には些末な事のようだ。


何しろこの店主、“商人”の前に“悪徳”という文字がつくタイプのようだから…。


それと同時に、ノアは己がバルトレッティなる男の店で飾られるに至った経緯を知る事が出来たのだ。

が、解ったところで問題の解決に至りはしないのが、非常に辛いところである。


何しろ躯を動かすどころか、口を開く事も声を出す事も、果てには視線を動かす事すら出来ないのだから。


正に事前にアークから聞かされた通りだと解れば冷静にはなれたが、当時に絶望に突き落とされる結果となった。


身動ぎはおろか声すら出せないのでは、意思表示など出来る筈もない。

当たり前のように、ただの人形として扱われるだけ。

アークのように念話出来る者はいないものかと、客が来る度に話しかけたりしているのだが、結果はすぐに諦める事になる。


或いは、念話が使えるようにならないものかとも思ったが、やはりそんなに簡単な事ではないようだ。

絶望に打ちのめされないよう気を張りながら、ならば相棒(アーク)は傍にいないのかと呼び掛けてみた。

…が、これも結果は絶望を強めるだけで終わってしまった。


目覚めても自らの意思で動けないのでは、ここから逃げる事も出来ない。

声が出せないのでは意思の疎通など不可能だし、しゃべる人形など魔物か憑き物も一種だと思われて捨てられるか壊されるだけ。


捨てられるだけならまだマシだが、間違いなく冒険者のような者達を呼ばれて人形破壊、後に魂消滅、という最悪のシナリオしか浮かばない。


かといって、このままここに、バルトレッティなる商人の下に居たところで、どこぞの貴族に売り飛ばされるのがオチだ。

それ以前に、この男の悪どい商売に利用されるのは御免である。



「ごめんあそばせ。バルトレッティ卿」

「おぉ、これはこれはリンダール子爵夫人。ようこそお越しくださいました。本日もご機嫌麗しく

…」



また新たに煌びやかな衣装を身に纏った、いかにもな貴族女性が一人、店に入ってくる。

容姿は整って見えるが、これ見よがしな光沢の美しいシルクっぽいドレス姿が、どこか己の身分を誇示して見えた。


だが、それはこの女性に限った話ではない。

彼女の前に来た伯爵夫人も、その前に来た貴族の子女も似たり寄ったりで、それが矜持であるかのように着飾っていた。


例え爵位を得たり裕福になったとしてもこうはなりたくない、と言う姿の縮図にも見えた。


店主との会話の内容も見た目に関するものばかりで、聞いていて何と中身のない話なのかと耳にする度に呆れたものだ。


このリンダール子爵夫人も、話すのは己が身に付けているドレスをどこで仕立てただの、言ってしまえば単なる自慢話ばかり。

果てには遠回しに別の御夫人を卑下するような事まで話し始め、品性も何もない事この上ない。


そんな上っ面ばかり着飾った御夫人のつまらない話にも、店主は笑顔のまま聞き、時折大仰に相槌を打ったりしている。

彼女の話の腰を折らずまた否定もせす、肯定もせずただひたすら聞き手に回っていた。


その間ずっと店主の表情は変わる事がなく、実に根気強く夫人の身のない話に付き合って“あげて”いた。


御夫人の機嫌を損ねれば、その分売り上げが下がるだけでなく、顧客を失う事にもなり兼ねない。

それどころか商店の存続すら危うくなる可能性もあるのだ。


それが解っているから嫌な顔一つせず、笑顔のまま接しているのだろう。

だからと言ってこんな下らない話を聞き続けられる、その根性には恐れ入るものである。


が、店に来た用向きも答えぬまま面白くもない自慢話ばかりされては、さすがに辟易するのだろう。

その笑顔を形作る唇の端は、若干引き釣っているように見えた。



「それで、本日の御用命はなんでございましょう?」



夫人の自慢話が一区切りついたところで、店主がすかさず話題を切り替える。

そのタイミングが良かったのか、夫人は特に気にした様子もなかったが、何故か問いには答えずこちらに顔を向けてきた。



「その前に、あのお人形の事をうかがってもよろしいかしら?」



子爵夫人の表情と言葉に、ノアはこいつもかと呆れた。

夫人のどこか紅潮した表情で己を見てくる様子に、何とも言えない嫌悪感が込み上げてくるのを感じた。

有り体に言えば気持ち悪いのである。



「さすがはリンダール子爵夫人、お目が高くていらっしゃる。

あの人形はこの世に二つとない至高の逸品!

とある縁あって、私の手元にやって来た人形でございます」


────嘘つけ。“やってきた”んじゃなくて“奪い取ってきた”の間違いだろ。しかも色違いでもう一体いるっつーの。



店主曰く、『薄汚い冒険者』が神殿から持ち出した遺跡出土品(人形)を、端金渡して無理矢理奪った、と言う事実は、既にノアの知るところである。


何しろ本人が得意気に、独り言と言う形で話していたのだから。


が、そんな事実など知る由もない夫人は店主を称え、うっとりとこちらを見つめてくる。



「本当に素晴らしいわ。これ程に美しい人形など、わたくし始めてみましたわ。

特にこの瞳。まるで最上級のガーネットのよう…。さぞ高名な人形師の作品なのでしょうね…」


────残念でした。作ったのボクの前世です。人形師じゃなかったと思うけどねー。



恍惚の表情で呟くように告げる夫人に、内心で舌を出す。

己(の前世)が大事にしている人形を褒められるのは嬉しいが、今は己自身の器なのでちょっぴり恥ずかしくも思う。


が、その後に続くだろう夫人の言葉が想像出来て、ノアはうんざりしていた。



「バルトレッティ卿。このお人形、わたくしに譲って下さらない?

貴方の言い値でよろしくってよ」


────ほらやっぱり。もうこれで三回目だっつーの!



しかも告げる言葉は一言一句違う事なく発せられる。


伯爵夫人も貴族のお嬢様も、全く同じ文句で店主に購入を申し出たのだ。


そして、店主の返答も決まっているのである。



「そう言って頂けるのは誠に有り難いのですが、申し訳ございません。この人形は、残念ながら非売品なのです」



誠に申し訳ありません、と続けて店主は恭しく頭を垂れる。

それは先に来店してきた二人の客に対する返答と全く同じで、一方的に聞かされ続けているノアは、ボキャブラリーねぇなこいつ、と悪態を吐いた。

そして当然の反応のように、夫人は売ってもらえない事に難色を示した。



「あら、どうしてですの?バルトレッティ卿はわたくしが欲しいと望めば、どんなものでも優遇して下さるのに…。

それとも、もう他に買い手がついているとでも仰るのかしら?それでしたら、その方の倍お支払いたしましてよ?」



この言い分も、そこに含まれる威圧的な調子も、まるでテンプレのように同じだった。

…と言うところまで考えて“テンプレ”って何だっけ、と首を傾げる。…無論、内心で。

まぁ、意味は大体解るのでよしとした。



「確かに、他の御夫人方にも売って欲しいと言うお申し出がございましたが、そう言う事ではないのです。

ここだけのお話ですが、実はこの人形、とある遺跡から発見されたものなのです」



ここだけの話、何て言い方はしているが、店主はそんな『内密』の話を本日三回も繰り返していた。

興味を抱かせるには丁度良い言葉だろうが、ここだけ、が聞いて呆れるものである。


しかしその言葉を“自分にだけ特別に”と言う意味で受け取った夫人はどこか満足げに話題に食いついていた。

その反応もまた、先の二人と同じだった。



「まぁ、遺跡からの出土品でしたの!?とてもそんな古い物には見えませんわね。まるでつい最近作られたようですもの」


────えぇえぇ、そうですとも。確かに遺跡にいましたよ、つーかそこで生まれたようなもんだし。

生まれて間もないってのも正解っちゃ正解っすけどね。



それにしたって出土品って言い方はなかろうに。

…色々文句を言ってやりたい気持ちはあれど、ただの人形の身の上ではそれも出来ない。

あぁ、もどかしい…。


そんなノアの気持ちに気付く事も聞く事も出来ない只人達は、尚も勝手に話を進めて行った。



「えぇ、大変状態が良いので、私も当初は驚いたものです。

ですが信頼のおける者から聞いた話なので、間違いはありません」


────そりゃ遺跡調査してた冒険者を見張ってたんだから、間違いないでしょーよ。



いい加減突っ込むのもメンドくなってきたな、と彼らのやり取りをつまらなさそうに眺めていた。



「でも、これまでだって何度も遺跡の出土品を優遇していただいたのに、何故今回は譲っていただけませんの?」



“優遇”とは、すなわちそう言う意味である。


彼らの会話から察したのだが、この世界、あるいはこの国かも知れないが、遺跡の調査を専門に行う組織があるらしい。


その名も、遺跡調査団体、と言う何ともそのまんまなネーミングの組織。

調査のみならず管理も行っている、歴とした公的機関である。


遺跡そのものの発掘調査は、管理も行っている。

管理と言えば聞こえは良いが、歴史的遺産の保護と言う名の独占でしかない。

…とは、店主バルトレッティの言い分である。


その辺の真相は知る由もないが、少なくとも遺跡からの出土品を団体の許可なく売買する事は禁じられている。


それ以前に、遺跡から出土したものは全て、大切な人類の遺産であり、どのような理由があろうと売買は違反である。


といってもその辺は彼らの話から考察したノアの推理なのだが、間違ってはいないと思われる。


公的機関が管理している遺産を強欲な貴族に横流ししているのだから、バルトレッティの悪徳さが伺えるだろう。



「大変申し訳ございません。今回は少々事情がありまして、今はまだ(・・・・)お売りできないのです。

どうぞ、ご了承くださいませ」



因みにこの事情と言うのは、ただ単にバルトレッティ個人の事情である。

端的に言えば、悪巧みの…。


殊勝にも深々と頭を下げられては、傲慢強欲なお貴族様とてみっともなく騒ぐ事は出来ず、御夫人は渋々と行った様子で了承した。

その表情は実に忌々しそうに、醜く歪んでいたが…。



「ですがご安心くださいませ。

その事情さえ解決致しましたら、いつも通り優遇(・・・・・・・)させていただきますので」

「あら、そう?それを聞いて安心しましたわ。

だってこれ程に美しい人形をこんな所でただ飾っておくなんて、あんまりですもの

やはり美しいものは、わたくしのように美しく高貴な者が持ってこそ、その価値が増すと言うもの。

そう思うでしょう、バルトレッティ卿?」

「仰る通りです」



結局は思い通りになると解ったからか、夫人の表情が一瞬で元に戻る。

陶酔したように人形(ノア)を見つめながらそう宣った夫人の言葉に、店主は変わらぬ媚びた調子で同意した。


己の店を『こんな所』呼ばわりされても、その笑みに曇りはない。

…が、若干片眉が吊り上がっているようにも見えた。



「…そういえば、わたくしの他にもこのお人形を欲しがった方がいらっしゃるのでしたわね?

まさか、マルツァーノ伯爵夫人ですの?」

「……左様でございます。それと、ファリアス様の御令嬢、ラミラ様も先程……」

「まぁ………」


────ぅわ、怖……。



名前を聞いた途端に数トーン低下した夫人の声に、思わず呟く。

ゾッとするような低い声と細められた目を見てしまい、表には出ないけど身震いした。



「身の程知らずも良いところです事。

あんな方の下に行ったのでは、このお人形の価値が下がってしまうわ。

ましてやファリアスの小娘など……」



子爵夫人は鼻で笑い飛ばす。



────言っとくけど、あんたも同じ穴のムジナですよー。…言えないけど、言えないけど!!



口に出して言えたとしても、相手はプライドの高いお貴族様。

こちらの話になど耳も傾けないだろうが…。


とりあえず他者を見下し蔑み嘲笑い、影口を叩く貴族の子爵夫人には、品性など欠片もなかった。


だが子爵夫人が気に病む事も、これで彼女だけが周りから浮く事も、白い目で見られる事もない。

何しろ、先に来た伯爵夫人にお嬢様も同じだったのだから。


やんごとなき世界の人間ほど、他人を見下さないと生きていけないのだろうか…。

やはり“こう”はなりたくない人種のようである。



「バルトレッティ卿。解っていらっしゃると思いますけど、あのお人形、くれぐれもわたくし以外の者の手に渡らないよう計らって下さいね。

あの美しいお人形が、あんな美意識の欠片もない方の手に渡るなんて、考えただけで不快ですもの」

「勿論心得ておりますとも。ですが私どもとしましても商売ですので…」

「心配なさらなくとも、金に糸目は付けませんわ」



何やらアクダイカンとエチゴヤみたい、と言う言葉が脳裏に浮かぶ。

何を表す言葉だかは解らなかったが、彼らのような関係を言うのだと理解した。


それにしても、こういう芝居でもあるのかと聞きたくなる程、彼らのやり取りは反応も含めて全く同じ流れで進められていく。

しかし、ここでこれまでと違う展開が発生した。



「そうですわ。何でしたらこのお人形、オークションに出品してくださいな。

勿論わたくしが落札できるよう、“色々”と手を回していただく必要がありますけど。

オークションで落札したとなれば、卑しいあの方達も納得なさるでしょう?」

「成る程、それは確かに名案でございますな」



店主の同意を得て、夫人が満足げ且つ得意気に微笑む。

それを見た店主は、さすがは子爵夫人は聡明で、とごますりしながらヘラヘラと笑っていた。


その目が金に眩んでいるのが見て解り、「お主も悪よのぅ」何て台詞が聞こえた気がした。



────うわぁあ…、これぞまさしく悪巧み…。つーかこんな大っぴらに裏取引とかして良いものなの…?



いや、問題は多分そこではない。

とはいえやはり表通りから丸見えな店内で悪巧みの商談は気が引けるのか、店主は夫人を店の奥へと促した。



「では、詳しいお話はこちらで…」

「えぇ。あぁそれと、今度王都で主催されるパーティー用のネックレスを見立てていただきたいの。赤いドレスに合わせた…」



そう会話を弾ませながら、…基、一方的に自慢話を繰り広げながら夫人は店主に連れられて店の奥へと入って行った。


曲がりなりにも高級店を謳っているのだから、商談用の個室があるのだろう。

人がいなくなった店内は、一気に静寂に包まれた。


視界に人の姿は映らないが、バックヤードのような所に人が待機している。

白靄の時より視野は狭くなった筈なのに、何故か“人がいる”のが認識出来た。


しかし、その事を不思議がっている場合ではない。

このままではマズい、マズすぎる。


強欲悪徳商人の代名詞とも言えるバルトレッティが、大人しく貴族の言う通りにする筈がない。

どこまでもプライドの高いバルトレッティは貴族の位など金で買えると思っており、それ故地方貴族である彼らを見下しているのだ。


ノアが完全にバルトレッティの薄汚い性分を理解したのは、子爵夫人が店を後にした直後だった。



「それでは、くれぐれもお願い致しますわね」

「お任せください。お品は後日、お屋敷にお届けに上がります」



ありがとうございました、と夫人を見送り深々と頭を垂れていたバルトレッティだが、彼女の姿が完全に見えなくなった途端、その態度を一変させた。



「────あぁ、全く!相も変わらず高慢ちきないやらしい女だ!!リンダール卿が余所で女を囲うのも道理だ!」



途端に口を開けば、出るわ出るわ悪態の数々が。

果てには彼女の夫や親に対するものまで出てきて、そして最後はこう締め括るのだ。



「……まぁ、欲が深くて金払いはいいから上客ではあるが。

そうでなかったら相手にすらせんわ!」



これも、本日三回目である。


店先で脇目もふらず上客の事を悪し様に詰る店主だが、それを止めるものは誰もいない。

それで良いのかと疑問に思うのだが、従業員達からすればいつもの事なのだ。



「…しかし、主人(マスター)。本当にあの人形をオークションに出すんですか?」



聞くに耐えない悪態を遮るように、一人の幾分若い男の声が耳に届く。




年若い、と言っても四十代後半くらいのバルトレッティと比べて少々、と言ったところか。

ノアの目の前でキーキー喚いている店主の傍らに、声の主と思しき黒い服の男が歩いて来た。


この店のチーフマネージャーなのか、後ろに撫で付けた髪と眼鏡が店主より男を品よく見せている。

…が、彼とて不正を堂々と行っている店に務めているのだから、内面がどんなものか伺い知れると言うものだ。


マネージャーの言葉に少し落ち着きを取り戻したのか、バルトレッティは客用だろう豪奢なソファにどかりと腰を下ろした。


背もたれに両腕をかけ、心持ち短めの脚を組み、尊大に踏ん反り返っている。

冷静になったとはいえ、怒りや苛立ちのボルテージはまだまだ高いようだった。



「フンッ!何故この私があんな強欲女の言いなりにならねばならん!?

オークションにだと?弱小地方貴族がふざけた事を…!

売るとしても誰があんな雌豚共にくれてやるものかっ!全く忌々しい!大体…」



ソファで踏ん反り返って始まったのは、これまでに来店した貴族達に対する不平不満と悪態の吐露だった。


確かにこれまでにやって来た貴族達は、お世辞にも品格のある貴族とは言えないタイプだった。

貴族と言う人種の、悪いイメージをそのまま体現したかのような、傲岸不遜を絵に描いたような態度、言動。

とても高貴なる身分の人間とは思えないが、それを金で買おうとしている男もまた、品格の欠片もない。


この国の…、この世界の上流階級の人間と言うのは、皆こんなタイプばかりなのだろうか…。

貴族、何て言う連中はどこでもこんなものだ、と言ってしまったらそれまでかも知れないが、それも正論なのかもと思った。



「では、どうなさるおつもりで?」



いつまでも終わらなさそうな主人の悪態を中断させるように、マネージャーが絶妙のタイミングで口を挟む。

それは得てして貴族をあしらう主人と似通っており、主の教育の賜物か或いは彼の性分か…。


割り込んだタイミングが実に絶妙だったので、後者だと思われる。


何より問いかけた声にも表情にもなんの感情も浮かんでおらず、その双眸も非常に冷徹だった。

そこから主人に対する敬意のようなものは、一切読み取れない。

従業員として主人に礼は尽くすが、ただそれだけ、と言う印象の強い人物である。



「どうするも何も決まっているだろう。折角手に入れたのだ、相応に稼がせてもらうとも」



そう言ってニタリと嗤ったバルトレッティの顔は、いかにも悪巧みしてます的に歪みまくっていた。

実に醜い事この上ない顔である。



「まずは相応に技術力の高い人形師を見つけ出さなければならんな。

それも人形作りに生涯を掛けているような変人が良い。あぁ、あまり高名でない方が良いだろうな。

そういう奴があの人形を見れば、何がなんでも自分の手で作り出そうと躍起になるだろう。

そういう物好きな奴を探せ」

「あの人形を複製させるわけですか。それを御夫人方にお渡しするのですね」

「人形の出来次第と言ったところだが、まぁまず気付かんだろう。連中はあの人形をじっくり見ていたわけではないしな。

それに、奴らは見た目さえ美しければ偽物だろうと気付かんような、鑑定眼もないクズ共だ。

その上阿呆みたいにプライドも高いからな。偽物を高額で買わされたと解ったところで、そのプライドが邪魔をして、みっともなく訴えるような真似はせんだろう。

全く、これだから見栄とプライドばかりの地方貴族達は良いカモなのだ」



先程までその地方貴族の奥方や令嬢をけちょんけちょんに貶していたと言うのに、その舌の根が乾かぬ内に「貴族様様だ」と高笑う。


────あんただって人形(ボク)がただの人形じゃないって見抜けてないくせにー。



と、内心で突っ込んでも相手に聞こえる筈もなく、もどかしさに動けないまま身悶えるノアを余所に、商人の悪巧みは進んでいく。

その内容が何であれ、このままでは自分は悪徳商人の金儲けの道具になってしまう。

物扱いされるのも然る事ながら、金儲けに利用されるのも冗談ではないのだ。

しかし、いくらどうしたら、と考えても動けないしゃべれない、何も出来ない今の己では逃げる事はおろか、助けを呼ぶ事も出来ない。

せめて誰かと念話出来ないか試しても、当然のように反応はなしだ。



────あぁ、ちくしょう。折角生まれて即消滅フラグも即ヒッキーフラグも回避したって言うのに、次は商品としてたらい回しフラグかよ。

…一体全体何がどーしてこーなった!?

冒険者かっ!?神殿に侵入した冒険者がボクを持ち出したからか!?

自由になったら探し出して絶対殴る!ボコる!!大体なんでボクだけ…。



何も出来ないもどかしさと苛々をぶつけるように、脳内で見知らぬ冒険者を殴り付ける。

しかし、幼児程もない人形の小さな手で殴ったところで、大したダメージにならないだろう。

それが解ってしまうから、更に嘆きたくなった。


つーかフラグって何だっけ?

…と意識の別のところで首を捻りながら、はたとある事に気付いた。


すなわち、何故冒険者達は“白い子(自分)”だけ神殿から連れ出したか、と言う事に。



────そういや、何でアークはいないんだろ…。

確か寄り添うように座ってた人形(この子)達にそのまま入ったから、一緒に発見されただろうし…。



バルトレッティは冒険者から奪った(・・・)と言っていたから、冒険者が二体も要らないと自分を売り飛ばしたわけではない筈。

そしてこの男の強欲さから考えれば、人形を片方だけ残すなんて事する筈がない。


だとすれば、アークは一体どうしたのだろう。

今どこにいて、どういう状況なのだろう。

いなくなった自分を探してくれているのだろうか…。


魂の損傷がノアより軽度であるアークなら、己より早い段階で目覚めているだろう。

恐らく己のように身動きが取れない、などと言う状態に陥ってはいないと思われる。


この時、冒険者が寝所に入る前に覚醒し、一人で先に出て行った、と言う可能性もあったのだが、ノアの脳裏にそんな考えは微塵も浮かばなかった。


それは互いに真名を与え合って魂に繋がりを築いた者への、無条件の信頼だった。


それと同時に、絶望的な状況にある筈なのに、ノアは自分があまり焦っていない事に気付く。


アークなら、必ず自分を見つけ出す。

そんな絶対的な信頼が、確かにノアの心の支えとなっていた。


とは言え、ただ黙ってアークの助けを待つだけ、と言うのもさすがに情けない。

とりあえず、せめてしゃべれるようになれば、と考え始めたところで、その思案を中断する事態が舞い込んできた。



「悪徳商人バルトレッティ!!その綺麗な人形をあたいに売れ!!」



……正確には珍客が飛び込んできた、である。





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